【特集】発表!わが一押しのドキュメンタリー2012 

まずは結果をご覧いただきたい。二十数名の投票いただいた方、全員が違う作品を押している。

この結果は、ドキュメンタリーの多様性の現れとも言えるし、あるいは2012年は傑出した作品が無かった、と言えるのかもしれない。いずれにしても、ここに挙げた作品以外にも多くのドキュメンタリーが製作され、毎週のように劇場公開や放送がされている。そしてその傾向は2013年に入っても続いている。

問題は、増加傾向にあるドキュメンタリーの番組製作や劇場公開に対し、そうした番組や映画の面白さや魅力が、情報としてきちんと世に伝わっているかどうかだ。メディアである以上必然的に、作ることと見せること、それに評すること、三位一体の盛り上がりが無くしては、ドキュメンタリーの発展を語ることなどは、お笑い草に過ぎなくなる。引き続き、neoneoもその触媒であり続けたいと思う。

ご投稿いただいた皆様には、あらためて感謝を申し上げます。2013年も雑誌『neoneo』そして『neoneo web』をよろしくお願いいたします。(neoneo編集室・佐藤寛朗)

<順不同、到着順>

岡田秀則(映画研究者)

【作品名】『アジアはひとつ』(1973年 製作:NDU)
【投票理由】
ここまで《直感》を行動原則としたドキュメンタリーは見たことがない。しかし見ているうちに、予期せぬものとの出会いを求めるこちらの心理が共振してくるので、眼前の映像を呑み込めなくても、人々の話す《複数の日本語》が理解できなくても、一秒も不安になることがない。


 安西智雄(会社員)

【作品名】『Documentary of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る』(監督:高橋栄樹)
【投票理由】
震災支援、選抜総選挙、コンサート、スキャンダルなど、活動とその舞台の裏側を露出していくことを通じて普段は見ることがない隠されたアイドルの素顔を赤裸々に描き出した。結果として、目標を持って全力で努力することで夢を叶えて行くことの大切さを体現し、今の日本全体に蔓延する無力感・停滞感や真摯さの欠如などの問題を政治・経済に及ぶまで広く議論を巻き起こす契機となった。


清水浩之(短篇映画研究会=1/20より)

【作品名】
■映画
『ウェイストランド』(釣崎清隆)
『100万回生きたねこ』(小谷忠典)
『珈琲とエンピツ』(今村彩子)
『長良川ド根性』(阿武野勝彦・片本武志)
『相馬看花 第一部』(松林要樹)
『隣る人』(刀川和也)
『放射線を浴びたX年後』(伊東英朗)
『シュプレヒコール』(佐藤葉子)
『死刑弁護人』(齊藤潤一)
『ニッポンの嘘』(長谷川三郎)

【投票理由】
日本のヤコペッティ・釣崎清隆の最新作『ウェイストランド』。彼が撮った東北の風景は、これまで見たどの映像よりも美しかった!1978年の成田空港管制塔占拠に参加した作者が、当時の仲間を訪ねる『シュプレヒコール』には、続編or長編化を期待。

【作品名】
■テレビ
『南相馬 原発最前線の街に生きる』(NHK/国分拓)
『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち』(琉球朝日放送/三上智恵)
『若者ホームレス~崩れる北海道の底』(北海道文化放送/小田学・諸橋佳恵)
『原発アイドル』(フジテレビ/小野さやか)
『100 Letters 未来への手紙~子どもたちが見た被災地』(NHK/長嶋甲兵)
『見狼記~神獣ニホンオオカミ』(NHK/新倉美帆)
『福島のメル友へ 長崎の被爆者より』(NHK長崎/江崎浩司)
『笑いの湯~29世帯の共同風呂』(テレビ金沢/佐藤優子)
『模索~原発ができなかった町で』(NHK名古屋/苅田章)
『「前略 日本国様」~尖閣諸島上陸の記』(フジテレビ/佐竹正任)

【投票理由】
カエルもトンボもサカナもウシもイネもヒトも「ここで生きて、ここで死ぬ」という、あたりまえのことを描いた『南相馬』。テレビで見られたことが嬉しかった。

