好きなチームの、見えない姿が立ちあがってくる
「まずはレコードの感想の前に、2人のカープ愛を大いに聞かせてくれたまえよ!」と笑顔でうながしたものの、すぐに後悔した。
明治学院大学で四方田犬彦先生から学んだ、常に静かなインテリムードを醸し出す石川翔平が、とっておきのはにかんだ笑顔で「実は僕……正田のサインボール、持ってるんです。ウフフ」って。はあ。そうですか。すまない、ちっともうらやましいと思わなくて。
すると大澤も「いやあ、僕なんか、浩二と衣笠のサイン入りナントカを持ってましてね」。ゴメン、ちゃんと聞こうとしてなかった。さらに石川が「正田と並ぶ僕のヒーローは佐々岡です!」と強調しながら、スライリー(何者か正体がよう分からんマスコット)の指人形を見せびらかし始めた時には、完全に飽きた。
大澤はまさに本盤が出た初優勝の75年生まれ。父上がファンだったので自分もすんなり好きになった。ちょうど70~80年代の黄金時代に小学生だったが、東京は蒲田の出身なので、学校で赤い帽子を被っているのは大澤兄弟のみ。ヤーイヤーイと変わり者扱いされようと、意地になって通したという。
石川は83年生まれで川崎出身。91年に優勝した時は小3だった。ロッテがホームチームだった街で育ったのに、赤い帽子が気に入って買ってもらったのが鯉党入りのきっかけだという。
まあ、どっちもひねくれ者なわけだが(だからドキュメンタリーとか言ってるのだが)、少年時代、まず赤い帽子に惚れたってところは素直だ。少なくともJリーグ誕生以前の小学生男子にとって、どのプロ野球チームの帽子を被るかは、そのままロイヤルティ(忠誠心)の証として重みがあったから。
つまり、2人ともこのレコードの内容はリアルタイムではない。懐かしい! とホロホロ泣けて感動できる、そういうレコードではない。現役ファンが聴くとどんな気持ちになるのか。
大澤「面白いことは面白いんだけどねえ! 微妙な戸惑い、モヤモヤ感はありましたよ。なにせ、自分の知らない時代の世界ですから。過去過ぎちゃう」
石川「実況になると生々しくて、今のラジオ中継と同じように聴けるんですよ。でも、特に前半は選手の顔と姿がさっぱり浮かんでこない」
大澤「同じ野球をやっているのは間違いないのに」
石川「そうそう。しかも対象はカープなのに、立ち上がって来るイメージが無いんです。好きなチームの、見えないものを見ている感じ。不思議でした。こういう感覚、あまり無いですね……。後半、三村なんかがよく出てくるようになって、あッとなるんだけど、思い浮かぶのは監督時代のおじさん顔でしょう。何を想像していいのかが分からないんですよ(笑)」
大澤「そこから歴史が垣間見えていける良さはありますね。広島市民球場って、練習はただで見学できたんですよね。数年前、自分の映画が横川シネマで上映された時に時間を作って見に行って。内野席の真ん前にかじりついてたら、前田が若い選手に、昔はペーさん(北別府学)によく呑みに連れてってもらったぞ、と雑談してるのが聞こえてきたんです」
石川「へえ! いいなあ」
大澤「ああ、こうしてベテランから若手へと、綿々とつながっていくもんなんだ、とカンゲキしましたね。それが自然と、チームの歴史になっていくんだと」
石川「そうですね。コーチの姿しか知らない阿仁屋が現役時代どれだけ凄いピッチャーだったか、衣笠がいかに存在感のある長距離バッターだったか、このレコードを聴いて初めて実感できたところはあります」
地味なようで……実はビジュアル面が充実の1枚
『ガッツ!! カープ 《25年の記録》』は、まずナレーションが、昭和○○年にはこんなことがあった……と解説して、主な試合の実況音声が入る。これを25年分繰り返す構成だ。
1年に割くタイムに大きな差が無いのは、どの年も同じページ数にする年鑑に近い。最下位に終わった年であろうと、外木場がノーヒットノーランを達成した(72年)、衣笠が王や田淵とホームラン王を争った(74年)など、個々の選手の活躍を強調して調整しているのだから、なかなか徹底している。
大澤「だから、1つの作品としては決して面白いものではないですよ(笑)」
石川「構成に抑揚がない。全く山場がないストーリーがずっと続きますね」
大澤「資料性を重んじたんでしょうか。耳で読む球団史という感じ」
石川「どの年も均等で、盛り上げる演出が無い。事実に手を入れていないところは、ドキュメンタリー的だと言えば言えますかね。でも、そこもカープらしさではあるんですよ。必要以上にチームや選手をたてまつらない」
大澤「聴く人それぞれの物語に委ねましょうってことじゃないですか。ファンにはそれぞれの思い出の年があり、選手がいる。このクロニクルから、各々好きなところを膨らませてください、という」
ここまでは淡々と、要は鯉党でもそんなには燃えない地味なレコードだ……と話してくれた2人だが。ジャケットに封入されていた写真集―音の内容とリンクした選手や試合の写真が18ページにわたって掲載されたもの―を見せると、ガラッとトーンが変った。
大澤「凄い! これは、いいなあ」
石川「わー、長谷川が投げてる写真なんて、初めて見ました。わー」
大澤「これがあると無いとでは全く違いますよ。写真集をめくりながら聴けたなら、超楽しかった」
そっかー。写真集はLPサイズだから、大きくて見応えがある。最近のCDブックのように、音とビジュアルを一緒に楽しむことで、表現が完成する作りなのだった。
石川「あッ、大澤さん、見てくださいこの写真。初代監督の石本さんが市民の後援会結成を呼び掛けてる」
大澤「石本さんが背広姿で集まった群衆に話を……。漫画の通りですね!」
石川「漫画の通りですね!」
大澤「進はきっとこのレコード、聴いただろうなあ」
石川「進ならゼッタイ買ってますよ!」
2人の言う漫画とは、中沢啓治の『広島カープ誕生物語』(94)。今年の春、DINO BOXから復刊されて、話題になったものだ。
進はこの漫画の主人公。原爆で家族をすべて失くした野球少年が、熱烈なカープファンになる。援助金を募る一斗樽を張り切って球場前に置いたり、53年のファンによる審判カンヅメ事件でも、先頭に立って暴れてしまい幼なじみの光子に叱られたり。中年男になって、ようやく初優勝を迎えるまでを描く。
これは僕も読んだ。本盤と内容が見事に重なる。実に中沢さんらしい無骨で純情なタッチによって、「チームとファンが血のつながりを持つ、特異な県民球団カープの歴史」(ナレーション)を活き活きと知ることが出来る、いい漫画だ。
「石本さん おねがいじゃ 広島カープを消さないでつかあさいよ」
セリフの一つ一つが、そのまま赤心の詩になっている。進と光子が原っぱでキャッチボールをしながら心を寄せ合うあたりはもう、珠玉の名場面。
今さらカープファンにはなれないけれどさ。こういう漫画を自分のものにできる人達は、うらやましいな、と思う。