【Review】『このショットを見よ』フィルムアート社編集部編 text 村松健太郎

映画を構成する最小単位であるショット。そこに心血を注ぐ日本映画界を代表する監督29名が、自作を俎上に上げて計算に計算を重ねながらも起きる想定外、完全にして偶然の産物である“決定的ショット” との出会いや、製作プロセス・その背景にさまざまな思いや事柄を書下ろしで語る一冊。

29人のそうそうたる監督の名前が並びながらも、意外にも“映像派”として語られる監督が少ない構成がまず面白い。

このあたりの線引きについては意見が分かれるところだろうが、必ず映像美や画面の色合いが引き合いに出される監督といえば、開巻を飾るノスタルジックな世界観の大林宣彦監督と、映像のテンションを物語の重要なファクターとしている塚本晋也監督、そして“ワールド”と語られる映像を展開する岩井俊二監督ぐらいであろうか。

例えばここで、銀残しの生みの親である故市川崑監督のインタビューの再録やその銀残しを世界で流行らせた黒沢清監督の体験談。またはキタノブルーを生み出した北野武監督が色彩感覚など語り、さらに黒沢明監督や小津安二郎監督、溝口健二監督などなど昭和の巨匠たちの撮影秘話を取り上げればタイトルどおりの“らしい”内容の本になったであろう。

ところが、登場する監督たちは作品の内容やテーマや演出方法については皆、独特の作風を持ち強い世界観を築き上げている方々ではあるが、殊にその映像やショットについて周囲から大きくピックアップされたり、自身の口からも多くを語ってきた印象の薄い監督の名前が並んでいる。こういった監督たちからショットに込められた強い想いが改めて語られることは、それだけで新鮮な内容だ。

また、俎上に上がった作品群も多種多様で、犬童一心監督の超大作『のぼうの城』からインディペンデント制作のドキュメンタリーまで作品の規模も全く違う。ジャンルも現代劇・時代劇・ラブストリー・青春劇・ファンタジー・ホラー・サスペンス・アニメーション・3D撮影・ドキュメンタリー・海外ロケーション作品まで多岐にわたっている。監督や出演者の世代・性別・キャリアもバラバラで、結果的に語られる物語は多岐にわたり自然と内容に膨らませ読み応えのあるものとなっている。

撮影についての技術的・専門的な部分は章の合間のコラムにコンパクトに集約させて、メインの監督の書き下ろし文章ではテクニカルな部分は少なく、撮影という視点で語っているものの、その作品撮影中の思いや感じたことの変遷、戸惑いやそのショット採用した複数の候補から選び抜くまでの過程などを丁寧に語ってくれている。そして、キャリアを重ねた監督たちですら予期せぬ“決定的ショット”との出会った時には素直に驚き、そのことをその時の思いのままに語ってくれている。そのきっかけは綿密に練られてていたはずの計算から外れた予期せぬハプニングやトラブル、出演者やスタッフとの対話や時には対立・軋轢であったり、条件が読みきれない撮影環境によって導かれたものであった。

映画を構成する最小の単位であるショットに、映画の全てを支配する監督のコントロールからも外れた奇跡が起こる瞬間の物語を知ると、既に何度も見た作品であっても新鮮な視点を与えてくれる。それをまた監督の地の文で語られることが嬉しい。

「このショットを見よ」という題名はやや高圧的なタイトルではあるが、これから映画を見始めようという人はもちろん、たっぷりと映画を見てきた人にも是非一読して戴きたい。あえて、注文をつけるとすればこのタイトルが映画の撮影技術の入門書のように感じられることだろうか。どうかタイトルに惑わされずに、多くの映画ファンに手にとってもらいたい一冊だ。

 

【書誌情報】

『このショットを見よ 映画監督が語る名シーンの誕生』

フィルムアート社編集部 編  四六判・232頁
定価 2,100円+税/ISBN 978-4-8459-1201-8
2012年9月25日発売

(参照:寄稿者一覧)
大林宣彦、入江悠、瀬々敬久、万田邦敏、柴田剛、安藤モモ子、諏訪敦彦、塚本晋也、真利子哲也、タナダユキ、深作健太、犬童一心、古厩智之、石田尚志、三宅隆太、岩井俊二、松江哲明、橋口亮輔、小林政広、井土紀州、高橋洋、金子遊、想田和弘、河瀬直美、山下敦弘、山本政志、冨樫森、磯村一路、SABU

【執筆者プロフィール】

村松健太郎 むらまつ・けんたろう
横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年末よりチネチッタに入社。翌春より番組編成部門のアシスタント。07年初頭にTOHOシネマズ㈱に入社。同年6月より本社勤務。11年春病気療養のため退職。12年日本アカデミー協会民間会員・第4回沖縄国際映画祭民間審査員。現在、NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝に携わる一方で他の媒体への批評・レポートも執筆。