 ■恒例の「短篇映画研究会」個人的ベストテン
『をどらばをどれ』(伊勢真一)
『虹ふたたび』(寺田博+内田良平)
『こどもたちの目』(中村麟子)
『ある主婦たちの記録』(豊田敬太)
『和菓子―その美と心』(藤原智子)
『踊子とカメラマン』(芝丘弘)
『古代の美』(羽田澄子)
『泪橋―そこから昔の唄がきこえてくる』(渋谷昶子)
『およその考えをいかそう』(竹内雅俊)
『今、女たちは変わろうとしている』(鎌仲ひとみ)


青木ポンチ(自由業)

【作品名】『容疑者ホアキン・フェニックス』(監督:ケイシー・アレフック)
【投票理由】
国内外ともに(とりわけ3.11以降の社会を反映した)骨太作が揃い、ドキュメンタリー界が活況を呈する中、こんな悪ふざけに徹した怪作に出くわした喜び。アメリカという国は嫌いでも、「やっぱアメリカ映画ってスゲエ!」と唸らざるを得ない懐深さに喝采を送りたい。


橋本佳子(プロデューサー)

【作品名】NHKスペシャル「イナサがまた吹く日〜風寄せる集落に生きる」(6月2日放送 ディレクター:小笠原勤)
【投票理由】

東日本大震災で津波にのまれた仙台市荒浜を、被災直後から一年間を取材。変わることのない人々の絆、自然ともにある営み、海と向き合って生きる人々の姿を見事なカメラワークと共に描いた。本番組には随所に6年前の『イナサ~風と向き合う集落の四季~』の映像が出て来る。震災直後、スタッフはカメラを持たず、荒浜へ安否確認に向かい無事を確認後、撮影を始めた。6年にわたり地道に地域を見つめたスタッフと荒浜地域との強い絆が本番組を生んだ。自然とともに生きる人々が復興に立ち上がるその姿を伝える映像は、静かで確かなものだった。


清原 睦

【作品名】『タケヤネの里』(監督:青原さとし)
【投票理由】
本作は民映研で学んだ青原監督が、かつての同僚・前島美江さんが「竹皮編」の職人になっていたことを知ったところから始まる。それは群馬県高崎市で絶滅しようとしている伝統工芸であった。高崎市にこの技を伝え普及させたのは、かのブルーノ・タウトであったという意外な事実も明かされる。その素材であるカシロダケは福岡県八女市の山村の一部にしか生えていない。映画は産地へ飛び、京都でいまだ健在の問屋を訪れ、そして履物の表、本バレン、茶道で用いる羽箒の柄などに竹皮編が生かされていく職人の技が記録される。それらが他の素材に置き換えられない特徴をもち、現代においても実用に供されていることを観客は知る。

八女市のカシロダケ生産者と共に竹皮編の伝統を残そうと「かぐやひめ」プロジェクトまで立ち上げた前島さんは「モノが残っていれば、後の世に作ってみようという人が現れる」と語る。その言葉がまっすぐに伝わってくるのは、 この映画がきわめてていねいに竹林の手入れから、流通、竹皮編の実際まで、竹と人の営みを描いているからである。その過程を次から次へと追った一種の旅のように構成していることは、青原監督の他の作品にも共通する特徴的手法といえよう。そのことが無機的に 「記録しました」というだけの作品とは異なる息遣いを作品に与えている。だからこそこの長編記録映画は心地よいのだが、さて映画館を出てみれば、現代生活の味気なさのよってきたるところを照射していたことにも観客は気づくだろう。


江利川 憲(編集者)

【作品名】『三姉妹~雲南の子』(監督:王兵)
【投票理由】
ワン・ビンはやはり凄い監督であると確信できた。日の当たらない、もっとも虐げられた人々に向けられる視線。しかし、その視線は、できる限り感傷を排している。単純に、私たちが知らない世界を見せてくれた、という点にも感動した。ドキュメンタリーの原点がそこにある、と言えるのではないか。


佐藤 健人(会社員/映像作家)

【作品名】『わたしの釜ヶ崎 日本最大のスラムドヤ街をゆく!!』(監督:河合由美子)
【投票理由】
釜ヶ崎という地域が、全くジャーナリスティックではない視点から映されていて面白かったです。自身の男女関係などを中心に、徹底して身の回りの事象のみを繋いでいく、ある意味極私的エロスな内容。映画的な文法を完全に無視したカメラワーク・構成・編集が、彼女の生き様をそのままフィルム(ビデオ作品ですが…)に焼き付けたかのように感じられるパワフルな作品でした。


