【Review】アートとしての写真、アートとのかかわり 『IMA』Vol.1 text 宮越裕生

今のアートの面白いところを見せてくれる雑誌が読みたい、と思い本屋をさまよった経験がある私に、アート写真を中心に載せた『IMA』(アマナ)創刊号の誌面は、ストレートに入ってきました。アートを疑似体験できる、という意味では強力。

大判の誌面に悠々と写真を配しているこの雑誌は、美しさ、というものが歴然と存在する瞬間があることを見せてくれます。誰もが日常的に見ている、あるいは見過ごしている、世界に潜む美しさ。そして、それらの記録されなかったら日常に埋没してしまいそうな美しさを写した一枚に、心が救われたような気持ちになることがあります。

私の場合はライアン・マッギンレーの麦畑を走る男女の写真や、タリン・サイモンの博物館のような数ページの空間に出会えただけでも、この号を買って良かったと思いました。今号で写真業界をよく知る編集部ならではの快挙を見せたのは、やはり先日来日して話題になった写真家、ライアン・マッギンレーの特集ではないでしょうか。

ライアン・マッギンレーが小山登美夫ギャラリーに来ることを知ったIMA編集部は、新作とロングインタビューによる特集を企画し、さらに創刊記念イベントとして、写真家本人が撮影を行う『ライアン・マッギンレーの動物園』を開催しました。(主催はGOLIGA) 結果として、小山登美夫ギャラリーの展覧会、渋谷ヒカリエで行われたサイン会、『ライアン・マッギンレーの動物園』はそれぞれ盛況を収め、今年のアート業界のちょっとした事件にまで発展しました。

その後に続くアンリ・カルティエ=ブレッソン、森山大道、ホンマタカシ、タリン・サイモンなど22人の写真家による家族写真特集「家族の肖像」も見応えがありました。この特集では、写真家の目線がぐっと日常に下がり、しみじみと対象を見つめているのが伝わってきます。

テリー・リチャードソンのアメリカらしい家のリビングに佇む ”Dad” と ”Mom” の写真を見ているうちに、スライ&ザ・ファミリーストーンが「Family Affair」という曲で「勉強が大好きな子に成長する子もいれば、いますぐ火をつけたくなるような子もいる/母親は両方愛している/血は泥より濃い」と歌っていたことを思い出しました。

家族写真は、合わせ鏡のように偉大な写真家の素朴な日常と、愛憎に満ちた表情を写し出します。そこにはまだ見ぬ世界の秘密を暴いてやろうという派手な野心こそなく、” Family Affair” (家族のこと)しかないものの、写真家の関心事が凝縮されているようでした。さらに岸本佐知子や谷尻誠、都築響一のテキストなどもあり、全体として写真家の原点を問うような切り口の編集になっていて面白いと思いました。

その他には、先日東京都現代美術館で展覧会が行われたトーマス•デマンドなどの現代アートに属する写真について解説した「IS THIS PHOTOGRAPHY? / これって“写真”なの?」や写真をテーマに都市をガイドする「PHOTO JOURNAL」(今号は東京)、新津保建秀が香椎由宇とプラチナプリントに挑戦する誌上企画などが続きます。どの企画も入りやすいテーマになっていますが、読めば読むほど写真の文脈が引き出されてくるところに、この雑誌の底力を感じます。

欲をいえば、もう少し若手の写真家も見たいと思いました。今年の6月、とある展示で若手作家の発表の場について考えさせられた場面がありました。「SPACE CADET」※1 というウェブサイトが主催したグループ展のオープニングレセプションに行った時のことです。 1〜4階まである貸し画廊のようなスペースに細倉真弓、吉田和生、渡邊有紀など18人の若手写真家の作品が並び、会場はかなり混雑していました。お客さんのほとんどはアートやファションが好きそうな若い人が占め、ギャラリストやコレクターの姿も見られました。

