【Essay】ドキュメンタリー「私」の時間「私」の回路 text 濱治佳 


8月18日から開催予定の「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー–山形in東京(DDS 2012)」では、ここ、neoneoとコラボレーションを組み、新しい試みを行っている。映画祭が開始された1989年から山形映画祭では、インターナショナル・コンペティション上映作品の収蔵を行っているが、そのうち劇場未公開作品を中心に貸出を行っている山形フィルムライブラリーの100作品以上のコレクションから、DDS 2012で見たい作品に投票し上映作品を決める、「人気投票プロジェクト」だ。

『ノーボディ・リスンド』













リストを一望するだけでも、その時代を写し取ってきたドキュメンタリー群の並びは圧巻だ。優秀作品の陳列棚ではないことは自明だからこそ、今、その作品たちを見ることの意味を映画館で他者と共に、「私」が探究したくなる欲求やドキュメンタリーがもつ可能性、カメラを携えることから生じた他者との出会いと創出される関係性の記録、そういった関係性を築いていく映画制作という労働の美しさ、らが作品のどこにかくされているのかと思い巡らす。2012年に生きる「私」が抱える不安や渇望、疑問や希望と対話し、生きる力をも呼び起こすような…。

無作為に循環してきたにもかかわらず、5月15日近辺にneoneoの原稿を書くのは2回目となる。基地の固定化や基地とカネの問題、「沖縄の痛み」をなぞる特別番組や沖縄からの本土への敵対性が露にされる言説が表出する中、それらを無視もできないがそれをベースに言葉で対峙することへの強烈な違和感を抱え、沖縄「復帰」40年を迎えている瞬間に言葉を綴る。そこで引き寄せられるべきなのは、これまで私の回路を拓いてくれたドキュメンタリーを含む映画のもつ言語ではないかと痛切に感じる。

いわゆるメディアでは掬いきれず霧散してしまう、この40年間(いや、それ以前から)地道に闘い、生きてきた市井の人たちの声や顔といった小さな筋と、沖縄だけでなく(例えば福島や)、国家権力による迫害が多岐に入り込み、複雑に見せる社会構造まで触れる大きな筋の絡み合う時空。その時空に届くような、ドキュメンタリーが挑んできた現実を見つめ、混迷する世界との回路を開く試みはすでに蓄積されている。先に紹介したリストからは、例えば『ノーボディ・リスンド』(YIDFF 1989)『石の賛美歌』(YIDFF 1991)『行きて帰れてよかったね』(YIDFF 1991)『神聖なる真実の儀式』(YIDFF 2003)『鉄西区』(YIDFF 2003)『稲妻の証言』(YIDFF 2009)などが私の回路を通る。








『石の賛美歌』

これらは私が勝手に挙げてしまったタイトルになるが、多くの方々が「人気投票プロジェクト」で、ひそやかな「私」の時間をもてた作品、「私」の回路をひらいてくれた/心をわしづかみにされた/されてみたい作品、あなたの「私」の一本、を伝えて(投票して)くださることを心より願う。

4月の上旬に、キューバのハバナで開催された35歳以下のキューバ人監督たちの作品を上映し、応援する新人監督映画祭で日本の若手作品上映と交流プログラムがあり、ハバナを訪れる。そういえば、いまのハバナの様子は『メタル&メランコリー』(YIDFF 1995)と、どこか呼応する。ディーゼルエンジンのアメリカ車と旧ソ連車が街の交通を占めるハバナ。高学歴で専門職を持った人々もその収入だけでは、満足な生活を送ることができず、タクシードライバー職もせざるを得ない。エディ・ホニグマンが訪れたらどんな話を引き出してしまうのだろう…、と勝手な妄想を膨らませながら、若手作家たちが、作ったほとんど英語字幕もなしの作品たちに目を凝らす。
多くは短編で、ドキュメンタリーも少なくない。そのほとんどはある人物に焦点を当てた作品で、この小さな島にユニークで悲哀に満ちた人生をいきてきた人々がこんなにいるのか、と驚嘆する。困窮する経済事情のなか(ひとことで言えば物資がない)、様々な工夫をして、何とか映画制作を続ける作家たちの姿は、現実とその現実を写し取った映像がほぼリアルタイムに共存してしまう日本やそのほかの「経済発展」した社会を照射する。そんなドキュメンタリーを巡る行き交いは、山形で積極的に紹介してきたアジアのドキュメンタリー事情にも辿り着く。

フィルムからビデオへ、そしてビデオテープを用いないデジタル制作へと、山形映画祭が始まった1989年から現在まで、この20年間で制作手法や発信方法は増殖し、さらにそのスピードも、次々と拡大している。その「拡大」が、必ずしもドキュメンタリーを豊かにしているとはいえないと強く確信しながらも、アジアのドキュメンタリーの可能性を開いてきたことは確かであって、あるドキュメンタリー時代の渦中に立ち会っているのかもしれないとも思う。
そんなときに、ドキュメンタリー街道の一路としての「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー—山形in東京2012」で、多くのみなさんが「私」の時間を持ち込み、ドキュメンタリーにまみれていることの歓びやら恐れやら混乱すらも共にする時間がもてることができたとしたら、それは何だか素敵な瞬間の予感がする。DDS 2012の詳細は、ただいま鋭意調整中。まずは、ご投票を!そして、多くのみなさまのご来場を心よりおまちしております!













『神聖なる真実の儀式』


濱 治佳(はま・はるか)  山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局、シネマトリックススタッフ。 山形映画祭 2003「沖縄特集 琉球電影列伝/境界のワンダーランド」、 同2005及び2007「アジア千波万波」、2009「シマ/島ー漂流する映画たち」、 2011「シマ/島、いまーキューバから・が・に・を 見る」プログラム・コー ディネーター。ほか、「Bíó06 アイスランド映画祭2006」など、映画・人・ 場を草の根的につなぐ活動を展開中。

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