【Review】対話鑑賞で広がる世界ーー『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』 text 金澤朋香

2022年12月に開催した第5回東京ドキュメンタリー映画祭では、常駐のスタッフ以外でもさまざまなボランティア・インターンの方のご尽力をいただいた。観客対応やSNSの更新のほか、上映作品の中から作品を選定し、それぞれ批評を執筆いただくという取り組みも行われた。その成果として完成された批評を順番にご紹介したい。
第2回は金澤朋香さんの『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』(長編コンペティション作品)評。視覚障害を持ちながらも、美術鑑賞を楽しむ男性の姿を通して、「体験する」とはなにか、その多様性を探っていく。自分とは異なった立場の人への歩み寄りを問う、金澤さんの飾り気のない筆致に好感が持てる。
(neoneo編集室 若林良)

「若い頃はじっと黙っていると自分が実在しているのか不安になる事もあった。」
そうカメラの前で淡々とインタビューに応じるのは、全盲の美術鑑賞者・白鳥建二さんだ。

白鳥さんの日常とアートを巡る旅をユーモラスに映す、長編ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』が東京ドキュメンタリー映画祭で上映された。原作の『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』は、2022年Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した話題本だ。この映画では、原作者で今作の共同監督の川内有緒さんと白鳥さんが対話鑑賞する様子や白鳥さんの写真家としての活動を追っている。

私が最初に白鳥さんを知ったきっかけはこんな検索ワードからだった。
「目が見えない 美術鑑賞」
人間が物を認識するプロセスに興味が湧き、各所で企画されていた「触れる」美術展示について調べていた時だった。ふと、もし全く目が見えなかったらと考えた。目が見えなくても美術鑑賞を楽しんでいる人がいるかもしれないと思い調べた。白鳥さんとこの映画の情報が出てきた時、やはりいたと嬉しくなった。

白鳥さんは生まれつき弱視で、現在は全盲である。光を感じていた事はあるが、物をはっきり形として見た事はない。普段一人で町を歩く際は白杖を使って歩いている。白鳥さんの趣味は美術鑑賞だ。大学生だった当時、彼女に連れられて行った美術館デートがきっかけで美術展を巡るようになった。彼女に目の前の絵について言葉で説明してもらい鑑賞したことで、白鳥さんは作品を前にした時の会話の面白さや初めて入った美術館という空間が気に入った。それから一つの作品を前に数人で話をする鑑賞を続け、人によって見え方が違ったり、対話の雰囲気からその人の性格やバッググラウンドが垣間見えたりする対話鑑賞の面白さに気がついたという。

以降、白鳥さんは気になる展示会を見つけては一人で訪れ、学芸員の方に説明してもらいながら美術鑑賞をするようになった。
最初は、全盲の方を相手に対話鑑賞をする試みが想定されておらず断られた事もあったそうだが、白鳥さんを案内した学芸員の方は作中で、「白鳥さんを相手にすると自然な対話鑑賞になる。こちらも新たに見えてくるものがあると気づかされた」と語った。今では視覚に障がいがある人との対話鑑賞が各地の美術館で広がりつつある。白鳥さんは、鑑賞を通じて「見えている人でも人によって見え方が違うならば、見えないということは大した差ではない」という考えになったと語っている。

終始朗らかな白鳥さんの人柄が魅力的に映る映画なのだが、冒頭に紹介したインタビューの場面は、白鳥さんが心の奥に抱えていた、ある種の孤独感が滲み出た瞬間に思えた。

私はこの言葉に、白鳥さんの「見えていない」状況をようやく理解した。自分の姿が見えなく実存を疑う、白鳥さんの心中を想像した。目を瞑ってもみたが、先天性の視覚障がいという白鳥さんの世界は、見えていたものが失われるのとはまた違うかもしれない。

しかし対話鑑賞は奥が深い。対話鑑賞は、見える人にも見ることに新たに向き合う時間が生まれる。白鳥さんは目が見えないという状況があったために、早くから自分の存在自体の認識が不確実だと感じていたようだが、人間誰しも存在は不確実だと考えることが出来る。そこに障がいの有無は関係ない。アートを前にして例えば「アサリみたい」とか「ねこにも見える」「作品のサイズが大きいね」など各々が思った事を口にすると「こう見た自分」を感じる事が出来る。鑑賞によって自分の存在を確かめる事が出来る。私はこの映画から、「見る」とは自分の内にある意識を引き出す主観的な意識過程つまり体験なのだと気がつかせてもらえた。その体験を披露し合うのだから対話鑑賞の場はきっととても面白いのだろう。その証拠に鑑賞中の白鳥さんはにんまりと笑っていた。そして共に鑑賞する人たちもまた笑っていた。

白鳥さんの美術への向き合い方はインプットだけではない。なんと白鳥さんには写真を撮るという日課があるというのだ。白鳥さんは腰の位置にカメラを構え、気のままにシャッターを押す。そうして撮られた写真は膨大な数にのぼる。白鳥さんは写真について「読み返すことのない日記」だと語る。何かにピントを合わせて撮るという訳ではなさそうだが、なぜ撮るのだろうか?

疑問が残る中、映画の後半は白鳥さんの写真展の企画の話になっていった。展示のタイトルは「けんじの部屋」。白鳥さんは、自分の部屋を再現した空間に白鳥さん自身が滞在して展示を行うのはどうかと提案した。対話鑑賞をしてきた白鳥さんらしいとてもユニークな企画だ。

なぜ写真を撮るのか?その答えはわからない。しかし私が考えるに、これもまた鑑賞と同様に自分の存在を確かめるためなのではないだろうか。白鳥さんは美術鑑賞に出会い、「人生が楽になった」と語った。盲人らしく生きるのではなく、自分らしく生きる白鳥さん。今作品は、障がいがある人という枠の中に白鳥さんを押し込むのではなく、白鳥さんのキャラクターを丁寧に描いている。そういった所からも、障がいについて非常にフラットな考え方を伝える映画だと感じた。

【映画情報】
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』
(2022年/日本/ドキュメンタリー/107分)

監督:三好大輔、川内有緒
全盲の白鳥建二さんの趣味はアート鑑賞。「全盲でもアートを見ることはできるのかも」と美術館を訪れるうちに、いつの間にか「自由な会話によるアート鑑賞」という独自の方法を編み出した。アートを巡り旅をする白鳥さん。彼の姿に、偶然の出逢いがもたらす可能性と、アートが持つ力を見出すことができるだろう。

【執筆者プロフィール】

金澤 朋香(かなざわ・ともか)
京都芸術大学通信教育学部芸術学部在学中。大学では、グラフィックデザインを専攻している。最近では東海テレビドキュメンタリー『人生フルーツ』に感銘を受け、ドキュメンタリーを勉強中。