その喧噪の中、一人のコレクターの方が若い人たちの活況を見つめ、「いったい何を求めて集まって来ているんだろう」と呟いたのが聞こえてきました。

おそらく、アートを鑑賞する場で初めて目にした若い人たちの大群に戸惑い、「この人たちは何処から、何のためにやって来たんだろう?」と思ったのだと思います。そのお客さん同士の温度差を映し出した一幕は、何故か私の記憶に残る出来事になりました。 後になって思ったことは、 もしかしたらあのような場には新しいアートの土壌の可能性があったのでは、ということでした。その時感じた違和感(不快というよりも何処かわくわくするもの)は、それまでのアート業界の空気と、新しい層の人たちの空気が混ざったざわざわ感だったように思えたのです。あのコレクターの方の「いったい何を求めて集まって来ているんだろう」という疑問の答えは、ちょうど今探られている時なのではないでしょうか。

少なくともアートに惹かれて集まってきた人たちの興味が、作品を「ただ見る」ことから発展してもっと知る・つくる・買うことに繋がっていけば、今まで以上に多くの人にとってアートが深く、面白いものになってくるような気がします。そう思うと、今秋の『TRANS ARTS TOKYO』(ジャンルを超えたアートプロジェクト)や『F / T』(舞台芸術フェスティバル)などのイベントの盛り上がりは、その時点からさらに進み、アートとの関わりはすでに広がってきていると言えます。それを伝えるメディアにも、沢山の可能性があると思いました。それこそ創刊号にして、すでに写真誌としての権威を感じさせつつある『IMA』にも、新しい作家の作品がもっと載っていたら面白いと思います。

また、なぜか私には見知らぬ世界からやって来た誰かに驚かされてみたい、という欲求があります。それは密林に抱く好奇心のようなものに似ています。ライアン・マッギンレーは、ロングインタビューの中で次のように語っていました。


「今は一億総フォトグラファーでしょう。すごくクールだよ。インスタグラム、フェイスブック、タンブラーなんかが写真のあり方を変える。全く見当がつかない。誰もが写真を撮って、自分の生活をドキュメントしている時代に、どんな才能のアーティストが出てくるのか、興味がある。」※2


一億総フォトグラファーというように、世界中のいたるところで生成された写真の数は増え続け、SNSなどによって緊密化しています。その密林の広がる速度は、既に多くの人が実感しているように、すこぶる勢いのあるものです。ゆえに雑誌がネットなどの影響を受ける可能性もありますが、そこにおいて『IMA』は、メディアの違いを明確にし、編集の力で情報の渦から抜け出しています。そこにはネットに溢れている泡のようなポストはなく、せわしない時間の流れから逃れてゆっくり写真を見よう、という態度があります。

掲載されているのは、ほとんどが写真業界で名を馳せる写真家の作品です。そこに、このクオリティの高さに耐えうる無名の写真家の作品が載っていたら、と思うのは願望でもあるのかもしれません。いずれにしても、今日本でこれだけ多角的に写真を扱っている雑誌は他にはなく、写真誌にとどまらず、日本のアート誌のあり方を問う内容だと思います。

― という原稿を書き終えようとしたところへ、次号に日本人アーティストユニット、Nerhol(ネルホル)が載るという情報が入ってきました。Nerhol といえば、若手にして新人の、最近注目を集めはじめたばかりのアーティストです。『IMA』創刊号は手堅いところをおさえているという印象を持ちましたが、次号はもしかしたら、いい意味で予想を裏切ってくれるかもしれません。流動的に編集をしている様子が見える雑誌に、新たな興味が湧きました。


※1 ウェブサイト「SPACE CADET」の情報は『IMA』創刊号P170に紹介有り
※2 『IMA』創刊号 P40より転載


【書誌情報】

『IMA 2012 Autumm Vol.1』
発行 (株)アマナホールディングス
2012年8月29日創刊
定価¥1,500

http://imaonline.jp/list/imamagazine

※『IMA Vol.2』 今冬発売

11月26日より代官山蔦屋書店にて先行発売

※11月30日 19:00〜 イベントあり 

http://tsite.jp/daikanyama/event/001293.html


【執筆者プロフィール】

宮越裕生(みやこし・ ゆう) 
アートライター。東京造形大学絵画科卒業。2011年より執筆活動開始。さまざまな分野にある境界領域の表現可能性に注目し、レポートすることを志す。興味のある分野は音楽、現代アート、メディアアート、写真、旅行。執筆中の媒体は「HITSPAPER」「CBCNET」「greenz」など。