東野真美(編集業)

【作品名】『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』(監督:長谷川三郎)
【投票理由】
階段を上るとき、若者に背負われて年齢相応の老いを見せたその同じ男が、一たび、福島原発事故周辺の現場で警官を前にするや、カメラとともにプロの写真家として躍動する。報道写真家・福島菊次郎の生涯と日本の戦後史を鮮やかに交錯させてみせたこの映画は、時代と斬り結ぶとは何かということを訴えてやまない。徹頭徹尾反権力・反国家の男が日常生活に見せるその飄々とした一挙手一投足の輝きに、心奪われない者はいないだろう。


藤田修平(教員)

【作品名】『アナ・ボトルー西ティモールの町と村で生きる』(監督:森田良成)
【投票理由】
ゆふいん文化記録映画祭・松川賞受賞作(2012年)。西ティモールの山岳地帯に住む男達は都会に出稼ぎに行っては廃品回収を行なって貯金するのですが、故郷の儀式で、その苦労して貯めたお金を一日で使い果たします。金銭よりも村での名誉を重んじるような、近代的な価値観を持たない人たちが近代的な都市に存在する第三世界の社会を見事に捉えた映画で、また彼らの生活の中に入り込んで、肩肘張らずに伸び伸びと撮影した映像が心地いい作品でもありました。


村山匡一郎(映画評論家)


【作品名】『万象無常』(監修:松本俊夫)
【投票理由】
松本俊夫の企画・構成による3部作「蟷螂の斧」の第3部。第1部「見ること」(2009)第2部「記憶巡礼」(2011)と同様、複数の映像作家(タノタイガ・稲垣佳奈子・大木裕之・奥野邦利・田中廣太郎/協力・加藤愛)の短編をまとめた作品であるが、前2作以上に、映像と音、抽象と具体が解体され再構築されたカオスのようなイメージを展開し、そこから東日本大震災の悪夢のような被災風景が浮かび上がってくる。


桝谷秀一(山形国際ドキュメンタリー映画祭理事)


【作品名】『阿賀に生きる』(監督:佐藤真)
【投票理由】
山形映画祭1991、第一回日本映画パノラマ館にて深夜の映画館ミューズでのラッシュ上映を経て、1993コンペ部門優秀賞につながったという、我が作品のように思える映画。現在ではほとんど特別なことになってしまった16mmで撮影されたもので、ビデオ時代とは違った、フィルムの必然が感じられる映画だ。20年ぶりのニュープリント上映が行われ、次世代にも繋がってゆくであろう。他に新作で『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』の反骨精神に拍手!


細見葉介(会社員)


【作品名】『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』(監督:山崎佑次)
【投票理由】
職人とも異なる「匠」の世界を知ることができる秀作だった。短期的な結果が求められる現代に、数百年の時間軸を前提にコンクリートに立ち向かって木にこだわり続けた西岡常一の生涯を彫り上げている。


石坂健治(東京国際映画祭アジア部門ディレクター)


【作品名】『フラッシュバックメモリーズ3D』(監督:松江哲明)
【投票理由】
記憶を破壊されたミュージシャンが生きていく姿に随伴する本作は、非常に深いところで現在のこの国のありようとシンクロし、そこから飛翔しようとしている。希望とか絆とか頑張ろうニッポンではなく、「以後」を生きる「覚悟」を観客に突きつけてくる。しかもそうしたテーマを狙ったあざとさはまったくなく、あくまで撮り手がミュージシャンを愛し、彼の受難に寄り添うことが映画を駆動させていく。「飛び出す3D」ではなく「奥に沈む3D」という重層構造も含めて鮮烈な映像体験だった。(公開は今年だが、昨年の東京国際映画祭で鑑賞。)


藤本美津子(「テレビに挑戦した男・牛山純一」製作・プロデューサー)


【作品名】『大本営最後の指令~遺された戦時機密資料が語るもの』(プロデューサー:吉丸昌昭、監督:長尾栄治)
【投票理由】
吉丸さんの故郷で発見された、明治から太平洋戦争までの兵事資料という機密文書200冊余。旧社村兵事係だった故大日向正門さんが終戦直後の軍の焼却処分にそむいて遺した村の元兵士の人々の消息の膨大な記録。「東京物語」の酔いつぶれるしかない尾道3人衆が、教育課長・警察署長・兵事係だったことは、小津監督の戦争感が深く反映していると気付く。服部さんは兵事係。


