【自作を語る】調査屋を調査――『調査屋マオさんの恋文』 text 今井いおり(本作監督)

マオさんとの出会い

元々自給自足に興味があった私は、そういった本を読んでいました。
その中の一つに佐藤眞生さん(以下マオさん)の本がありました。大阪府茨木市に住んでいる事が分かり、同じ大阪なので連絡をとりました。マオさんからはこのような返事が返ってきました。

「私は縄文人の生き方を手本に生きています。米と野菜と味噌とビールを自給しています。1日2食、体重の2%以下の摂取量、家族と地域に同期する律を大事にしています。どうぞよろしく!」

2015年3月でした。なんだか面白そうな人だなぁと思いました。

映画にしようと思ったきっかけ

映画はマオさんと認知症の奥さんの夫婦を描いたものですが、最初は全く違ったものが撮りたかったというのが本音です。
当初は、猟銃でイノシシを仕留め、皮をはぎ、肉を削ぎ、火をおこし、それにかぶりつく老人……そうした原初的な行動に寄り添うことで、現代社会を批判する(これはたまにしていますが)ような作品を考えていました。

そういった勝手なイメージがありましたが、実際に会ってみると、住まいは閑静な住宅地。
車は乗るし(結構なスピードで運転する)、やたら博学で調査屋(市場マーケティング会社)の社長でした。そして、メモ魔でもありました。

ただ、色んな話をする度に出てくるのは認知症の奥さんの話。
「ウチのカミさんはね」「ウチのカミさんやったらね」
まるで彼女ができたばかりの男が友人にのろ気る様に。
そしてそんな奥さんの言動をメモしている。

このあたりでマオさんに「最初、自給自足や縄文をベースに撮影していました。しかし夫婦の映画にしようと思います」と伝えました。
マオさんは「あぁ分かりました」と言ったと思います。

会う機会が多くなると、当時の私と同じ年齢の頃に、仕事ばかりで家庭を顧みなかった事で家庭が崩壊寸前、奥さんにかなり辛い想いをさせていたという事がわかりました。

私も妻と当時5歳の長男、1歳の娘がいましたので、自分事の様に話を聞いていました。
そんな過去のあるマオさんの現在の認知症の奥さんに接する姿を見ていると、不思議な感動がありました。
これは、映画にしよう。認知症を扱った映画ではなく、今生きているこの瞬間が、未来を形づくることを提示して、「今を精一杯生きよう」というメッセージを込めて映画にしようと思いました。

それでもやはり認知症

マオさんは博学ですので、仕事の事、社会の事、色んな事を教えてくれました。
そしてやはり一番は認知症についての学びが多かったです。

しかしながら、やはり経験というものがないと全く身に付かないというのもありますよね。
私は介護をした経験がないので、マオさんが奥さんを介護している姿は撮れても、それをどう見せるかが全く分からず、編集が一行に進みませんでした。
マオさんからたまに進捗を聞かれるのですが、「順調です、いい映画になりそうです」と嘘をつき続けていました。

のらりくらりとかわしていたのですが、劇中にも登場する縄文を学ぶ会で「上映会」をしようという事になってしまいました。
上映まで2か月間の猶予が与えられていましたが、その時にはまた8時間ぐらい尺がありました。
必死の思いで睡眠時間を削り編集して尺も2時間まで削りました。

その時の上映会では、皆さん、「よかった、よかった」と言ってくれましたが、それはマオさんを知る人たちが見た結果であり、マオさんを知らない人に見せると結果は散々。
「何をいいたいのか分からない」「監督自身がまだテーマが見えていないのではないか」という有様でした。

そこから、介護について初めて真剣に向き合うようになりました。
ある時、娘と遊んでいると、ふと介護と育児って似ていると思いました。
例えばオノマトペ。マオさんはチクチク、パクパクといった言葉は認知症の方に反応があると発見します。この反応は幼児にも同じ事が言えるんです。
幸いにも、娘が2歳だったのでオノマトペで接するようにしました。
例えば、娘はなかなかお風呂に入りたがらない。
「お風呂入ろっか?」というと「お風呂イヤー」と言われてしまう。
そこで、「お風呂でちゃぷちゃぷしよか?」というと、自分から服を脱ぎはじめる。

