「オウム真理教事件」や「光市母子殺害事件」など数々の死刑事件を扱ってきた安田好弘弁護士を被写体にした映画『死刑弁護人』が6月30日よりポレポレ東中野、名古屋シネマテークで公開されている。
世間からの様々なバッシングを受け自らも逮捕されながら、それでもなお死刑弁護を請け負ってきた安田弁護士。加害者を決して断罪しない。二度と凶悪事件が起きないためにはどうすればいいのか?たとえ悪人扱いされようと事実をとことん追求する。そんな彼の強い信念を力強く訴えたこの作品に私は圧倒された。と同時に過酷な弁護士人生を送ってきた安田弁護士に寄り添う優しい眼差しを感じた。
そして何よりこの作品がテレビドキュメンタリーということが嬉しい。テレビや大手メディアは安田弁護士をバッシングし続けてきた。善と悪という分かり易い表現に陥りがちなテレビの中で『死刑弁護人』は我々に様々な問いを投げかける。果たして彼は悪人なのか?世間の方が本当に正しいのか?
観る者に積極的に思考を促すその手法。テレビというメディアに可能性を見出すことが出来た。今回、安田弁護士に一人の男として惚れ込んだという東海テレビのディレクター、齊藤潤一監督(前作『平成ジレンマ』(11年)に続き、劇場公開第2弾)に話を伺った。
(取材・構成=neoneo編集部)
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|安田好弘弁護士、という人物
――今回、安田好弘弁護士を被写体にしたきっかけは何だったのでしょうか?
齊藤 かつて「光市母子殺害事件」の弁護団を追ったテレビドキュメンタリー『光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日~』(08年放送)を制作したことがあります。取材は2007年だったのですが、例の「ドラえもん発言」(※1)などでバッシングされた弁護団を取材した時、安田さんが主任弁護人としていらっしゃって、弁護士としての力量はもちろん、人間的な魅力と言いますか、信念を曲げない一人の男としての生き方みたいなものを、ぜひ機会があったら取材したいと思っていました。
――確かに事実をどこまでも追求しようとする強い信念、その姿勢に心打たれました。
齊藤 すごく優秀な弁護士だと思います。でもそれ以上に己の信念を曲げずに貫き通す方だと思いました。例えば、安田さんはオウム真理教、麻原彰晃の弁護をしている時は逮捕までされています(安田事件 ※2)。
おそらく国策じゃないかと思うのですが、それでも自分の信念を貫き、権力と対峙している弁護士だと思います。そんな自分の主張を曲げずに貫いている男としての生き方に対して、惚れたという感じですね。
――居酒屋で安田弁護士とお酒を飲む場面がありましたが、彼の持っている優しさというか人柄が出ていて面白い場面でした。あれは監督から誘ったのですか?
齊藤 安田さんは実は恥ずかしがり屋でもあるんです。カメラを前に面と向かってインタビューしている時は堂々と答えてくれるのですが、一歩外に出ると恥ずかしがるんです。当たり前な話ですが、外を歩いていてカメラで追っていると周りの人は何だろう?と見ますよね。ドキュメンタリーはインタビューだけだと面白くなくて、日常を撮ったり外での行動を撮ったりというのが面白い部分で取材したいところなのですが、本人が嫌がってなかなか出来ませんでした。
そこで唯一出来たのが、お酒を飲んで酔っ払うと、その辺の感覚がなくなって取材出来たんです。だからなるべくお酒を飲むようにしました(笑)。
ただ、ドキュメンタリーの製作者としては、あまり距離が近づき過ぎると、ちょっと良くないんですね。仲良くなるのはいいのですが、どこかで引いて客観的にその人を見ないといけない。ただ今回は撮る方法としてはお酒を飲んでもらうしかありませんでした(笑)。
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|多くの人が印象に残っている事件
――安田弁護士はこれまで様々な事件を扱ってきているわけですが、その中で「光市母子殺害事件」や「和歌山カレー事件」を取り上げたのは何故ですか?
