エドガー・ライトによって巧みに構成された、ロック&ポップ・バンド「スパークス」のクロニクル――ロン・メイルとラッセル・メイルの兄弟の50年を追った『スパークス・ブラザーズ』は、今後の彼らの活躍のプロローグに過ぎなかった。
エドガー・ライトの近年の代表作『ベイビー・ドライバー』(2017)のサウンドトラックにおける選曲で分かる通り、ライトは様々なロックミュージックに精通している。本作においても、スパークス以外の使用された印象深い楽曲として、ヤードバーズ「幻の10年」やキンクス「デヴィッド・ワッツ」などがあげられる。
一方、スパークスの曲も、さまざまな映画に使用されている。たとえばマシュー・ヴォーン『キックアス』(2010)、レオス・カラックス『ホーリー・モーターズ』(2012)があり、それぞれ印象深い。また、本作で初めて知った、スパークスのワイルドな演奏シーンが登場するジェームズ・ゴールドストーン『ジェット・ローラー・コースター』(1977)という当時量産されたパニック映画もある。当時全く話題にならず、今見るとラストが笑いのネタになってしまっているのは納得してしまうが、ジョージ・シーガルとティモシー・ボトムズが好演していて『ジャガーノート』、『サブウェイ・パニック』辺りに近い面白さはある。とりわけ、ロンがピアノの椅子をぶっ壊すシーンは必見である(元々はオファーされていたバンドとしてKISS、ベイ・シティ・ローラーズの名前が出てくる)。
スパークスの一ファンであるライトは、彼らが「知る人ぞ知る変な兄弟」ではなく、「もっと広く聴かれるべき素晴らしいグループ」であることを証明する映画を作りたいと感じていた。その思いが、ロン&ラッセル・メイルに伝わり実現したのが『スパークス・ブラザーズ』である。企画が進行するやエドガー・ライトは各地に同行も開始し、日本の映像も多く登場する。
『スパークス・ブラザーズ』は演奏シーンもありつつも、生い立ちから現在までの50年以上にわたるメイル兄弟の歴史をアニメーションを混ぜながら丁寧に紹介し、ベックやフリーといった有名アーティストから長年のファンまで総勢80名の証言、総撮影時間が80時間に及ぶ兄弟へのインタビュー、また過去の貴重な映像を交えた構成となっており、スパイク・リー『アメリカン・ユートピア』(2020)のような所謂音楽映画ではない。とはいえ、本作には25作品に及ぶ彼らの曲が登場し、どれを聴いても古臭さのない、かつ色褪せないヴォイスとサウンドがあることがわかる。演奏シーンが少なくてもそれぞれの時代の作品を味わうことができ、誰が観ても飽きさせない140分となっている。
かく言う私は1970年代後半に中学生だった頃からスパークスの存在は知っていた。しかし当時はビデオやレコードのレンタル制度がまだなく、ラジオで流れた記憶もなく、奇抜なルックスや妙なアルバムジャケットだけでは高価なレコードを買う気にはならず、その素晴らしさを知るのはずっと後のことで若くして出会うことは出来なかった(ロックマガジンを読んでいてもスパークスに何も感じなかったあの頃をやり直したい…)。
スパークスの代表曲は1曲となると「ディス・タウン」(This Town Ain’t Big Enough for Both of Us)だが、ここでのラッセルのハイトーンヴォイスとロンのメロディとの絶妙な絡み合いに嵌ると耳から離れなくなる。日本のファンの年齢層が幅広いのはフジロックで観たのがきっかけなのだろう。
「ディス・タウン」を一般に知らしめたのはイギリスのTV番組トップ・オブ・ザ・ポップスへの出演によるものだが(本作ではその時の衝撃的な印象をシェリー・ウインタースがピート・タウンゼントに興奮気味にテレビ番組で語る映像を紹介している)、この時の出演までの経緯は映画で描かれている通り興味深い。しかも私が敬愛するスクイーズのクリス・ディフォードがスパークスとルベッツの明暗を含めて語っているから個人的にはとても重要なパートとなっている。ルベッツの名前は知らなくてもWinkのカバーやTVドラマ『ウォーターボーイズ』の主題歌だった彼らのヒット曲「シュガー・ベイビー・ラブ」は知っている人は少なくないだろう。因みにルベッツは一発屋ではないし、私のバンド仲間の伊藤くんのように、彼らに長年魅了された日本の音楽ファンも数知れない(お陰で伊藤くんと組んでいたバンドでルベッツのPut A Back Beat To That Musicをカバーすることになる)。
