【Interview】土門拳賞受賞作品展「AFRIKA WAR JOURNAL」亀山亮さんに聞く text 丹羽理

亀山亮氏

亀山亮(かめやま・りょう)氏の『AFRIKA WAR JOURNAL』(リトルモア)が、第32回土門拳賞(毎日新聞社主催)を受賞。受賞記念作品展が、銀座ニコンサロン(4月24日~5月7日)と大阪ニコンサロン(5月16~29日)で開催された。
このインタビューは、銀座での開催中に行われたものである。『AFRIKA WAR JOURNAL』の最初の写真展について本サイトにレビューhttp://webneo.org/archives/7359を寄稿してくれた新進写真家・丹羽理氏が、今度は亀山氏本人に思うところを聞いた。


 アフリカの撮影はマラソンだった

丹羽:改めまして、受賞おめでとうございます。

亀山:これからは先生と呼んでください(笑)。

丹羽:どうでしょう、受賞してみて、ご感想は。

亀山:素直に良かった。紙媒体が衰退してドキュメンタリー写真が衰退していく中、土門拳賞といっても最近は、ドキュメンタリーだけの賞でもなくなってるし。賞はある意味、麻薬みたいなもので、人を気持ち良くさせるだけのもんだと思っていたけど、実際にもらってみると、嬉しかった。また仲間に会えるし、みんなと堂々とお酒を飲める口実になるからね。

丹羽:受賞はどのように知りましたか?

亀山:まずは写真集の版元のリトルモアにノミネートの連絡があって、受賞したら数日後に連絡が入るって言われて。でもしばらく電話がなかったから、ダメかなと思ってた。
連絡は、今住んでいる八丈の海で潜り、魚突きしている最中にあったんです。俺は電話に出られないから、編集の浅原さんに連絡が行った。海からあがって浅原さんから電話で受賞を聞いた時は、「またビールが飲めるね」と喜んだ。実はその前に林忠彦賞にもノミネートされていて、落選していたんで、あまり期待はしてなかった。

丹羽:8年近くもアフリカを撮り続けてきたものの集大成である『AFRIKA WAR JOURNAL』には、特別な思いが込められていると思います。今回の賞をアフリカの写真で受賞できたことには、やはり感慨深いものがあるのでしょうか?

亀山:アフリカで受賞したからどうだという特別な気持ちはないかな。パレスチナにもとても思い入れがあるし。当時大きな怪我もしたし、大げさかもしれないけどパレスチナに通っていたある時期は本当に自分の存在を賭けていた感じがする。

だからパレスチナは今でもすごく記憶に残ってる。自分自身も若くて生意気だったし、青春って感じだった。ともかく現場に行って強いイメージの写真を撮りたいという欲求がものすごく強かった。パレスチナに一区切りがついてアフリカを撮りはじめた時は、余裕があったわけじゃないけど、戦争の全体像を見せたいという思いが強かった。パレスチナでは魚突きのような瞬間の行為の連続で、アフリカでの撮影は時間をかけて畑を耕して収穫するという感じかな。

亀山亮氏

写真は自分が見た、体験した戦争の具現化

丹羽:『AFRIKA WAR JOURNAL』で亀山さんが一番に伝えたいことはなんでしょう?

亀山:自分が見た、体験した戦争を写真で具現化しようとした。被害者と加害者をあからさまに区別せず、多角的に見た戦争。写真って、表面を削るだけだから、音もないし、匂いもない。その中で、自分が感じた戦争を表現しようとした結果が『AFRIKA WAR JOURNAL』。

自分も怪我(パレスチナで左目を失明)をしているから、肉体が欠ける恐怖、両手が無いとか、片足が無いとか、そういう部分は理解し易い。「無い」ってこういうことなんだと、すごくわかる。
家族を奪われることもそう。大事なものを失う経験って誰にでも降りかかる可能性があるけれど、それが一番暴力的に出るのが戦争。そういった思いを共有してほしい。そういう言いかたは押し付けがましいけど……。

現実を白黒で判別するのではなく、灰色の部分を大事にしたい。またそれは写真を受け取る側に寄る部分も大きい。論理ではなく感覚で伝える。それは写真独特のものだと思う。

丹羽:伝えるという点では、撮ることと同じぐらい、編集をして「見せる」ことも大事になってくると思います。

亀山:確かに、現場に入り込んでいると、なんでもかんでも見せたいという思いが強くなりすぎる。でも他人には現場の匂いや臨場感はわからないし、数だけ見せても伝わらない。少し頭を冷やしてから編集しないといけない。そういうのを客観的にやってくれるのが編集者なんだと思う。

丹羽:『AFRIKA WAR JOURNAL』の編集をされた浅原裕久さんは、亀山さんにとって信頼できる編集者なんですね。

亀山:編集者というよりは、信頼できる仲間。彼は自分の納得できない仕事はしたくないって思いが人一倍強くて、自分の欲求に忠実。正直だと思う。実は、友達の家のトイレに貼ってある在日一世の写真集の大きなポスターを見て、「こういう写真集を出す人ならアフリカもいけるかも」って友人に浅原さんを紹介してもらった。

これは今だから話せるけど、浅原さんは最初、アフリカの旅行本みたいなものということで会社に企画を通したようで(笑)。だって、写真集は儲けが出ない。

自分の気持ちに忠実にやりたい

丹羽写真集は、亀山さんにとって最終的な成果物という位置付けですか?

