【Review】蘇る、記憶の熱情――『きみが死んだあとで』 text 藤田功一

 冒頭、雨の中、若者の遺影を掲げて立つ一人の男がまっすぐにスクリーンのこちら側に視線を送っている。やがてそれが本作の監督・代島治彦であることがわかる。詰襟の学生服で立っているショットがただならぬ気配を漂わせて映画は幕をあける。
 本作『きみが死んだあとで』は、今から50年以上も前に学生運動に身を投じた若者たちの青春の光と影の記録だ。物語は18歳の学生・山﨑博昭の死から始まる。ベトナム戦争が激しさを増す1967年、時の総理大臣の南ベトナム訪問阻止を図ろうとしたいわゆる「第一次羽田闘争」を舞台に、当事者のインタビューと資料映像だけで構成された3時間20分。映画は前後編にわたって、大友良英の即興的なノイズと共に観る者を時代の熱狂へと誘っていく。

 この文章を書いている私は1972年、連合赤軍による「あさま山荘事件」が起きた年に生まれた。安保闘争や全共闘運動などの学生運動の歴史については、ニュースや映画、小説などで語られてきた情報から断片的に知っている程度で、本作に描かれる羽田闘争のことはほとんど何も知らなかった。むろん山﨑博昭という若者のことも。
 映画の前半、山﨑博昭が通った高校の友人たちが語る、几帳面で漫画が好きな彼の素顔。それはどこにでもいる屈託のない若者の姿だ。そして羽田闘争での山﨑の死をめぐり、登場人物の一人一人が当時何を思い、いかに行動していたのかが語られていく。革命運動の党派に入った理由を「理念やイデオロギーではなく、ほとんどが人間関係で結びついていた」と打ち明ける言葉が印象的で、運動に参加していく学生たちの熱気に満ちた日々は、まるで部活動の延長線上にでもあるかのように見えた。学生運動というと、党派同士の対立や内ゲバなどで過激化していった末に衰退していく……そんな薄暗い結末のイメージを刷り込まれてきたように思う。しかし、映画に映るあの日の彼らは青春を謳歌する普通の若者だったという当たり前の事実に今更ながら気づかされるのだ。

 18歳の私はといえば、政治や社会運動に関わることは面倒くさいと思っていたし、政治的なイデオロギーというものからはできるだけ自分自身を遠ざけてぼんやりと生きていた。代島監督は自身のことを「学生運動が熱を失った“しらけ世代”だ」という。さらにその下の、長引く経済不況の社会を漂流してきた“ロスジェネ世代”の私にとっては、学生運動は遠い過去の出来事に過ぎなかった。「団塊世代」に憧れて本作を撮ったという代島監督よりもはるかにしらけていたのだと思う。だから、この映画を観て胸に抱くのは、当時の学生運動や当事者たちへの憧憬の念ではない。しかしそれでも最後までスクリーンから目を離せないのは、本気で世界を変えようと一瞬一瞬を生きた者たちの衝動を肌で感じると同時に、志半ばで命を絶たれた個の物語を記録せんとする制作者の執念にも似た気概を感じるからだ。

 ドキュメンタリーは過去を掘り起こす装置でもある。本作では14名もの関係者の体験が描かれるが、泰然と構えたカメラは記憶を語る者の沈黙や感情のゆらぎを捉え、そしてそれを目撃する観客に当事者の記憶を追体験させる。映画の中盤、ある同級生が、山﨑博昭が残した日記の中に自分が彼に話した言葉や自分の詩の一節が書かれていたことを知り、その事実に山﨑の肉体の死以上に強い衝撃を受けたといったことを吐露する場面がある。同級生の心を動かしたのは、政治的思想よりも友との極私的な日々の言葉だったのかもしれない。生々しい記憶の集合体は、私自身の中に染み込んでいた紋切り型の学生運動のイメージを壊していく。
 代島治彦監督は、これまでの三里塚シリーズ(『三里塚に生きる』『三里塚のイカロス』)と同じく、今回も過去の「言葉」を集め、それらを重層的に見せることで、時間の隙間に落ちてしまった固有の記憶を今の時代に蘇らせようとする。本作が放つ鈍い光は、ノスタルジックな思い出などではなく、生き残った者たちによって紡がれた「言葉」にこびりついているそれぞれの記憶の“熱情”である。

 映画のラスト、再び雨の中で山﨑博昭の遺影を掲げて立つ代島治彦監督の姿。その目は、まるで「山﨑博昭を忘れない」と宣言しているかのようにじっとこちらを見据えている。
 本作を観終えて、ふと数年前に参加した“安保法案”反対運動のデモの光景が脳裏をよぎった。国会議事堂前を埋め尽くす群衆の中で目にした10代や20代の顔。彼らの眼差しとスクリーンに映る若者とが交差する。そして、香港で、台湾で、タイで、ミャンマーで、必死に社会を変革しようと行動する者たちのことを考える。映画に描かれた学生の闘争は挫折したが、あの日の彼らの“熱情”は死んではいない。一人の学生の死とその記憶を継承するかのように記録された本作は、今を生きる若者たちの目にも色鮮やかに映るだろう。そして、当時の私のようにぼんやりと青春を生きているどこかの若者にも届くことを願う。

【映画情報】

『きみが死んだあとで』
(2021年/日本/DCP/5.1ch/200分(上巻:96分/下巻:104分))

製作・監督・編集:代島治彦
撮影:加藤孝信
音楽:大友良英
写真:金山敏昭、北井一夫、渡辺 眸
整音・音響効果:滝澤 修
カラーコレクション:佐藤 健
字幕デザイン・宣伝美術:鈴木一誌、吉見友希
制作:スコブル工房
配給:ノンデライコ
宣伝:テレザ
企画・製作:きみが死んだあとで製作委員会

公式サイト:http://www.kimiga-sinda-atode.com/

画像はすべて© きみが死んだあとで製作委員会

2021年4月17日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

【執筆者プロフィール】

藤田 功一(ふじた・こういち)
1972年生まれ。映像プロデューサー。
数々のドラマやPVなどの現場を渡り歩いた後、映像制作会社「グループ現代」を拠点にプロデューサーとしてTV番組や映画の制作に携わる。近年は、NHK BSプレミアム『フランケンシュタインの誘惑』、NHK BS1スペシャル『月へ、夢を 人類初の月面探査レースに挑む』、映画『SHIDAMYOJIN』、東京大空襲証言映像などに参加。現在、京都大学吉田寮、ファッションをテーマにしたドキュメンタリー映画を準備中。お気に入りの劇場座席は、中央よりやや後ろの右手側。