洋楽ファンなら誰でも知っている有名アーティストだけでなく、元メンバーへのインタビューを丁寧に行っているのも本作の特徴だ。とりわけ『ジェット・ローラー・コースター』にも映っているベーシストのサル・メイダが印象深い。私の中では長らくロキシー・ミュージックの1976年のライブアルバム『ビバ!ロキシー・ミュージック』で名前だけを記憶していたベーシストだったので、本作での長めの登場シーンは私にとっても新たな発見となっている。さらに、エンドロールにはこの世を去ってしまったメンバーの名前がクレジットされている。その一人である「ディス・タウン」のギタリストだったエイドリアン・フィッシャーにも存命であったならインタビューしていたことだろう。
余談だが、個人的にもフィッシャーへの思い入れは深い。彼がスパークスを離れた後に参加したボクサー(超絶ギタリストのオリー・ハルソールが在籍していたこととヌードジャケットが有名)の『アブソリュートリー』は隠れた名盤で、私たちのバンドでは収録曲Richman’s Daughterをカバーしていた。
本作で紹介された生い立ちから、メイル兄弟が音楽だけではなく映画とスポーツが好きだということが分かり、彼らのステージパフォーマンスが身体性を重視したものであることの原点を理解する。
その一方で私生活についてはまだ謎が多いが、本作ではふたりの女性のエピソードが重要なポイントとなっていることを知る。
一つはメイル兄弟が「ハーフネルソン」というバンド名でデビュー出来た経緯について。当時のラッセルのパートナーが、トッド・ラングレンと過去に交際していたミス・クリスティン(早逝した伝説のグルーピーであるクリスティン・フルカ、フランク・ザッパ『ホット・ラッツ』のジャケットで有名)で、彼女がふたりをトッドに紹介したことが大きかった。
もう一つは、彼らの代表作品の1つである『No.1・イン・ヘヴン』のプロデューサーにジョルジオ・モロダーが起用された経緯である。インタビューで適当に言ったことの実現に向けて動いたのは、その話を聞いた女性インタビュアーだったのだ。
日本においても1970年代の洋楽好きのお姉さん世代の先見性は歴史の中でしばしば感じていたことだがまさにその偉大さを感じさせられる。
大学で映画製作もしていたメイル兄弟が好きな映画はイングマール・ベルイマン、ヌーヴェル・ヴァーグ期のフランス映画である。また2009年の来日時に、ロンは日活ロマンポルノが好きでポスターも買っていると語っている。音楽と並行して映画への強い思いはずっとあったが、ジャック・タチ、ティム・バートンとの企画が相次いで頓挫し、『ジェット・ローラー・コースター』によって名を上げることもなかった。
しかし、メイル兄弟が企画した『アネット』はレオス・カラックスによって映画として完成された。『スパークス・ブラザーズ』で現れる、ティム・バートンによって映画化されるはずだった『舞』の池上遼一の作画は感動的だ。だからこそ私は、プロジェクトが頓挫したことに残念な気持ちでいっぱいになったのだが、そののちに見た『アネット』のオープニングでの「So May We Start」が素晴らし過ぎて全てが報われた気にさせられた。カラックスだけでは語れない『アネット』の凄さを感じるのは、『スパークス・ブラザーズ』に先に触れたせいでもある。未見の観客には、順番としては『スパークス・ブラザーズ』を先に観ることを個人的には推奨したい。
50年以上のキャリアがありながらも、これからが楽しみな2人にはずっと精力的に活動してもらいたい。そのためにも、後追いのファンではありますが『スパークス・ブラザーズ』を布教しようとの思いでこの原稿を書きました。
【映画情報】
『スパークス・ブラザーズ』
(2021年/イギリス・アメリカ/英語/カラー/ビスタ/141分)
監督:エドガー・ライト
出演:スパークス(ロン・メイル、ラッセル・メイル)、ベック、アレックス・カプラノス、トッド・ラングレン、フリー、ビョーク(声)、エドガー・ライトほか
字幕翻訳:石田泰子/字幕監修:岸野雄一
配給:パルコ ユニバーサル映画 宣伝:スキップ
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公式サイト:universalpictures.jp
公式Twitter:@Sparks_Movie
4月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他全国公開
【執筆者プロフィール】
澤山 恵次(さわやま けいじ)
1964年生まれ京都育ち。関西学院大学卒業。百貨店退職後ライブハウス勤務。コロナ禍以降職業不定。各種映画祭に顔を出し、現在東京ドキュメンタリー映画祭スタッフ(長編部門担当)。映画検定1級。学生時代にリュミエールに短評を投稿していたせいかTwitterの140字と相性が良い。