【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第6回『ガッツ!! カープ 《25年の歴史》』

 

カープは戦後広島の希望の星


『広島カープ誕生物語』の進は、勘定してみると、中岡ゲンの4歳年上の設定だった。
この漫画はもう一人の『はだしのゲン』の物語。そう気付くと、カープの歴史が背負っているものが、レコードの音の向こうからもにわかに浮かび上がってくる。

先に触れた、判定に不服なファンが暴動を起こして審判団をカンヅメにした事件は、本盤でも時間が割かれている。
 

ナレーション:「(事件を受けて)急ぎ広島入りしたセントラルリーグ鈴木会長、カープファンに告ぐ」

鈴木会長:「野球はあくまでスポーツマンシップでいき、正しい行動であらねばなりません。ファンがグラウンドに飛び降り、選手や審判を威嚇する。こうした行為は遠く明治時代の昔話です。昭和28年の今日、しかも世界的平和都市と銘打った広島において、かかる行為が発生したことは、私としてはいかにも理解しがたい事であります」

 

中央から来たえらい人の訓示調が、気に障るかどうかはさておいて。
広島に原爆が落ちてから、まだ8年後の話なのだ。よく分かっているはずでも、こうして当時の音で飛び込んでくると、ドキンとなる。
 

大澤「原爆で家族を失い、『広島カープはわしらの希望の星じゃ』と言う進はファンの代表。当時はそれが、どれだけ熱烈で切実な思いだったか、緊張感とともに伝わってきますね。このあたりは……。
オリックスが優勝したのは、阪神大震災の翌年。そういうことも、思い出されます。去年の楽天もそうですね。東日本大震災の2年後に日本一になった。でも楽天は、創設9年目で日本一ですから。カープは創設から優勝まで25年かかった。当時のファンがその日まで溜めこんだものの大きさは、想像を越えますよ」

 

 

カープの25年は、昭和のプロ野球が単なるレジャーを越えた文化であり、大きな精神を謳い、与えるものだったことを教えてくれる。今、その存在感はずいぶん小粒になったものの、まだまだプロ野球には何かがあるんじゃないかな。

現在のカープ女子のみんながみんな、イケメン選手が好きなだけのノリ、とは僕には思えないのだ。秒単位までよく計算されたステージやライブに馴染んできている女性達が、ベースボールという間の多い、実は弛緩した時間との緩急で成り立っているスポーツに盛り上がっている姿は、昔と比べたらかなり大きな、そして、歴史や伝統のみに拘っていたら見られなかったはずの変化だ。

前にたまたま面白く読んだ、並木裕太『日本プロ野球改造論 日本プロ野球は、日本産業の縮図である!』13・ディスカヴァー携書)で強調されていた未来図は「ライトなファン層の取り込み」。〈スタジアム=野球を観戦する場所〉の固定観念を拡張する、エンタテインメント施設としての付加価値づくりに、カープが成功している証拠ということかもしれない。

 

ちなみに、今回紹介した『ガッツ!! カープ 《25年の記録》』は、75年10月5日、巨人に勝って全球団に勝ち越しを決めた日の実況で終っている。当然聴けると思っていた10月15日の初優勝の瞬間まで、収録されていないのだ。優勝したらすぐ売り出す。そっちを優先したことが如実に分かる。
この点に関しては、僕には意外なことに、大澤も石川もあまり不満は持っていないのだった。


大澤「広島は昔から、グッズ販売なんかに関してはフットワーク軽いんですよ。即時性を重んじてる。このレコードの頃からそうだったのか、と妙に納得しました」
石川「前に堂林のサヨナラホームランで勝った時も、翌日にはTシャツが売り出されて、即日完売でしたからね」

 

へえ! ひとつの球団でも、掘るといろいろ知らない個性が出てくるもんだ。他のチームでもこんな「聴くメンタリー」があったら、ぜひ集めてみたくなりました。

 

 

 

 【盤情報】 

『ガッツ!! カープ 《25年の記録》』

1975/帯無し・当時の価格不明
東芝EMI

 

 

 若木康輔 Kosuke Wakaki

1968年北海道生まれ。本業はフリーランスの番組・ビデオの構成作家。07年より映画ライターも兼ね、12年からneoneoに参加。毎度ながら、すぐ聴けないレコードの紹介で恐縮。でも、これは「聴くメンタリー」の中では比較的見つかりやすいほうだと思います。ご興味ある方は、中古レコード屋やネットオークションを丹念に探してもらえば、です! http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968