【Review】映画を超えたまなざしーー『DAYS』text 伊東朋香

2022年12月に開催した第5回東京ドキュメンタリー映画祭では、常駐のスタッフ以外でもさまざまなボランティア・インターンの方のご尽力をいただいた。観客対応やSNSの更新のほか、上映作品の中から作品を選定し、それぞれ批評を執筆いただくという取り組みも行われた。その成果として完成された批評を順番にご紹介したい。
第3回は伊東朋香さんの『DAYS』(長編コンペティション作品)評。摂食障害の当事者である若い女性の生活を記録する本作について、伊東さんはカメラが女性の生活に踏み込むことで生まれる「加害性」に着目し、本作がどのようにその檻を回避したかを分析していく。被写体となった女性へのシンパシーを感じさせながらも、そのアプローチはきわめて理知的である。
(neoneo編集室 若林良)

 劇場の座席に座り続けるのがこんなにも辛い、逃げ出したいと感じた映画は初めてかもしれない。『DAYS』はそんな映画だった。『DAYS』では、摂食障害に苦しむ21歳の未紀さんの生活を包み隠すことなく記録している。本当にありのままに撮られる自分の意思では制御できない過食、嘔吐の症状。そして語られる、過去の話、家族への複雑な思い、摂食障害に独断と偏見を押し付ける無理解な世間への拒絶。彼女のそうした姿や言葉はあまりに生々しかった。

 未紀さんは、私と同じ21歳だった。服を着替えてアパートの部屋から出た彼女は、ごく「普通」の21歳の女性だ。 ショッキングな内容に加えて、年齢が一緒であったこと、 更には10代・20代の女性にとって摂食障害は比較的身近な病であることもあり、身につまされる感覚を抱いたのだと思う。ただ、私が逃げ出したいと思うほど、苦しくなった理由はそれだけではない。『DAYS』の中には、映画館の観客を見つめ返す未紀さんのまなざしが確かにあり、私はその視線に捉えられて目をそらせなくなっていたのだ。

 映画が始まり、設定が分かってきた辺りで、私は少し警戒心のようなものを抱いた。21歳の摂食障害の女性の生活を、当事者ではない男性監督が撮るドキュメンタリー。更に、映画を作るうえでの構成として、撮影期間は毎日、監督がミッションを用意するという。そこには藤本純也監督なりの想いや理由があることは理解しつつも、21歳の少女が、男性監督に、そして興味本位の観客に、映画を通じて搾取される構図が容易に想像できてしまったのだ。

 ただ、 1つ意外だったのは、この映画の監督が藤本監督1人ではなかったことだ。そう、この映画では、その「摂食障害の女性」未紀さんも監督として位置づけられていた。

 映画が進んでいくにつれて、私が初めに抱いた警戒心は、不要なものだったのかもしれないと思い始めた。未紀さんは、作品の中で「見られる」だけの存在ではなかった。分かりやすい所で言えば、未紀さんが藤本さんにカメラを向けるシーンが何度もあった。ミッションも、必ずしも未紀さんにだけ課されるのではなく、藤本さんへのミッションにもなっていた。過去を語るのも、苦しんでいる姿を見せるのも、それを撮るのも、“少女1人”ではなく、2人の監督だったのだ。そして、私が自身の警戒心が全くの的外れだったと思うことができたのは、作品の後半、藤本さんが自身の思い描いていたのとは異なる筋書きで作品を終わらせると話した時だった。藤本さんが映画に寄せたことばの中にもある「映画の、カメラの、そして私自身の持つ、暴力性、加害性」をはっきりと認めて、当初も思慮深く練られていたはずの作品の構成を変える決断をしていた。この映画は、私が想像していたようなありがちな搾取の構図を乗り越えたのだと感じた。

 ジェンダー論の分野では、「まなざし」という哲学的な概念がよく語られる。「まなざし」には、見る側と見られる側の非対称性が含まれており、ジェンダー規範の中で、「見る男」と「見られる女」という固定的な立場ができているという批判である。イギリスの映画研究者ローラ・マルヴィは、「視覚的快楽と物語映画」という論文の中で、映画は「男が女を見つめる」構造の元に成立していると主張している。映画というメディアにおいて、一方的な「まなざし」というジェンダー規範は、根深い問題であると言ってよいだろう。未紀さんを監督という立場に置き、対称性を意識して撮られた『DAYS』。そして、それでも尚、持ち込まれていた一方性・加害性を作中であぶりだし、変えていこうとしたドキュメンタリーの記録は、そんな男性主体の映画の歴史に一石を投じたと言って良いのではないかと思う。

 私を捉えた未紀さんの視線は、2人の監督が、上記のような根深い構造を乗り越えたからこそ、生まれたものだった。「21歳の摂食障害の女性」としてではなく、誰も完全には理解できない苦しみを抱えた1人の人間として、未紀さんは作品の中に存在していた。「見られる女」や「摂食障害患者」の型の中に収まることなく、共に映画を作る藤本さんの持つカメラを通して、自分以外の全ての非当事者を見つめ返した未紀さん。そんな彼女の視線は、私たち観客を「見る側」という搾取するだけの立場に安住することを許さなかった。未紀さんが映画に寄せたことばの中にある「知ってもらいたいという思い」。逃げ出すことのできない苦しみの中にいる彼女の思いを、逃げ出したいと思うほどに正面から受け取ることができたのではないかと私は感じている。そして、そんなことを可能にした2人の監督に敬意を払いたいと思う。

【映画情報】
『DAYS』
(2022年/日本/ドキュメンタリー/120分)

監督:藤本純矢、未紀
摂食障害をテーマに作品を撮り続ける監督と、21歳で摂食障害に悩むミキさん。ふたりが5日間をミキさんの部屋で過ごし、摂食障害の現実を知ってもらうため、過食、嘔吐、身体の変容など彼女に起きるできごとを記録する。母との愛憎、高校のバスケ部と不登校、自殺未遂の過去…。彼女が漏らす言葉に真実の輝きがある。

【執筆者プロフィール】

伊東 朋香(いとう・ともか)
2001年生まれ。早稲田大学文化構想学部在学中。大学では、応用倫理学を専攻しつつ、副専攻としてドイツ研究、哲学、美学・文化哲学についても学んでいる。