2013年6月7日〜18日。
“The Films of Shinsuke Ogawa “と題し、小川紳介監督の13作品と、彼に関連する映画3作品が、ニューヨークのアンソロジー・フィルム・アーカイブス(*1)のレトロスペクティブとして上映された。この情報を得たのは、シリーズが始まる数日前だった。私が共同運営している非営利団体のパートナーでもあるカルロス・ゴメスが、たまたま見つけ、教えてくれた。
■私と小川作品との関係
実は私が小川紳介監督の事を知ったのは、恥ずかしながら、わずか5年前の事である。カルロスが1996年、シカゴの大学で映画を学んでいる時に、田村正毅カメラマンを特集した上映会があり、小川監督の『ニッポン国古屋敷村』と『三里塚・辺田部落』を見て、非常に感銘を受けたという。理由を聞くと、『ドキュメンタリーの中に、劇中劇があったり、稲の生育を記録するシーンがあるなど、型にとらわれない自由な作り方に衝撃を受けた。そしてコミュニティに移り住んで作るという手法。そんなドキュメンタリーは見た事がなかったし、内容もこれまで見た映画の中でベストだった」という。本題から逸れるが、私たちが運営しているシネミンガ(*2)は、先住民族のコミュニティに、一定期間住み(小川監督ほど長年ではないが)、現地でワークショップをし、一緒に制作する活動もしている。小川プロの製作哲学と少し似ている所もあり、カルロスから小川監督の話を初めて聞いた時、私も非常に興味を持った。
私のバックグラウンドは、映像作家/ディレクターである。関西を拠点に、分野としては産業映画・VP・CM・テレビ・劇場映画を、手法としてはドキュメンタリーからドラマまで、道具はフィルム・ビデオテープ・コンピュータを使って、広く・浅く・多く、作ってきたのが私の特徴だと思う。学校で映画制作を学んだ訳でもなく、全て現場で先輩達に教わり、見よう見まねでやってきた。仕事中心の生活で、映画を見に行く暇も気力も殆どなかったので、映画史には非常に疎い。普通、映像に関わっている者なら知っているような映画も知らず、これまで折り触れて、恥ずかしい思いをしている。
前置きが長くなってしまったが、そんな私がニューヨークで観た、小川監督の映画を、特にデジタル制作しか知らない若い世代の映像作家に読んでほしいと思って書いていくことにする。私的見解であるが、ご了承いただきたい。
■初めて観た小川作品に魅了される!
このレトロスペクティブは、6月7日から18日まで、3作品(うち2本は、小川プロをテーマに別の監督が作ったもの)を除いて、2回ずつ上映された。
DVDも殆どなく、日本語でも観る機会がないのに、英語版がこんなに一気にニューヨークで上映されるというのは、非常に珍しい機会だった。ちなみに、ちょうど同じ時期に、フィルムフォーラムという映画館で、小津安二郎の全作品を上映するレトロスペクティブが行われていて、こちらの客足に響くかな?という気持ちになってしまった。それぐらい、この上映会は私をワクワクさせてくれた。
『小川プロ訪問記』(1981 監督:大重潤一郎)を除いて、全てを観る事ができた。端的に強く感じた事は、「小川映画は映画館で観るべし!」である。以前に、『1000年刻みの日時計』をテレビ録画のVHSで観た事はあったが、(当たり前だが)全く印象が違った。DVD上映もあったが、基本はフィルム上映だったのも良かった。また、ニューヨークの観客は、声に出して笑ったりするなど、反応がわかりやすいので、感情を一緒に共有する楽しさもあった。
まずは、簡略化したラインナップをご紹介したい。『青年の海』『圧殺の森』『現認報告書・羽田闘争の記録』『三里塚の夏』『三里塚・第三次強制測量阻止闘争』『三里塚・第二砦の人々』『三里塚・辺田部落』『三里塚・五月の空 里のかよい路』『どっこい!人間節』『牧野物語・養蚕編』『ニッポン国古屋敷村』『1000年刻みの日時計』『満山紅柿』(彭小蓮との共同監督)『小川プロ訪問記』(大重潤一郎監督)『映画の都』(構成・編集:小川紳介、監督:飯塚俊男)『Devotion』(バーバラ・ハマー監督)
60 年代〜80年代という激動の日本を、フィルムにこだわって製作した小川監督の作家としての熱意、いい意味での執拗さ、に深い敬意を覚えた。特に、三里塚闘争をドキュメントしたシリーズは、「記録して下さってありがとう」と感謝の気持ちが起こった。詳しくは後述する。
■ニューヨーカーの反応!