亀山:撮っている時から、最終的には写真集として発表するって考えは常にある。それは絶対。写真展はしなくても写真集。残るもの。そこに心血を注ぐ。今回も結局いろいろと問題があって自費出版になっちゃったけど。これまでも自費出版の時は印刷代が安い海外で印刷したり、仲間と分散して書店へ行って営業したりと大変だった。本の売り上げを書店から回収するのも難しかった。なかなか欲しい人に到達するまでが大変。それがいつも闘いだよね。でも、買わなくても立ち読みしてくれれば良いし、できるだけ多くの書店に並べたいから、流通の面から考えて今回は版元から出したいという思いがあって。

丹羽:いかに発表するかというのは、写真家にとって常について回る問題ですよね。時にそれは現場へ行って撮ること以上に難しい。

亀山:難しくても、ドキュメンタリーを撮る人は何らかの形に残さないとゴールじゃないと思う。映像なら、YouTubeにアップして終わりじゃなく、ハコで上映して人に直接会うっていうように。写真の場合で言えば、発表方法は限られているけど、写真展か写真集。Webはちょっと違うと思う。すぐに流れていくし、質感もない。

写真を撮るという行為は究極的には自分のエゴの結晶だと思う。でも、実際に現場に行って他人の現実とかかわり、撮影させてもらった時点で最低限の責任は生じてくると思う。

その結果、なるべく多くの人に見せたいと思う。最低限のパイに乗せて広めたいし、形に残さなきゃという思いはある。それは責任感より個性の問題なのかもしれない。最終的にどういう形で具現化するかは人それぞれだし。

だから、なるべく自分の気持ちに忠実にやりたいと思っている。そうしないと、後で後悔しても取り返しがつかないから。俺はそこのところは大事にしたい。

「報道写真」は記事が主役、「ドキュメンタリー写真」は写真が主役

丹羽:日本ではよく混同されがちですが、いわゆる「報道写真」と呼ばれるものと、「ドキュメンタリー写真」と呼ばれるもの。その違いはどこにあると思われますか?

亀山:報道写真は新聞社、通信社の写真かな。記事が主役でそこに添える写真。ドキュメンタリー写真は写真が主役。写真の質で勝負。題材が戦争や社会問題だからドキュメンタリー写真になるわけじゃなくて、まずは純粋に写真として思わず引き込まれてしまうというのが好き。

例えば今、RPSでやってる写真展(註1)も、被写体の豚が写真を触媒として強いイメージに添加されていると感じる、それが写真に引き込まれていく力になっているのかなと思う。

もうひとつ言えるとしたら、ドキュメンタリー写真のボスは自分だってことかな。報道写真はひとつのサービスでしかなくて、自分の意志の介在しない世界。自分の意志があるのがドキュメンタリー写真。

丹羽多くのドキュメンタリー写真家がいるなかで、亀山さんがお手本としている写真家についてお聞かせください。

亀山:アフリカを撮るきっかけになったのはジル・ペレスが撮影したルワンダの虐殺を撮った写真集(註2)。アメリカの本屋で買って開いたら、死体、死体、死体……。現場に入った日からの日付が記されていて、とても凄惨で、見るに耐えないんだけど、それを契機にアフリカへの興味がさらに高まった。戦争の狂気が極限的に現れていた。その写真集を見ると、命の価値の不均衡について考えざるを得ないというか。子供がバッタをちぎるように人間が殺されていく。それがアフリカに対する最初のモチベーション。

その後数年たってから実際にアフリカに通いだすと、違和感っていうか、今まで見てきた戦争と違うと思った。すべてが最低限のものしか存在しない。簡単に人が死んでしまう。たった一粒、数十円の薬があれば助かる命さえも助からない。

ニュースで理解すること実際に現場で見ることは全然違うとあらためて痛感した。

亀山亮氏(左)の話を聞く丹羽理氏

命を落とす危険はあるけど、自分の意志でここにいる

丹羽:左目を撃たれた後、もう一度パレスチナに行くときはどうでした?

亀山:行くのは簡単だった。でも、そこで何を伝えたいのか。何を撮るのか。それが難しかったね。それに、メディアが伝えるニュースと実際に自分自身が目にした現実とは大きな違いがあった。特に911以降メディアが伝えるパレスチナ人=テロリストというイメージにも強く反発した。

