【対談】黄インイク×井上修×野嶋剛 世代を超えたドキュメンタリストが語り合うーー『緑の牢獄』公開記念特別対談

左から井上修氏、黄インイク監督、野嶋剛氏

2021年3月23日、アンスティチュ・フランセ東京で、西表島の炭鉱をめぐる台湾人移民をテーマとしたドキュメンタリー『緑の牢獄』の完成披露試写会、および特別対談が行われた。参加者は黄インイク監督のほか、昨年著書『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』が話題を呼んだフリージャーナリストの野嶋剛氏、対談でも触れられる『アジアはひとつ』をはじめとした数々の作品を制作し、60年代から70年代のドキュメンタリーシーンを牽引したNDU(日本ドキュメンタリストユニオン)のメンバー・井上修氏。それぞれの視点から感じた『緑の牢獄』の魅力と、制作にまつわる秘話などが語られた。

(構成=菅谷聡、構成協力=若林良)


『アジアはひとつ』との出会い

:私から井上さんについてご紹介します。劇中で楊添福さんの映像を使ったのですが、それは井上さんたちが1973年に撮ったものでしたっけ?

井上:いや、1972年の1月から5・15の復帰の日までです。沖縄が日本に返還され、沖縄への行き来にパスポートが必要なくなったあの頃までを撮りました。

:はい、その時に作られた『アジアはひとつ』という名作があって。

井上:名作じゃないですよ(笑)。

:名作ですよ。その中に楊添福さん、つまり主人公の橋間良子さんのお父さんの映像があって、それから井上さんと知り合って色々話を聞きに行きました。何度もお家にお邪魔しました。井上さんは、大尊敬している先輩です。

井上:50年前に撮った映像がこうして大切に使っていただけるなんてね。残っていれば誰かがこうやって使ってくれることに本当にびっくりした。

:私も『アジアはひとつ』を見る前は自分たちの主人公に関係あるなんて知らなくて、ただ色々調査しながらこの作品を見なきゃと思って。

井上:そこで見つかったってのが、作品が絶対うまくできる証ですよね。ドキュメンタリーはね、そういう念力みたいなもんがあるんですよ。嘘じゃなくて本当に。

:さっそく話が盛り上がってきましたが、もう一人の方の紹介を。

野嶋:進行役を頼まれている、ジャーナリストの野嶋と申します。黄さんとは古い知り合いで。簡単な感想としては、そもそも西表島に炭鉱があったことを私も恥ずかしながら知りませんでした。このテーマを見つけてきた時点で、既にニュース性があります。そこもこの作品の成功したひとつだと思います。黄さんにとっては本作が2作目ですが、1作目は八重山に移民したパイン農民を描いた作品で、そして今回は西表島の炭鉱という、誰も知らないと言っていいようなテーマです。そしてこの映画にはほとんど日本人が登場しない。主役は台湾から来た橋間さん、そしてアメリカ人のルイス。一体誰の視点でこの映画を見るべきなのかというポイントがあります。台湾の人は自分たちの同胞の話として、沖縄の人は沖縄の視点で、あるいは本土の人は台湾と沖縄の間にこういう関係があったのかという視点で見るかもしれないし、そういう複雑な視点を提供してくれる作品であると思っています。

橋間良子さんについて

野嶋:橋間さんという興味深いキャラクターに密着したのも、この作品の良さの一つだと思います。とても印象に残ったのは、最後まで翡翠の腕輪を大事に身に着けていたところです。翡翠の腕輪は台湾人の代々家族を大事にしていくことの証ですよね。加えて金のネックレスやピアスなど、台湾人らしいファッションセンスを持っていますよね。橋間さんは、長年西表で暮らしましたが台湾のアイデンティティは最後まで持ち続けたところが印象深かったです。それと言葉ですよね。日本語でも話されますが、台湾語の方がスムーズに母語の感じで話されていますよね。情感のこもった話し方をされているように見えました。

:ありがとうございます。

野嶋:監督に質問です。橋間さんは撮影が終わってから亡くなられたんですか?また、長期間撮られていて生活にも密着して、橋間さんと黄さんの関係性はどのようなものだったのですか?

:初めて会ったのは2014年の頭で、最初の1、2年は家族史などを整理しながら勉強する時間でした。いつもカメラマンと二人で自分は録音しながら、たまに遊びに来る孫みたいな感じで。映画で一番使われているのは2015、6年の映像です。おばあは私が台湾語で話すと、とても打ち解けられて。人間関係もあると思うんですけど、大人気のおばあではないので。

