【Report】東京国際映画祭で見つける!ドキュメンタリー(前編)text 中村のり子

10月20日より、東京・六本木で東京国際映画祭(TIFF)が始まった。鳴り物入りの招待作品が前面に出た、大型で華やかな作品ばかり上映する観光向け映画祭というイメージが強いが、実はここ数年で静かに変化してきている。コンペティションはまだ配給のついていない、本来の意味で新しい映画が尊重されるようになってきたし、日本のインディペンデント作品を取り上げる「日本映画・ある視点」部門には、気鋭の話題作が並ぶようになった。同時に、アジア映画はかなりコアな特集が充実している。全体像はつかみづらいが、注意深く調べてみると各部門で見逃せない作品が少なくない。巷で話題沸騰のドキュメンタリー作品のお披露目もある本祭だが、ここでは少しマイナーな視点からTIFFをレポートする。(neoneo編集部 中村のり子)

 

今日は、「アジアの風」部門の中で特集されている「伝説のホラー&ファンタ王国カンボジア」について取り上げたい。初日の午前中に1回目の上映があった『ゴールデン・スランバーズ』(ダヴィ・チュウ監督/2011)は、60〜70年代に隆盛を極めながら、ポル・ポト派の共産主義政策によって途絶えたカンボジアの娯楽映画の記憶をたどるドキュメンタリーである。こういう紹介をすると、地味な証言ビデオのような想像をしてしまうが、実際には本作そのものが映画の魅力に満ちていて、重層的な豊かさがあることに驚かされた。

 

40年あまり前の映画のことを、観客だった人、監督、俳優たちが口々に語る。夢中になったストーリーや特殊効果の面白さについて、まるで昨日の出来事のように詳しく、記憶をたぐり寄せていく。瞳の奥に鮮やかなイメージを思い描いていることが感じとれる彼らの表情とエピソードによって、見る者の脳裏にも見知らぬはずの情景が広がっていく。当時のカンボジア映画界では400本に及ぶ作品が送り出されたが、現在はほとんど国内に残っておらず、フランスやカナダで発見された複製ものを集めてやっと30本ほどだという。だから、人びとが楽しそうに語ってみせる作品そのものを私たちが見ることは叶わず、ただ彼らの話が存在するばかりだ。

 

失われた何かについて紐解くドキュメンタリーは、少なからず作られてきている。過去の出来事を言葉で語ったり、かつてそうだったという場所を訪ねたり、ときには再現を用いたりといろいろなやり方があるが、一番見せたいものは結局見せられないということが問題になる。そのうえで、映画である以上いったい何を映像として表すことができるだろうか。

 

『ゴールデン・スランバーズ』は、昔の作品について思い出す人物や、映画館だった建物を単なる資料的存在として並べるのではなく、それらの現在の姿をカメラで見つめようとする意識で撮られている。インタビューでは場所を工夫し、映画監督だった人には思い出で飾られた庭を臨むガラス張りの部屋、観客にはいまどきのカジュアルな飲食店、また別の監督が実現しなかった作品について語る時には美しい風景が広がる窓から逆光を浴びてといった形で、今そこにいる人の状況を印象的に映し出す。スター女優だったディ・サヴェットを連れてかつてのロケ地を訪ねるシーンでは、目に見える面影がとくに残っていない中、当時の撮影を手伝った住民が再会を喜んだり、子どもたちが興味深げに集まってくる状況を新たなエピソードとして記録する。以前は映画館で今は住居やレストランになっている建物には、昔の賑わいの気配を探るようにゆっくりとした眼差しを向け、その中で生活する人びとと共に佇む。過去の証拠を示すことではなく、現在そこに流れている空気、生きている人間をとらえ、「なくなったものに思いを馳せる」という人の行為そのものに触れている。

 

それらのシーンをつなぐ編集も、論理に従ってというより、登場する人びとの連想に沿って展開する。だから説明されている感覚は薄く、様々なところへ連れて行かれているような不思議な時空間に浸ることになる。ある作品の音声だけが無人の室内ショットにかぶさったり、現存する一部の映像が街中の壁に投影されたりするのは、時代を越えていく映画の記憶そのものを体感するようなものだ。

ダヴィ・チュウ監督『ゴールデン・スランバーズ』

 思い出話と残った物とを知ることで実感するのは、カンボジアの映画界がいかに豊かだったか、そしてその文化がどれほど無惨に壊されてしまったかである。しかし女優のサヴェットは誇らしげに言う、「わたしが死んでも映画は残る」。たとえ目の前から失われて二度と元に戻らないとしても、一人ひとりが内面に得た輝きは色あせることがない、という事実が強く伝わってくる。そんな輝きをつくり出せる映画という表現の魅力を再認識させる点で、本作は非常に普遍的である。まぶたの奥のイメージはいつまでも「金色」だということだ。

 

監督のダヴィ・チュウは29歳の若者で、そしてフランスで生まれ育ったカンボジア人だということも興味深い。祖父が映画のプロデューサーだったという話を聞いてカンボジアの映画の歴史に関心を持ち、大人になってはじめてカンボジアの地を踏んだという。そんなチュウが見慣れぬカンボジアの街に向ける新鮮な眼差しも、本作の映像の丁寧さと瑞々しさにつながっているのだと腑に落ちた。『ゴールデン・スランバーズ』は22日に2回目の上映がある。こういう作品こそ映画祭という場でしか見られないものであり、映画についての映画という意味で「映画祭らしい作品」とも思う。そして映画祭最終日の28日にはその話題の的である、最近カナダで発見されたカンボジアの幻のホラー&ファンタジー映画がかかる奇跡的な機会も用意されている。こうした密度の濃い特集を体験してみることも一つの醍醐味である。

 

【作品情報】

『ゴールデン・スランバーズ』
2011年フランス=カンボジア/ 96分/ クメール語、フランス語/ Color

監督:ダヴィ・チュウ
プロデューサー:ジャッキー・ゴルドベルグ
撮影監督:トマ・ファヴェル
音響:ヴァンサン・ヴィラ
編集:ローラン・ルヴヌール
音響/音楽:ジェローム・アレ