齊藤 現在も審理が続いている事件であるのと多くの人が印象に残っている事件を中心に取り上げました。例えば、和歌山カレー事件は未だに再審をやっているの?という人が多い。なおかつ、林眞須美死刑囚は冤罪の可能性がある、というのもすごくビックリすると思うんです。私は事件当時、現場で取材したことはないのですが、事件を取材した記者の人に話を聞くと冤罪の可能性はあるかもしれない、と何人もの人が言うんですよ。じゃあ、そういう風に報道しないんですか? と聞くと我々が当時、林眞須美が犯人だと報道した手前、今更そんなこと出来ないって言われたのにはすごくビックリしました。それだったら当時、そのような因果関係はない我々が取り上げたらいいのではないかと。もっとも我々もこれが冤罪事件だとまでは分かりませんので、そういう風に活動している安田さんを通して、もしかしたら冤罪かも知れないという投げかけは出来ると思いました。
――もし将来、林眞須美さんが「やはり私がやりました」と自白したら、逆に投げかけた槍が返ってきてしまうと思いますが?
齊藤 その時は、この仕事を辞めるというか(笑)。そのぐらいの覚悟はないと出来ないですよね。そこはやはり、しっかりと取材して、手紙も何通も読んだのですが、もしかしたら林眞須美死刑囚は冤罪じゃないかと思うところまでいかないと表現は出来ません。
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|世間からバッシングを受けている人物を取り上げる
――前作『平成ジレンマ』(11年)の戸塚ヨットスクール校長など、世間から「極悪人」とバッシングを受けている人物を被写体にすることが多いですね。
齊藤 本当に世間で言われているような悪い人なのか、というのを確かめてみたい、そんな部分から最初は入る感じです。
――確かに、安田弁護士に焦点を当てた今回の作品も社会に様々な問いを投げかけていると思います。
齊藤 何故、そうした凶悪な犯罪を犯してしまったのか、原因の部分ですね、それはバッシングしたり死刑判決を出しただけでは全く分からない。二度と凶悪な犯罪を起こさないようにするためには、事件の真相が分からない限り社会は良くならないと思います。それをやっているのは安田さんなんですね。例えば「光市母子殺害事件」で言うと少年が犯行に至った経緯の生育的な部分、虐待を受けていたり、母親が自分の目の前で首吊り自殺をしたといった、あまり報道されていない部分を安田さんが掘り下げて真実を裁判の場で出そうとしているのですが、それをメディアが取り上げない限り世の中は良くならないと思うんです。だから安田さんを取り上げることで視聴者からは反感を買うことはあるかもしれない。でもそれ以上に二度と事件が起きないために彼の弁護活動を取り上げる必要性を感じて作品にしたいと思いました。
『平成ジレンマ』の時も戸塚校長は「悪い、悪い」と言われますが、未だにあのヨットスクールには子供を預ける親がいるわけです。それを取材してみると引きこもりやニート、不登校などで世の中から見放され最終的に行き場のない子供たちが戸塚ヨットスクールにいる現実が間違いなくある。その現実を伝えるのが作品の意味なのだろうなと。戸塚校長を取り上げることでバッシングはあったし、それは予想していたのですが、それ以上に世の中の現状を伝えたいということの方が勝った、ということだと思います。
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|テレビとスクリーンの違い
――作品の中で扱っている事件は全て過去の出来事であるが、事件当時の取材映像をふんだんに使用されており、テレビドキュメンタリーにしか出来ない手法だと思いました。
齊藤 例えばフリーのドキュメンタリー監督がこういう作品を作ろうと思い、過去の事件映像を使おうということになると、使用料に莫大な金額がかかるかも知れない。それ以上に素材を借りることができないかもしれないので、そこはテレビ局だからこそ、テレビドキュメンタリーだからこそ出来ることなのではと思います。
――今回、劇場公開するわけですが、テレビ放送との大きな違いは何ですか?
齊藤 制作者としてはCMが間で入らないので作品として連続的に観てもらえることはありがたいです。テレビだと一つの物語を完結してCMというのがありますから。あとテレビは尺が決まっているので、その中で作品を収めなければいけない制約がありますが、映画はお尻がないので自分の作りたい作品を思う存分作れます。
ドキュメンタリーは取材で膨大なテープを回しても、実際放送されるのはごく一部でほとんどは捨てています。たとえいい取材が出来たとしても。でも映画だったら捨てた素材の中から、もう一回作品の中に取り入れることが出来る。表現の場としてはすごく心地がいいですね。
――『平成ジレンマ』『青空どろぼう』(11年)『死刑弁護人』と東海テレビは劇場公開が定着しつつありますが、そのリスクはありますか?