野嶋:『海の彼方』の玉木おばあとは正反対ですよね。

:はい、だから自分とカメラマンが撮影が終わって帰ろうとすると、道まで見送られて、また来てねと言ってくれるような感じでした。2016年に楊添福さんや炭鉱に関してもっと調査が必要だと思って歴史調査チームを作って、おばあへインタビューしながら調査も行う感じになりました。調査をフィードバックするともっと深い話ができるんですよね。たとえばおばあの養父は台湾から人を連れてくる斥先人と呼ばれる仲介人で。養父や西表炭鉱について聞こうとすると最初は壁があったんですけど、しだいに話してくれるようになりました。後半はもう体も弱くなっていって、体調が悪くて撮影しないこともありました。2017年の年末ぐらいにはもう病院に運ばれて、そのあと一旦西表に戻ってきてから亡くなりました。

野嶋:今度は井上さんに質問です。ドキュメンタリー作家の立場からして『緑の牢獄』をどのようにご覧になりましたか。

炭鉱を撮るということ

井上:黄さん、炭鉱っていうか炭坑夫がどういう職業的な立ち位置にあるかは初めから知っていましたか。はっきり言うとね、女は売春婦、男は炭坑夫、そういう感じのものなんだよ、炭鉱で働くっていう事は。それは北海道だろうが九州だろうが同じ。そんで西表の炭鉱に目をつけたとなると、やっぱり台湾人の経営者もいるんだよな。そして炭鉱やる限りはね、人々を搾取する存在という視点や労働者との関係がね、もっとはっきり出てくるかなぁって期待したんだけどね。

野嶋:搾取についてですが、モルヒネの話が印象深かったです。炭鉱側が販売の権利を持って、モルヒネを坑夫をつなぐために使用し、薬物依存の状況を作り出すような状況は他でもあったんですか?

井上:西表の謝景組の息子が東京に来ててね。それで彼の話を総合的にまとめると、私はモルヒネを労働者に与えて繋ぎ止めたって話をしてるんですけども、黃さんはどう思われますか?

:その労働者については、さっきの斥先もそうなんですけれども説明的な事は本のほうに書いています。けれども単純に日本人に騙されてきたという関係ではなくて、もっと複雑な関係で。特に主人公の家庭の立場は一見搾取する側なのですが、映画では前半ではそう思われないように進めて、ちょっとずつ判明していくような見せ方をしています。

野嶋:私はちょっと気になっていたのですが、橋間さんは台湾に戻ろうと思えば戻れたのに、孤立してまでなぜ島に残ったんでしょうか?

:お父さんの楊添福さんは仕事が理由で西表に残ったんですが、私もおばあが残った理由が知りたかったんです。橋間のおばあが、何もないところで何を待っていたのかという。それは多分、家にあるもう亡くなった両親へのお供えとかお墓とかそういうものを守りたいんじゃないかなと感じました。おばあがいなくなったら橋間家には誰もいなくなるので。

野嶋:彼女はあのお墓に入ったんですか。

:はい。あのお墓を守った最後の1人として入りました。

野嶋:井上さんにお尋ねしたいんですが、炭鉱というテーマはやっぱりドキュメンタリーの世界でもよく扱われてきたものではないですか。日本側の作品と黄さんが台湾人として捉えた時の違いや共通点はありますでしょうか?

井上:やっぱりね、石炭はエネルギーの最も主要なものであったんだよ。戦後それがだんだん石油に変わっていく過程とか、炭鉱がダメになっていく過程っていうのはとても興味深い。今だと常磐炭鉱はハワイアンセンターになり、夕張なんかはメロンになっちゃってるけど、そういう炭鉱がどうやって生き延びてきたかはすごく面白いテーマなんだよな。あと単純に炭鉱の人って何かパワーがあるんだよ。昔、竹中労さんと新生炭坑節っていう、三井三池についてやったんですけども、炭鉱には近代という時代が凝縮されている。そして最後の写真で、右端のほうにいた2人さ、厚生園でしょ。

:最後の写真は三留理男さんが70年代に撮ったものです。本作には重要な3つのアーカイブがあって、三留さんと井上さん、そして三木健さんという沖縄のとても有名なジャーナリストの方がいて、『緑の牢獄』も三木さんの作った言葉です。三木さんは7、80年代に0から西表炭鉱の歴史を集めて、証言もたくさん録られました。例えば『緑の牢獄』では、当時引退した坑夫たちの肉声も、全部三木さんが録音したものを使っています。そういう先人たちの仕事がこの作品につながっています。

井上:若いけどね、よくやるじゃない。

野嶋:黄さんはいまおいくつで。

:いま32です。

井上:32ぐらいは序の口だからね。あと10本は撮れるよ。ドキュメンタリーはね、一つ当たったら押し相撲だから。押し相撲は調子がいいとね、次から次へと勝つんですよ。調子が高くなるとね一気だから。

