『想像』は、緊急事態宣言下、2021年の5月28日に公開された。2017年から2019年にかけて上演されたリクリエーション版『三月の5日間』の制作の様子を、主に俳優の板橋優里に焦点を当てて追った作品である。
それじゃ「三月の5日間」ってのをはじめようと思うんですけど、5日間のまずその第一日目ですけど、あ、これは二〇〇三年の三月の話なんですけど、朝起きたら、あ、これはミノベくんって人の話なんですけど、ホテルだったんですよね麻起きたら、あれなんでホテルにいるんだ俺って思ったんですけど、しかも隣に誰だよこいつ知らねえっていう女がなんか寝てるよって思ったんですけど、でもすぐ思い出したんですけど、あ、きのうの夜そういえば、そうだここ渋谷のラブホだ思い出した、ってすぐ思いだしたんですけど、だから朝起きたらホテルだったっていうその朝は、三月の5日間の正確に言うと二日目の朝なんで、まずは一日目のことから話そうと思ってるんですけど、だからその一日前の話からしようと思うんですけど、そのときは六本木にいたんですけど、六本木って、二〇〇三年の三月ってまだ六本木ヒルズもオープンする直前で、六本木ヒルズオープンがその年の、二〇〇三年の、四月だったんですけど、だから建物自体はすでに立っててでもオープンはまだしてないって状況だったんですけど、っていう頃の話なんですけど今からする六本木の話は、(『三月の5日間[リクリエイテッド版]』白水社より引用)
作中では『三月の5日間』の冒頭、板橋が喋り続けるシーンが何回も繰り返される。2003年の3月の話、を繰り返す板橋は1993年生まれ。2003年当時は10歳だったという(*)。2021年の東京でこの映像を観る、ということについてずっと考えていた。わたしも板橋同様、2003年の六本木、を実際に知らない。2004年の『三月の5日間』初演も知らない。きわめて個人的な話だけれど、わたしは2008年に東京に住み始めて、その頃六本木ヒルズは既にオープンしていた。勿論『三月の5日間』という作品自体を確かに知識としては知っていて、映像で見たのはおそらく2008年、早稲田の文学部で、晩年の扇田昭彦の講義が最初だっただろうか。それから2008年8月、岡崎藝術座・上里雄大演出による『三月の5日間』を上野の広小路亭で観ている。その後ようやく、2011年12月のKAAT、100回公演記念ツアーで、岡田利規自身の演出による『三月の5日間』を観た。あるいは2018年3月の綱島、ベルリン・セミナーハウスでのオフィスマウンテン・山縣太一演出による(通称)アウトレイジ版『三月の5日間』も。2017年の、この『想像』に登場するリクリエーション版はタイミングが合わず観ることが出来なかった。それから、作中に出てくる(とされる)六本木のライブハウス、SuperDeluxeは何度か行ったことがあって、こちらは2019年に閉店した。
2003年の六本木についての話、について2004年に書かれた作品を、1993年生まれの俳優が2017年に演じている、場面の映像を2021年のわたしが観ている、という状況。
繰り返される『三月の5日間』のシーンは、時々岡田の演出が入り、また日が変わり、繰り返すたびにシーンが少しずつ先に伸びてゆく。でもこれは『想像』の作中だから、この作品の中で『三月の5日間』が最後まで上演されることはないだろう、ということはうっすら分かっている。反復される『三月の5日間』の作品について、合間に挟まれる岡田の演出としての発言は何となく理解できる、気がする。また、演技についての板橋自身のコメントも、よく分かる気がする。それは主に想像力、についての話で、俳優自身の想像力の話と、観客が作品にアプローチするための想像力と、が言及されている。しかし、ぼんやりと目の前の光景……ミノベ君、って人から聞いた話、をしている、という体の板橋の体の揺れ動き、を眺めていると、それまでの冒頭シーンと、次の冒頭シーンの中で、板橋の身体のどこがどう違うのか、変化しているのか、段々見分ける自信が無くなって、そこでむしろ、作中に挿入されるジョージ・W・ブッシュの会見とイラクの空爆のニュース映像に対して、既知の出来事であることへの安心を覚える。
ブッシュの会見を、イラクの空爆を、わたしは確かにテレビに見たことがある気がする。それに比べると、例えば作中で語られる、カナダから来たマイナーなバンドのライブ、のことをわたしは知らない。カナダから来たマイナーなバンドのことは知らないけれど、繰り返し聞いているうちに、これがテキスト上で何の働きがあるのか、舞台で次に何が起こるのか、については段々と分かってくる。
実際のところ、テレビで見たことのある話と、人づてに聞いたことのある話と、情報の解像度としてはそれほど違いはないのかもしれない。気が付くと、テレビで見たことのあるという既知の情報よりも、この一時間で繰り返し見せられる光景の方が脳と耳によく馴染んでいる。多分しばらくの間、『三月の5日間』の第一幕についてはいつでも思いを馳せることができるだろう。繰り返される冒頭シーンを眺めながら、わたしの知らない2003年の六本木や、わたしの観ていない『三月の5日間』の上演のことを考えながら、これまでに観たことのあるいくつかの『三月の5日間』の舞台や、岡田利規の演出作品についても思い出していた。
(*) チェルフィッチュ20周年特別WEBサイト・俳優インタビュー:板橋優里(1993)https://chelfitsch20th.net/articles/832/
【映画情報】
『想像』
(2021年/日本/カラー/HD/ステレオ/100分)
監督:太田信吾
出演:板橋優里、チェルフィッチュ、岡田利規
共同出資:株式会社プリコグ、株式会社エムマッティーナ
助成:文化芸術振興費補助金(記録映画)
配給:アルミード
公式サイト:https://sozo-movie.com/
画像はすべて©︎ハイドロブラスト
名古屋シネマテーク7月24日(土)〜30日(金)、ほか全国順次公開
【執筆者プロフィール】
吉田 恭大(よしだ・やすひろ)
1989年鳥取生まれ。歌人・舞台制作者。歌集に『光と私語』(いぬのせなか座)。