【自作を語る】トークバック(呼応)する映画——ミニシアターの上映・配給をめぐって text 坂上 香

こうして実際に映画の上映が始まると、トークバック・セッションのアイディアがどんどん膨らんでいく。連日映画館の外に幾つもの人だかりができた。長い間話し込むうちに、観客側からランチをしようという声があがったり、技術スタッフの声も聞きたい、国内のHIV陽性者の声も聞きたいという声があがったりした。その様子をFacebookにアップしていったこともあり、著名人から無償でトークをしたいという申し出も出てきた。そうして、週日もトークバック・セッションでびっしりの状態になった。

なかでもユニークだったのは、薬物依存症の女性たちによる「詩の朗読」だ。依存症の女性たちの回復施設「ダルク女性ハウス」(ハウス)の代表上岡陽江さんに、ゲストをつとめてもらった日があった。彼女は、ハウスの女性たちを何人も連れてきてくれていた。ハウスには、編集の過程で参加するワーク・イン・プログレスにも参加してきてもらってきていた。そもそも上岡さんとは、それより15年ぐらい遡る古い付き合いだったし、ハウスの女性たちとは、私が津田塾大学に専任教員として勤めていた頃から、一緒に表現活動をしたりしてきていたので、よく知った仲だった。メンバーのなかには、服役中から詩を書いていた人もいたし、映画館の外で「私も演劇やりたい!」「ダンスしたくなった!」と目を輝かせる人もいた。映画の主人公たちと似た様な人生を送ってきた日本の当事者たちが、映画館で何かを表現すること自体、時空を超えたトークバックではないか!話を持ちかけてみると、上岡さんは、おもしろがって引受けてくれた。

上映後、薬物依存症の女性たちによる詩の朗読セッションを行った。渋谷シアター・イメージフォーラムにて©out of frame

 当日は5名の女性たちが朗読することになった。リハーサルのために映画館に早く着いた彼女たちは、なんだかソワソワ落ち着かない。緊張で全く眠れず、眠気が今になって襲ってきている人、声が小さいから聞こえないんじゃないかとか、観客の前に立つだけで過呼吸を起こすのではないかと不安に駆られている人など。結局、全員が観客に背を向ける形で後ろ向きに座り、朗読の際には私がマイクをもって、皆の声をひろうことになった。

朗読の内容は、日記のようなもの、映画についての短い感想、担当医とのやりとりなど。観客は声をたてて笑い、時にシュンとしたり、溜息をついたり、女性たちの朗読にビビッドに反応した。マイクを持った手を朗読者に伸ばしながら、観客席に目を向けると、観客が朗読者たちに連なって見えた。映画のなかでの出来事が、日本の”いまここ”で起こっていると思うと、鳥肌が立った。そして終了後、何人もの観客が気持ちを高ぶらせた状態で、私や上岡さんたちをつかまえ、「ふー」とか、「うー」とか、言葉にならない声を洩らし、今味わったばかりの感動を、懸命に伝えようとしてくれた。

こういったトークバック・セッションでも、映画のようにカミングアウトが頻繁に起こった。彼女ら/彼らは、性暴力やDV、依存症や病など、深刻な問題を扱う映画を見た者たちとの安心感や連帯感のようなものを感じて、また、劇場という密室空間だからこそカミングアウトしたのではないかと思う。日によっては発言者を守るために、「今日ここで聴いた話は口外しないでください」というお願いを私からしたりもした。だから、劇場という公開の場ではあっても、クローズドというアンバランスな状態を意識しなくてはならなかった。

例外的に、ネットを通して完全に公開するという試みも行った。宣伝としてのイベント。あらかじめ公開されることを伝えているので、そういう場ではさすがに深刻なカミングアウトは出てこない。政治家になりきって風刺コメディーを行うザ・ニュースペーパーの福本ヒデさん(安倍首相の物まね)と、フェミニストの社会学者上野千鶴子さんとの”なりきり”対談はそのいい例だ。動画にしてYoutubeに2日後には公開し、SNSを駆使して拡散につとめた。その結果、お笑いやエンタメ系のポータルサイトや各種ツイッターで紹介され、数日間でヒット数が1000を超えるなど、あちこちで話題になった。

この多様なトークバック・セッションの形は、地方上映にも引き継いでいる。さらに地方では、映画が扱うテーマや表現に関連する「地元」の人をゲストとしてお願いしてセッションを行うようにしている。映画館のある、もしくはその近隣で活動するダルクのスタッフ、詩人、ミュージシャン、パフォーマー、学者、医療者……。その結果、映画館に足を運んだことのない層の人達が足を運んだり、映画ファンと彼女ら/彼らがつながる場になったり、さらにSNSを通して新しいつながりが広がったり、とささやかな動きが起き始めている。そして既に、劇場で出会った人同士が、協働で表現活動を始めたりもしているのだ!映画館という場のあり方をめぐって、もっといろいろ実験してもいいのではないか。そんな思いを強くしている。
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