齊藤 会社から宣伝費をもらって諸々のお金がかかっているので、それが回収出来るか、とういうことですかね(笑)。ただ、これで儲けようとは思っていません。我々はローカルの放送で東海三県の人しか観てもらえないので、いい作品が出来た時は多くの人に観てもらいたいということで、劇場公開を始めました。だから宣伝費を回収さえ出来ればいいなと思う。リスクはそんなにないかも知れないですね。
――テレビや大手メディアなどは感情に流れてしまう報道をしてしまいがちだと思います。しかしテレビという同じ畑の中で、安田弁護士に寄り添い、様々な問いを社会に投げかけた今回の作品を観てテレビドキュメンタリーの豊かな可能性を感じました。
齊藤 我々も取材をしていて、被害者がシクシクと泣いていたら、どうしてもそちらに感情移入してしまうのは一人の人間としてしょうがない。それを上手く公平にバランス良く何故このような事件が起こってしまったのか、背景の部分をバランス良く報道しないといけないのですが、どうしても感情的に流れてしまったり、視聴者もそちらを観たいという需要があると思います。
さらにニュースなどは時間がありません。事件が発生して被害者の写真を集めたり、周囲の人へインタビューしたりする。そして犯人が逮捕されると動機は何だと勢いよく取材して、ある程度落ち着くとサーッと引いてしまう。そして裁判が始まり初公判の時に取材して、判決が出ればサーッと引いてしまい、事件が風化されていく。それが世の中の流れなのですが、そこからこぼれ落ちた、何故こんな事件が起きたのだろう?二度とこんな事件を起こさないようにするには、どういう社会を作ったらいいのだろう?それらを探るには加害者の生育歴を調べるなど、地道で時間のかかる作業が必要なんですね。
そのニュースでこぼれ落ちた部分をドキュメンタリーがさらうと言うか、時間をかけてじっくり作品にする。ニュースとドキュメンタリーは両輪であって、ニュースで出来ない部分をフォローするのがドキュメンタリーの役割ではないかと思います。
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※1「ドラえもん発言」――2006年、広島高裁での差し戻し審で安田弁護士を主任とする弁護団は「遺体を押し入れに入れたのは、ドラえもんが何とかしてくれると思った」など被告の精神鑑定を提出。これをめぐり、メディアの報道が過熱。「鬼畜を弁護する鬼畜弁護士」などといった、世間から嫌悪の標的となった。
※2「安田事件」――安田弁護士が顧問を務める不動産会社に資金隠しを指示したとして、強制執行妨害の容疑で身柄を拘束された。この逮捕後、裁判所は麻原彰晃の国選弁護人から彼を解任。弁護団は会見で、安田弁護士の逮捕は政治的意図によると激しく批判した。
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|プロフィール
齊藤潤一 さいとう・じゅんいち
1967年生まれ。関西大学社会学部卒業後、92年東海テレビ入社。営業部を経て報道部記者。愛知県警キャップを経てニュースデスク。05年よりドキュメンタリー制作。これまでの発表作品は『重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~』(06・ギャラクシー優秀賞)、『裁判長のお弁当』(08・ギャラクシー大賞)、『黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)、『光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)、『検事のふろしき』(09・ギャラクシー奨励賞)、『罪と罰~娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父~』(10・ギャラクシー奨励賞)、『毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀』(10・ギャラクシー奨励賞)。戸塚ヨットスクールのその後を追った『平成ジレンマ』(11・モントリオール世界映画祭出品)を劇場公開。
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|公開情報
『死刑弁護人』
監督:齊藤潤一 制作・著作・配給:東海テレビ 配給協力:東風
2012年/97分/HD/16・9/日本/ドキュメンタリー
6月30日よりポレポレ東中野、名古屋シネマテークで公開
公式サイトhttp://shikeibengonin.jp/