戦車に石を投げてイスラエル兵に撃ち殺されていくパレスチナ人やイスラエルの占領の現実を知るにつれて、自分もその状況にのめりこんでいった。

現場では望遠では絶対撮影したくなかったので、なるべく彼らに寄り添い、近くで撮影したいとおもった。だから怪我や死はその結果。当然覚悟は決めていた。

熱心に見てくれる人と会えると写真をやっていて本当によかったなと思う。

丹羽土門拳賞受賞を記念して開催されている写真展(註3)についてお聞きしたいと思います。写真の力強さはもちろんですが、プリントの仕上がりがとてもきれいですね。

亀山:今回はバライタで焼いたから。昔から頼んでいるモノクロ一筋の職人の方に制作費をぜんぶ渡して「これでお願いします」って。商売を超えて魂を込めて焼いていただきました。バライタのロール紙が日本国内では探しきれなくて、ロール紙を海外から取り寄せて。その人と大きな紙焼きで一緒に仕事できる機会は今後あまりないのかもしれないと思った。本当に残念だけど。

前回(註4)やったときに見に来てくれた人もいるから、少し展示内容は変えた。一緒だとつまらないでしょ。

丹羽:写真展には写真展の良さがありますよね。みなさんの反応はどうでしょう?

亀山: 戦争を体験したおばあちゃんが何回も来てくれて、パンくれたりしてさ(笑)。すごい感じるところがあったみたい。そういう出会いは写真展をやったからこそ。

他人の反応を直接見ると、やって良かったなと素直に思う。独りよがりになりやすい世界だから、自分が良いと思っても、他人もそう思ってくれるかはわからないからね。反応があるかは不安だったけど、みんな熱心に見てくれて、それは受賞よりも嬉しいこと。そういうのは自信になるよ。それがなかったら、売れないロックバンドじゃん。本人が気持ちいいだけなんて寂しい。発表しないと、それもわからないから。

そうそう、今回の写真展に、早乙女勝元さん(註5)の娘さんが来てくれたの。ホント偶然に。気さくで感じのいい人で、こちらも何も知らずに普通に話をして、旦那がカメラマンだからお土産にしますって写真集を買ってくれて。それで彼女が帰りの飛行機の中で写真集を見てたら、自分の父親の名前が書いてあったから驚いたんだって。その後facebookで連絡くれて。俺も驚いて、すごい嬉しくて。お父さんに是非って言って、写真集を送った。がんばってやったご褒美かも。うん、それが一番うれしかったかな。

丹羽:素敵な偶然ですね。僕自身、写真を通じて良い出会いに恵まれたとき、写真をやっていて良かったなって思います。では最後に、今後の予定についてお聞かせください。

亀山:「これから何撮るんですか?」とすでに何回も聞かれましたが、特に今は撮りたいものはないです。幸運なことになんとかアフリカに、ひとつの区切りがついた。今やりたいことは住んでいる八丈の家が100年ぐらい前の古民家なので、それの修理とシーカヤックで八丈島を一周すること。

あとはでかくて美味い魚を突くこと。

撮影とは関係なく、最近は「マタギ」に興味があって、少し新潟のある山村に通おうと思ってる。そこは自然が深くて、日本の昔話に出てくるような共同体が残っている。命の食べ方のようなことに興味があるし、それに、熊を食べてみたいじゃん(笑)。

写真展『AFRIKA WAR JOURNAL』

註1)ギャラリー「Reminders Photography Stronghold」にて現在開催中の飯島望美写真展『Scoffing pig / 豚が嗤う』。http://reminders-project.org/rps/nozomiiijima/

註2)フランス人写真家ジル・ペレスによる、ルワンダの虐殺を撮った写真集『The Silence』。

註3)第32回土門拳賞受賞写真展 亀山亮写真展『AFRIKA WAR JOURNAL』。銀座ニコンサロンでの展示は終了。大阪ニコンサロンにて、5/16 (木) ~5/29 (水) の日程で開催中。

註4)昨年の11月、ギャラリー「Reminders Photography Stronghold」にて開催された亀山亮写真展「AFRIKA WAR JOURNAL」。

註5)絵本「東京大空襲」の原作者。写真集『AFRIKA WAR JOURNAL』のあとがきで、亀山さんは幼少時にその絵本から多大な影響を受けたと書いている。


亀山 亮 (かめやま・りょう)

1976年千葉県生まれ。96年より先住民の権利獲得運動を行なうサパティスタ民族解放軍など中南米の紛争地の撮影を始める。03年、パレスチナの写真でさがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞を受賞。その後、コンゴ、リベリア、ブルンジなどアフリカ7ヶ国の紛争地に8年間通い続け、12年『AFRIKA WAR JOURNAL』を発表。13年、同作で第32回土門拳賞を受賞。他の著書に『Palestine:Intifada』『Re;WAR』『Documentary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』など。

http://www.ryokameyama.com/

 丹羽理 (にわ・さとる)
1983年愛知県生まれ。2008年より写真を撮り始める。日本をはじめ中国、ビルマ、エジプト等、世界各地で取材・撮影をする。The Times、The Telegraph、Le Point等に写真を寄稿。12年、「Kuala Lumpur International Photo Award ファイナリスト」。「Tokyo Documentary Photography workshop」スカラーシップ。

www.satoruniwa.com

【写真集】

亀山8

『AFRIKA WAR JOURNAL』 亀山亮

 2012年9月25日 初版
 定価2200円+税
 発売:リトルモア
http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=843&PHPSESSID=4ab1e83881e31c94f8d629e868c74a6b