伏屋博雄(neoneo編集長)


【作品名】『密告者とその家族』(監督:ルーシー・シャツ、アディ・バラシュ)
【投票理由】
ドキュメンタリーの面白さは、対象やテーマの持つ魅力に頼ってしまうだけではなく、さらに切り開いて新しい世界を見せることができるかどうかだと思う。日本のドキュメンタリーに欠けているのは、こうした腕力の無さだ。綿菓子のような歯ごたえのない作品が多すぎる。


若木康輔(neoneo編集委員)


【作品名】NHKスペシャル『故郷(ふるさと)か移住か~原発避難者たちの決断~』(3月24日放送 ディレクター:森田哲平)
【投票理由】
ドキュメンタリー番組をもっと見よう、と決める良いきっかけを与えてくれたのでこれをいち押し。今は「皆で町に帰ろう」と町民を励ます言葉が必要と信じる浪江町長と、将来を現実的に考える青年部。食い違う議論のさまに震えがきた。作り手も情緒の散文化を堪え、では、そも町とは何なのか(それは土地か、人か)を太く捉えようとしている。311以降を題材にしてここまで思索の根を下ろしている映像作品はまだ少ないと思う。


金子遊(neoneo編集委員)

【作品名】『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』(監督:松林要樹)
【投票理由】
本作は、松林要樹監督が震災直後の南相馬市に取材したもので、監督が一人称でつけた白い文字のナレーションが物語をひっぱっている。私には報道番組の構成の経験があるので、「構成協力」でかかわった。監督が不満をもっているナレを修正し、新しくひねりだすという作業を、監督の仕事部屋で1日かけておこなった。その結果、ナレ―ションが映像を的確に補佐し、物語の輪郭がはっきりとしたと自負している。1人でも多くの方に見てほしい作品である。


佐藤寛朗(neoneo編集委員)


【作品名】『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』(監督:小谷忠典)
【投票理由】
ドキュメンタリーの重要な本質の一つに、対象とどう向き合い、それをどう記録するか、という問題がある。本作は事実の記録というよりは、好きな作家に「私の死をどう受け止める?」と“宿題”を投げかけられた、小谷監督の精神的な対峙の記録であるのだが、相手は既に声だけ残して不在であるだけに、真摯な格闘が表現として際立っていた。こういう作品も立派なドキュメンタリーですよ、と紹介したかったのをかなえてくれた一品。


中村のり子(neoneo編集委員)


【作品名】『ステップ・メモリーズ 抑圧されたものの帰還』(演出:ユン・ハンソル)

【投票理由】
フェスティバル/トーキョーで静かな衝撃を受けた演目。朝鮮戦争における勝者と敗者の記憶が、上演場所である西巣鴨の歴史に接続される。今いる土地の肌触りを感じることで、遠く離れた想いまで引き寄せようとする。言葉にし得ない情念を、役者の肉体と映像メディアのぶつかり合いで表し、過去と現在、加害と被害、オンとオフ、舞台と客席、記録と創作の境界を揺さぶるような緊張感に満ちた時間を味わった。


大澤一生(映画プロデューサー/neoneo編集委員)


【作品名】『TCHOUPITOULAS』(監督:Bill Ross , Turner Ross)
【投票理由】
昨年参加したトリノ国際映画祭で観た作品。兄弟喧嘩で母に叱られた3兄弟が犬の散歩を命じられ、フェリーで川を渡ってニューオリンズの繁華街を見物しながらブラブラと歩くのだが、最終のフェリーに乗り遅れてしまう。街を徘徊しながら一晩を過ごすことになった彼らの目に映るのは、ジャズバンド、酔っ払い、ストリッパーといった夜の世界。大人への階段を踏み出す直前の少年たちの淡い思いを、ソリッドな撮影・編集・構成で紡いだ素晴らしいドキュメンタリーだった。

パッと目を引く題材ではないだけに日本での劇場公開は難しいかもしれない。こういう豊かな作品がもっと日本でも観られるために、逆にまだ紹介されていない日本の素晴らしい作品を海外で知ってもらうためには、両者を繋ぐ人材だけでなく様々なインフラの整備が急務だと思った。

ちなみに『TCHOUPITOULAS』予告編はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=GCRD0wbbZqw