|いくらまでなら出す? 「聴くメンタリー」の適正値段
連載2回目はこれだ。『東宝SF特撮映画予告篇集』。
怪獣だぞ、ゴジラだぞ。ガオーなんだぞ。
いったんは、1970年代に美人スチュワーデスさんがアラブで録音したサウンドを“旅浪漫”的にまとめた、ビミョーな味わいのレコードを取り上げる予定だったのだが。アメリカで作られた新作ゴジラ、『GODZILLA』の公開が控えているので、差し替えた。
まあ、はっきり言えば話題に便乗。検索ひっかかり狙い。当面の企図は(軽いよみものの連載があるとさ、サイト覗いてくれる人が増えるんじゃねーか……?)なものでして、そこらへんはオープンに打ち明けます。
このLPは、今年に入って早々に高円寺の名物専門店「ゴジラや」で見つけ、即、1,000円で買った。「聴くメンタリー」に500円以上は出さないマイ・ルールを破った。
なんで自己規制していたかというと、それなりの値が付いているものは、今でも購入価値があると市場で判断されているからだ。需要がちゃんとあるならば、わざわざ僕が掘り起こす必要はない。
昔、回転寿司が苦手だった。目の前にスルーされたまま何度も回る皿があると、握りたてを注文できない。嘉門達夫の「私はバッテラ」(85)を聴いたせいだ。壁の花になる女性の心情と寿司ネタを掛けたコミックソングを、真に受けてしまった。それで、ネタの端がもう固くなり、シャリが乾いたアナゴやエンガワばかり、いやいや口に押しこんでいた。
そういう、よく分からないところでガンコになるヘキがあり。レコードにしても、三島由紀夫の肉声収録で市価2,000円なんてものは、あらかじめ対象外だった。もちろん、僕が三島のファンなら話は別ですが。
しかし、このLPには、もともと欲しかったけれどあきらめた記憶があるのだ。見つけた瞬間、片思いの相手と再会したみたいになってしまい、マイ・ルール、吹っ飛んだ。トキメキ料込で1,000円は安い!
|ちょっとうんちく サブカル黎明期ガイド
ここで〈ゴジラと私〉を語り出すと止まらなくなるので、それは端折る。
にしても、単に映画の予告編の音声を並べただけのレコードがよく市販化されたものだ。
その背景について押さえておきたいのだが、案外まとまったガイド文が見つからない。少し長くなりますが、自分でざざっと整理してみます。国内におけるサブカルチャー事始・特撮もの編。
まず、1977年の映画『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』が、鳴り物入りの評判を引っ提げて日本公開された78年に、一大SF映画ブームが起きた。これがひとつの契機。それまで子ども向けの傍流ジャンルだったものが、まさにそれを見て育った世代であるスティーヴン・スピルバーグやジョージ・ルーカスらによって興行の柱となり、大きく構造が変化した。
ブームの火を広げる薪炭となったのは、作り手と同様に年齢を加えた見る側の存在。
そういえば自分たちが幼い頃にも楽しい空想ものはあったぞ、と大学生や若い社会人が慣れ親しんだ怪獣番組を見直す機運は、アニメ・ブームとの相乗効果で70年代半ばからすでに顕在化していた。朝日ソノラマが、ムック本の先駆「ファンタスティック・コレクション」シリーズの刊行をスタートしたのは77年だ。テレビアニメや特撮番組をただ懐かしがるだけでなく、スタッフの証言をもとに大真面目に研究・分析する視点を世に生んだ、革新的な書籍だった。
そうして79年に公開されたのが、実相寺昭雄演出のエピソードをオムニバス再編集した『実相寺昭雄監督作品 ウルトラマン』。なつかしヒーローのリバイバル/リニューアルをヤングアダルト層をターゲットにしたSF映画と打ち出し、子ども向けの興行と明確に差別化して封切ったことで、歴史に残る。
こうなると当然、75年の『メカゴジラの逆襲』でいったん製作を終了していたゴジラに再び注目が集まる。『スター・ウォーズ』も、復活した『スーパーマン』(78-79公開)も凄いけれど、日本にはゴジラがいるじゃないか。真打はどうなってる! となった。冠木新市企画・構成の『ゴジラ映画クロニクル1954~1998 ゴジラ・デイズ』(1998 集英社文庫)によると、新作復活は結局84年になったものの、78年から毎年、東宝は企画開発を進めていたという。
80年代に入ると、SF映画(ファンタジー含む)は堂々とメインストリームに。学生の夏休み期間が映画興行の目玉シーズンとして定着したのも、実はこの時期だ。さらに82年頃からビデオデッキが家庭に普及するようになり、ゴジラの旧シリーズや怪獣映画はまだまだ高かった市販ソフトの目玉になった。翌83年には、リバイバル上映《復活フェスティバル ゴジラ1983》が全国の都市で開催された。
これだけ価値観が変わったところで出たのが、83年にリリースされた今回のレコード『東宝SF特撮映画予告篇集』である。
東宝特撮映画、ではなく、東宝SF特撮映画と題しているのは、当時の気負いそのもの。オタクのパイオニア世代はみんな、「いい歳して怪獣なんて幼稚!」の声に耐えながらメディア文化の成熟を下支えしてきた。そして同時に、帯のコピー〈ファン必携の貴重資料!〉に、コロッとやられて小遣いを注ぎ込んできた。
音盤にもちゃんと需要はあった。東宝レコードが78年に出した(当初は試し試しだったらしい)『ゴジラ/オリジナル・サウンド・トラック』が、再プレスを重ねるヒットに。次々と後続品がリリースされた。怪獣ものなら、映画音楽だけでなく予告編さえビジネスになる。ファンはなんでも欲しがるし、大切にコレクションにする。資料集めが、少し高級なあそびになる時代の到来。土壌は出来上がっていたわけだ。
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