今回の記事は、インターネット掲載なので、そのメディアの特徴を活かし、観客の反応をビデオで撮る事にした。見ていただくのが一番。まずはこのビデオを見ていただきたい。
■私が感じた事
いずれの作品にも共通して感じたのは、小川監督の「これを撮りたいんだ!作りたいんだ!」という強い強い熱意である。個人的には、制作手法として、レポーターやナレーションを使った記録映画的・テレビ的要素と、それらを必要としない、どっしりと構えたドキュメンタリー要素が混じっているのが、私の経験とも重なる所があり、親近感を覚えた。
16作品の中では、『どっこい!人間節』に非常に惹き付けられた。横浜の寿町のドヤ街に暮らす人々の人生を、現地に住み込んで製作した作品。この人たちを撮るんだ!という制作者の叫びにも似た想いが、長回し、表情の超クロースアップに現れていた。ビデオなら簡単な事だが、フィルムでは、結構な勇気が必要だ。簡易で便利なデジタル制作に慣れて、どんどん撮り、素材をバンバン捨てている今の自分にとっても、「製作への気合い」はこうでなくちゃ、といった気持ちを思い起こさせてくれた。
三里塚に関する作品の中では、『三里塚の夏』に、特に圧倒された。水をかぶろうが、逮捕されようが、起こっている事を記録するんだ!という気持ちが、言葉通り、フィルムに焼き付いている。鼻息が聞こえる位の超至近距離で撮られた農民の強い怒り。空港建設は理不尽だ、と自然に思わされる。45年前に日本でこんな事が起こっていたという事実が私の記憶にも記録された。撮って下さってありがとう!と、まず思った。また、事情は違うが、私たちが関わっている南米の先住民や農民たちが、自分たちの土地を守る為に蜂起し、デモをする姿が、画面の農民たちを観ながら重なった。どんな時代でも、どんな国でも、自分たちの故郷や土地を権力で奪われる事への思いは共通なのだと思う。このシリーズを観ているうちに、存在はしないのだろうが、警察や公団の側から撮った映画があったら見比べてみたいと思った。農民のお母さんに、「あなたの両親はこんな姿を見て喜ぶはずがないだろう」と言われた若い警官、住民と政府の間に立つ公団の人たちにも葛藤はあったはずだ。彼らの正直な思いは如何なるものだったのだろう?
山形に移住し、稲作や養蚕などをしながら 70年代から80年代に作られた映画の作品群は、「三里塚」とは全く様相が違う。稲作を科学的に解明しようとする知的好奇心あふれる小川監督の様々な演出。どんな制作現場も大変で、様々な苦労があるのは承知しているが、小川監督が「その事を知りたい、こんな事をやってみよう、あの人に会ってみよう」と嬉々として制作に取り組んでいる様子が思い浮かぶようだった。そして「こだわり」。田んぼや村の模型を作る。気温を詳細に計り、グラフにする。それを魅せる。観客からも、折に触れて笑いが出ていたので、外国の人たちにも、面白さが伝わったのだろう。山形の作品群の中では、「ニッポン国古屋敷村」にとても感動した。日本人の私でも名前も知らなかった小さな農村。そこで起こる冷害という自然現象からドキュメンタリーが始まり、後半は戦争に翻弄された人間ドラマで終結する。様々な要素が融合した素晴らしい作品だった。
■これから期待する事
今回のニューヨークの上映会は、大きな宣伝もあまりされていなかったので、劇場が一杯になる事はなかった。が、私の他にも毎日来ている人が何人か居た。 20代の若者から年輩まで、年代も様々。ニューヨークの観客層の幅広さを改めて感じた。上記のビデオインタビューにも出ていた学生たちには、私がインタビューする前に、逆インタビューされる形で、これを是非、自分たちの映画祭で見せたいので、どうしたら上映できるか教えてほしいと言われた。そして、一筆しておきたいのは、「小川監督のナレーションが素晴らしい」と何人かが言っていた事だ。自然で誠実な語り口調は、日本人にはもちろん、字幕であっても外国の人にも好印象をもたらすのだろう。
今後、小川プロ作品を観る機会が、世界中でもっと増えるといいなと思う。日本から来ていた某芸術大学の卒業生に、小川作品は映画史などの授業で観るのか?と聞いたら、観た事がないと言っていた。DVDなどがないので、当たり前かもしれないが、劇場でも観る機会が少ないのも事実だろう。そんな折り、neoneo読者はご存知と思うが、「はじめての小川紳介」と題した小川作品の上映会が7月20日から渋谷で開催される。
http://webneo.org/archives/9860
ゲストトークもあるという。是非、この機会に初めて見る人も見直す人も、映画館に足を運んで欲しいと思う。
* 1 Anthology Film Archives (http://anthologyfilmarchives.org/)
ジョナス・メカスやスタン・ブラッケージらによって1969年に設立された映画館。インディペンデントや独立・アバンギャルドの映画、新しい監督の映画などを、上映だけでなく収集や保存活動もしている。
* 2 シネミンガの活動に関して、2011年にneoneoに執筆させていただく機会がありました。ブログから過去の記事にリンクしています(http://blog.canpan.info/cineminga/archive/129)
【執筆者情報】
溝口尚美(みぞぐち・なおみ)
兵庫県生まれ、ニューヨーク在住。映像作家/非営利法人Cineminga International (www.cineminga.org) 共同代表。南米コロンビア・エクアドル、ネパールの先住民族のコミュニティにビデオ制作機材を持って行き、使い方を教え、現地の人たちが自ら映像制作を行う為の支援や、共同で映像制作を行う活動をしている。