今後の展望

野嶋:先の話ですが、一連の狂山之海シリーズは前回パイナップル移民、今回は炭鉱で、第3作はどんな構想か、ここで少し語っていただけますか。

:第3作も同時進行でやってます。八重山の台湾移民という大きなテーマから調査をはじめて、どういう作品になるのか分からないまま追っていきました。2013年から人に会ってみて、それが一本の映画になりそうな時点で作品として見えてきました。3作目は台湾移民の3世4世たちで構成する青年部が龍の舞を始めたものを撮りました。最初2013年から2016年の真ん中ぐらいまででたくさん撮って、一旦ストップしてコロナが収束したらまた取り始めます。そうしたら10年スパンの、親子3代の記録として見えてきました。撮影当時30歳前後で子供もまだ小さかったけど、2023年になったらもう子供が高校生になりますし、台湾に大学進学するとかそういう話もでてきていて、完成がとても楽しみです。

井上:台湾で映画を作る人たちは、日本なんかよりもやる気があるんじゃないかなって感じるね。

野嶋:おっしゃるとおりで、台湾のドキュメンタリー作家は若手を含めてとても活発です。ドキュメンタリー作品に対する評価や人気も日本より全然良くて、政府の補助もありますけれど日本のドキュメンタリー作品はかなり苦しい状況です。台湾では新しい民主主義が進む中でいろんな社会変化があって、さらに中国からの圧力もあって、多くの社会矛盾があるんだけれども、逆に言えば、テーマには恵まれている状況にあります。

井上:ドキュメンタリーのネタがたくさんあって羨ましいっていう見方はなんか変でね。やっぱりドキュメンタリーは病院みたいなもんだから、あっちゃいけないんだよね。でもそういう中でも、やっぱりこれはみんなに絶対見てもらいたいというものを一本作り上げなくちゃね。

野嶋:井上さんのお話は、とても含蓄があって勉強になります。黄さん、最後に八重山の台湾人をやろうと思ったのはなぜですか?一番にある根底にあるモチベーションは?

:最初の頃はやっぱり八重山の台湾人という移民グループが、日本で言ったら日系ブラジル人みたいにすごい有名なんですけど、ドキュメンタリーとしてちゃんと撮った映像とかはなかったので、この謎めいたグループを知りたいという根本的な興味がありました。最初は大きなテーマだったんですけども、自分はより小さい、家族とか個人のストーリーが好きで、作品を作り始めたらまた変わっていきました。私の年代の台湾人は、教科書に中国ではなく、台湾史や台湾の地理がようやく記述されるようになった世代で、私の世代のドキュメンタリーの作家は台湾人とは何なのか、アイデンティティについてもどんどん掘り下げて考えていく作品が増えています。

野嶋:沖縄は日本や台湾の間にありますけども、八重山っていうのは沖縄と台湾の間、西表島はそのさらに間にある、重層的に様々な問題が見えてくる場所だと私は思います。そういったテーマに光を当てた作品を撮ってくれた黄さんに、大きな拍手を送りたいと思います。

【登壇者プロフィール】

 黄 インイク(こう・いんいく)
沖縄在住、台湾出身のドキュメンタリー監督・プロデューサー。東京造形大学大学院映画専攻修士卒業後、台湾と沖縄を拠点とする映画製作・配給会社「ムープロ」(台湾法人「木林電影有限公司」と日本法人「株式会社ムーリンプロダクション」)を設立、映画活動を行う。長編ドキュメンタリー作品に『海の彼方』(2016年)、『緑の牢獄』(2020年)。

井上 修(いのうえ・おさむ)
NDU創立から解散までの4作品に関わった主要メンバー。その後はルポライターの竹中労とともに、『アジア懺悔行』(1976年)、『山上伊太郎ここに眠る』(1977年)を作りあげる。

野嶋 剛(のじま・つよし)
上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。1992年朝日新聞社入社、シンガポール支局長、台北支局長などを経て、2016年4月からフリーに。東アジアを中心に活発な執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。2019年4月より大東文化大学社会学部特任教授。近著に『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書、2020年6月)、『香港とは何か』(ちくま新書、2020年7月)。

【映画情報】

『緑の牢獄』
(2021年/日本・台湾・フランス/日本語・台湾語/2K/カラー/5.1ch/101分)

監督・プロデューサー:黄インイク
共同プロデューサー:山上徹二郎、Annie Ohayon Dekel、Farid Rezkallah
撮影:中谷駿吾
音楽:Thomas Foguenne
編集:Valérie Pico、何孟學、黄インイク
音響効果:周震、李佳蓉、康銪倫
カラーグレーディング:Michel Esquirol
製作:ムーリンプロダクション、木林電影
共同製作:シグロ、24images
配給:ムーリンプロダクション、シグロ
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会、国家文化藝術基金会、Région Pays de la Loireなど
後援:石垣市、竹富町教育委員会、台北駐日経済文化代表処那覇分処、台湾文化センター、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、沖縄タイムス社、琉球新報社、琉球華僑総会、八重山台湾親善交流協会、那覇日台親善協会

公式サイト:https://green-jail.com/

画像はすべて© 2021 Moolin Films, Ltd. & Moolin Production, Co., Ltd.

2021年4月3日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開