【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第4回『新日本プロレスの歴史 Vol.Ⅱ』

1976年6月26日午後。日本中が!……困った

会見音声

アリ「(まくしたてる。ヒアリングできないが、明らかに挑発した口調)」

通訳「もし貴方が私を負かしたら、貴方は今世紀最大のボクサーでありレスラーであり、全ての格闘技の最大のチャンピオンになることになる……」

猪木「(遮り)それと同じことがね、俺を負かすことによって、うん、この地上で一番強い……」

アリ「(さらに遮り、早口)」

通訳「手を俺の、指を俺の顔に突き付けるな」

世界で一番強い(なおかつ態度が悪い)アリに、ぼくらの猪木が挑む、世紀の決戦。

6月26日土曜日、日本武道館からの全国中継を見るため、全国のがきんちょがランドセルを背負って家まで走った。結果は、リアルタイムで接していない人もよく知るところだろう。15ラウンドの間のほとんど、猪木がアリのパンチを避けて寝転がり、蹴りを入れるのに終始してのドロー。

エキシビジョンのつもりでいたアリが、猪木に事前の段取りを断られて慌て、「立った状態でのキックは禁止」「肘と膝を使った攻撃は禁止」などのルールを枷にしていた。お茶の間にまではよく伝わっていない事情だったので、アリにかっこよく必殺技をかけられない猪木が、歯がゆくて溜まらなかった。よだれを垂らしながら悔し泣きした。

子どもは極端だから、この試合を見てひどく傷ついてしまい、熱も冷めていった。僕はここまで、まるで通であるかのようにプロレスを語っているのだが、実は、再び好んで見るようになったのはずいぶん後だ。79年からしばらくは『ワールドプロレスリング』を、ピタッと見ていない。金曜夜8時の同時間枠でTBSのドラマ『3年B組金八先生』が始まったからだ。僕が純粋な〈猪木信者〉だった時期は、かくも短い。本当は、猪木を捨てて小山内美江子さんのもとに走ったのだ。

 

ただ、PRIDEなどの総合格闘技がブームになった際、打撃系の選手と柔術などグラウンドを得意とする選手の膠着状態はまさに「猪木VSアリ状態」だという発見があり、「世紀の凡戦」が伝説のリアルファイトとしてにわかに再評価されることになった。

アリはビッグマウスのパフォーマンスを50年代の人気レスラー、ゴージャス・ジョージから学び取るなどプロレスをよく知っており、(組まれたらやられる)と感知していた。だから、恥も外聞もなく有利なルールを強要した。猪木は猪木で(ヘビー級のパンチが一発でも入ったらやられる)と知恵を絞った結果、グラウンド作戦に出るしかなかった。互いに得意の技を繰り出せない睨み合いは、ガチンコゆえの高度な神経戦だった、というわけだ。なるほど! と全国の元がきんちょが膝を打った。

 

実況音声が伝える、当日の衝撃

そう理解できている今の耳で、猪木VSアリ戦の実況をよく聴くと、当時の困惑が余計に生々しい。

舟橋(実況):「……ほとんど時間が無くなってまいります。アントニオ猪木、また蹴りを見せますが、ニュートラル・コーナーにさっと寄っていきました、モハメッド・アリ。アリのフットワークは未だ健在です。猪木が寄っていきます。猪木が寄っていきます。ジリッジリッと。鷹の目のような、そういった表情のアントニオ猪木。そしてモハメッド・アリは黒豹のような、黒豹のようなそういった目でアントニオ猪木を見つめております。

いつこの、強烈なパンチが炸裂しますか。そして猪木の大技が炸裂しますか。ほとんど時間は無くなりまして、あと50秒を切っております。最終ラウンド、第15ラウンドです。

試合前のファンの気持ちは、試合の勝敗ではない、その内容だと、そういった気持で一杯でしたが、ついに誰も予想しなかった、最終ラウンドに持ち込んでおります。

(中略)

最終ラウンド、あと15秒。猪木も構えている、モハメッド・アリも構えている。さあ、接近するか、接近し合い、左のジャブ牽制、時間はない、あと5秒だあと5秒、格闘技世界一決定戦、あと5、3秒2秒1秒、(ゴングの音)ここで! ゴングですゴングです、15ラウンドゴング、15ラウンド判定に持ち込みました」

(場内、不穏なざわめき声で騒然となる。拍手はなし)

一体どう実況したものか、お客の不満もよく分かるが、口が裂けても盛り上がらない内容とは言えない。そんな舟橋さんのオンタイムの苦労がヒシヒシと伝わってくる。「聴くメンタリー」的には、いちばんの醍醐味。

 

今回は猪木VSアリ戦にばかり拘ってしまった。この試合は中継以来、権利の事情でダイジェストが何度か放送された以外はビデオ化もされず、ほぼお蔵入りの状態が続いている。ここで、音声だけでもなるたけ再現しておきたかった。

中古店で見つけたのは実はつい最近。こんなマブい「聴くメンタリー」を新宿の真ん中で、廉価で見つけられるとは……同好のいない誇らしさと寂しさを、同時に覚えた。その後、初めて会う女性に「こんなもの買っても仕方ないんだけど」なんて照れてみせながら、見せびらかした。「珍しいレコードを手に入れて、すごいなあ」と誰かに言ってほしかった。

 

ところがぎっちょん。

買った数日後に、ついに、初めて映像ソフト化されることが分かった。しかも完全ノーカット。集英社のDVD分冊百科の特別版「燃えろ!新日本プロレス エクストラ 猪木VSアリ 伝説の異種格闘技戦」だ。

待ちに待った映像の登場だが……あんまりなタイミングだ。後々に取っておこうと思っていたのに、すぐにネタ出ししないと意味が無くなってしまった。で、書いたところで、実はここまでの文章は全て、みなさんがこれから目に出来るソフトの前座です、というオチにしかならん。「聴くメンタリー」は、僕が想像している以上に儚いなあ。

それでも、もちろん、DVD化は大歓迎です。

 

|音源情報

『新日本プロレスの歴史 Vol.Ⅱ』
1984/STEREO(一部モノラル)/¥2,800(当時の価格)
invitation/ビクタ

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プロフィール

若木康輔 Kosuke Wakaki
1968年北海道生まれ。本業はフリーランスの番組・ビデオの構成作家。07年より映画ライターも兼ね、12年からneoneoに参加。プロレス=フィクション、総合格闘技=ドキュメンタリーという区分けは分かりやすいけど、どこか腑に落ちないものがありました。後先考えず両方混ぜるのが、猪木の「過激なセンチメンタリズム」。今回書いてみてだいぶ分かってきた気がします。