認知症の方と幼児は非常に似ている。
幼児も認知症の方も守られている存在である。
守られているものに対してこそ、コミュニケーションは慎重で柔軟性が求められる。
そして守られているものから多くを学ぶ事ができるのだ。
そしてその学べる時間は、黄昏時を二人でゆっくりとお互いを見続けている黄金の時間の様に思えてくる。
そのような事をマオさんに伝えると非常に喜んでくれました。

エンディングは評価されたい

ドキュメンタリー作品は2作目の未熟者でなんにもよくわかってないのですが、やはり、ドキュメンタリー映画のエンディングをどのようにするかって非常に難しいとおもうのです。
エンディングは非常に悩んで悩んで、眠れない程悩んだんですが、ある朝起きると天からアイデアが浮かんだんです。
「あーこないしたらええやん」と。これはいいエンディングだと意気揚々と撮影して編集したのですが、関西の上映では、全くその声がないんです。
やはりマオさんの魅力が圧倒してしまうのです。
なのでエンディングはあらゆる五感を研ぎ澄ましてみてほしいのです。
あっ冗談です、マオさんを見てください。

映画を見てくださる皆様へ

主人公のマオさんは、なんでもメモをして調査している人です。
それは、マオさんが、かつて調査会社の仕事としてやってきたからでした。
高齢になり、奥さんが認知症になりました。
するとマオさんは奥さんの言動をメモして調査をしていました。
調査をする事でマオさんは奥さんの事を何にも分かっていなかったと言います。
夫婦生活50年が過ぎて、奥さんが認知症になり、奥さんの事を知ろうとする一方、過去に奥さんに迷惑をかけていた過去もあり、現在の奥さんに献身的に介護する姿が罪滅ぼしのようにも思えましたし、奥さんの尊厳を守っているようにも思えました。
この両面が人間なんだなと思いました。

また、マオさんは介護破産にも襲われます。
社長業をやっていたマオさんの経歴と大阪の比較的裕福な街に住むマオさんでも、認知症の家族がいる事で生活が苦しくなっていく事に驚きました。
そういった苦しい状況を赤裸々に撮影させてもらった佐藤夫婦には大変感謝しています。

取材を通じて夫婦とは何なんだろう、男と女とは何なんだろう、家族とはなんだろうと問い続けてきました。
作品を通じて、そういった所を感じていただければ幸いです。

【映画情報】

『調査屋マオさんの恋文』
(2019年/日本/DCP/ドキュメンタリー/78分) 

監督・撮影・編集・プロデューサー:今井いおり

企画・制作:ちょもらんま企画
音楽:よしこストンペア

出演:佐藤眞生・縫子
声:今井いおり 小川賀子
チラシ・ポスターデザイン:船本あこ(moco*design)
撮影協力:社会福祉法人成光苑 高槻けきの郷
宣伝:スリーピン 配給:ちょもらんま
公式サイト:https://www.mao-koibumi.com/

画像はすべて©Imai Iori

2020年12月19日(土)〜新宿K’s cinemaにてロードショー、全国順次公開

【監督プロフィール】

今井 いおり(いまい・いおり)
1978 年兵庫県淡路島生まれ。映画監督・TV ディレクター 。
2000 年大阪ビジュアルアーツ専門学校卒業。卒業後自主映画活動を開始。コメディ映画を中心に数々の短編映画を制作。 2008 年に中編映画「安もんのバッタ」が中之島映画祭にてグランプリ&映画音楽賞を受賞。その後、TV ディレクターとしてバラエティー番組制作を中心に活動。2014 年に初の長編ドキュメンタリー映画「ろまんちっくろーど~金木義男の優雅な人生~」を監督。関西の劇場を中心に上映され熱狂的な反響を得る。現在は市井の人々に寄り添うドキュメンタリー映画制作をライフワークとして活動している。