【Review】『ハニーランド 永遠の谷』サスティナブルとそうでないもの 異なる信念が交差する text 宮﨑千尋

『ハニーランド 永遠の谷』はバルカン半島の奥深く山岳地帯の孤立したエリアでの3年、そして400時間以上にも及ぶ撮影映像から抽出された、一人の女性の信念の物語である。と同時に、世界規模の環境問題へ警鐘を鳴らす作品でもある。過去から現在に至るまで度々繰り返されてきた世界のあり方を縮め、早送りにして突き付けられているかのよう。その濃密さに悲しい親近感を抱く。
第92回目のアカデミー賞では史上初めて、ドキュメンタリー部門だけでなく『パラサイト 半地下の家族』といったフィクション映画と共に、国際映画賞部門にノミネートされるという偉業を成し遂げた。

主人公のハティツェ・ムラトヴァは、ヨーロッパ唯一にして最後の自然養蜂家である。彼女の養蜂は、私たちの多くが思い浮かべるような、巣箱を使う人工的なものとはかけ離れている。蜂達が自然に作りだすものを分け与えてもらう、極めて原始的なやり方は、現代社会においては神秘的だとすら思える。
冒頭では、目を見張るほど高く、もちろん整備などされていない山道を、ハティツェが黙々と歩いていく。強い山風が轟々と音を立てて吹きすさぶので、ハティツェの小さな身体が煽られ飛ばされてしまうのではと心配になるほどだ。いつもの地点で立ち止まり、蜂達がブンブン羽音を立ててひしめく岩肌に、ハティツェはそっと素手を差し込む。取り出す蜂の巣は全てではない。「半分はわたしに、半分はあなた(蜂)に。」ハティツェの生きる信条を、私たちは幾度となく反芻することになる。

劇中、問題は次々と、ドラマチックに沸き起こる。そしてそれらは、私たちの日常に生じる問題と同じく、多くが必然として繋がっている。盲目で寝たきりの母親と暮らすハティツェの日常は、孤立した土地に似合わない大きなトラックに乗った7人の子供と夫婦、牛達の登場で様変わりする。母と長く二人きりだったハティツェは、一家とにぎやかで楽しい時を過ごす。子供の元気な泣き声や大人数の生活音をききながら昼夜を過ごし、共にラジオをきいて歌を歌い、トラックの荷台に寝転がって祭りに出かける。しかし終盤では、楽しげだったはずの物音が、まるで別物のように感じられる。
その要因の一つに、一家とハティツェの豊かさに対する思いの違いが上げられるだろう。できるだけ多くを望む一家と、できるだけ続いていくようにと願うハティツェ。ハティツェに教えてもらい、養蜂をはじめた際の、一家の父親のあり方がその例だ。ハティツェのアドバイスに全く耳をかそうとはせず、今この時いかに多くの利益が得られるかに心血を注ぐ。得られるものの大小にのみ心を絡めとられている一家と、とりすぎてはいけないと言うハティツェの訴えは平行線のまま進んでいく。

ハティツェと一家の関係がこじれていく別の要因は、一家の中にも不和を生む。夫婦は互いに罵り合い、原因は相手のせいで、よかったことは自分のおかげだとしょっちゅう怒鳴り合っている。7人の子供達の中には、褒めることはおろか文句ばかりの両親への不満を抱え、一人になった途端に言葉にしてぶちまけずにはいられない男の子がいる。”自分が自分が自分が”と自分中心主義のオンパレードが一家をとりまく。

対するハティツェも、まるで怒鳴っているかのような大声で母に話しかける。けれどもそれは、耳の聞こえにくい母への愛情から生まれる行為だと、やり取りを見ていればすぐにわかる。お洒落をして祭りに行きたいというハティツェが母に、身体の自由がきいた頃に身支度を手伝ってもらったと二人共通の思い出話をする。そして、今の母にもできる手助けを求める。ハティツェの主軸にあるのはいつも、思いやりだ。

ハティツェを中心とし浮かび上がる娘と母、父と息子、夫婦、お隣さん、様々な関係性は私達の住むこの世界に置き換えても見ることができる。中でも劇中の”子供”と”大人”の関係から、接する大人がどうあるかが、子供の生き方に多大な影響を与えると痛感する。
一家の父親が「子供は宝だ。」と仕事仲間に言う言葉は、どこか上滑りして聞こえる。息子である男の子が、養蜂についてこうした方がいいと言うのは丸無視で、むしろその訴えに反することを、泣いて嫌がろうとも無理やりやらせる。子供の人格には目を向けず、働き手、強いては自分の生活を楽にすることができるから「子供は宝」なのだと言っているようにすら思える。そして、良し悪しに関わらず、父親のあり方・一家の進む道は、自ずと男の子の進む道になる。

そこにドラマチックな映画的逆転があるのか? と言えばそうとも言い切れない。ただ、ハティツェが男の子に「あんたには責任感がある。」と諭した言葉には、大きな力が宿っているに違いない。「半分しかとっちゃいけないんだ。」と繰り返し父親に訴える男の子には、ハティツェの信念が脈々と受け継がれているようだ。一方で、削ぎ落とされ崩れかけそうに見えるハティツェの生き方に対して、男の子が”ポツリ”とハティツェにもらす問いかけは、至極まっとうである。その問いは、この世界に生きる私達全てが、胸に手を当て考えるべきものとも言える。

カメラは驚くほど気配を潜め、あまりにも自然に被写体を描いていく本作だが、ある2つの場面では意識的にハティツェが映し出される。それらの場面を見ると、変わらずあり続けることの尊さを感じずにはいられない。

【映画情報】

『ハニーランド 永遠の谷』
(2019年/北マケドニア/トルコ語・マケドニア語・セルビアクロアチア語/1.85:1/86分) 

プロデューサー/編集:アナタス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
字幕:林かんな
配給・オンリー・ハーツ 宣伝:山形里香
後援:駐日北マケドニア共和国大使館

626()より アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺他にて全国順次公開

画像はすべて©2019,Trice Films & Apollo Media

【著者プロフィール】

宮﨑 千尋(みやざき ちひろ)
1989年生まれ、静岡県出身。東京都在住のライター。
映画、そして映画館という空間が好き。世界中の映画館に行き、それぞれの国の言語で映画を観るのが夢の1つです。
趣味は、映画好きな人に好きな映画3つと、その理由を教えてもらうこと。 #好きな映画3つ教えてください でのんびり配信中。