【Interview】映画だからこそ、「物語」を伝えられる―『皆殺しのバラッド』シャウル・シュワルツ監督インタビュー text若林良

シャウル・シュワルツ監督

――劇中にもナルコ・コリードの影響で、ギャングが特に若い世代から英雄視されている現状が描かれています。映画を作ることで、文化の影響にとくに鋭敏な、若い観客に伝えたいメッセージなどはあったのでしょうか。

SS  10代の少年少女たちに見てもらうことには、単純にわくわくしました。見てもらえるだけでも嬉しいのですが、ナルコ・コリードの愛好者が「あれ?」とその実態について考えなおしてみたり、これまで自分たちが口にしていた歌詞に、「こういう意味があったのか」と改めて見なおすような、そういった契機になればなお嬉しいなと。監督としての私は、そのように感じていました。

しかし、そうした気持ちが強い半面で、カルチャーは人々の生活に深く根付いているものなので、意識の変革は難しいだろうとも感じていました。たとえば劇中にも出ていますけど、リチさんは、ナルコ・コリードの愛好者のひとりだったんですね。亡くなった方の死体を回収する、その帰りの車中でナルコ・コリードを聴いたり、また母の日に祖母の家で、自らが歌ってみたり。それは最初、自分にとっては大きなショックで、こんなことがあっていいのかという葛藤もありました。しかし、時間がたつうちに、カルチャーというのは実はそういうものではないかと思い直しました。つまりその伝播には「良いから/悪いから」の単純な二元論ではなく、いろんな要素が介在するものなんですね。だからお答えとしては、メキシコとアメリカの10代の観客にはナルコ・コリードについて、また文化について、それぞれ考えなおしてみてほしい。また直接的な関係を持たない世界の10代の観客には、大きなレベルのテーマ、つまりなぜ我々は「悪いもの」に肩入れをするのか、共感したり好きになってもらうのかということを考えてほしいと思っています。

たとえば、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』というドラマをご存じでしょうか。ソプラノ・ファミリーというイタリア系マフィアのボスと、その周囲の人々の人間模様を描いたアメリカのテレビドラマです。つまり、「悪人」を主人公にした作品なんですが、アメリカではとても人気があって、世界中でもヒットしているんですね。そのようにエンターテイメントの世界でも、マフィア側であったり、「悪」の存在に共感を持って好ましく見せるというコンセプトはたしかに存在しています。『皆殺しのバラッド』という映画は、そうした「物語における悪」を掘り下げている面があるので、そこに目を配っていただくといいかもしれません。また、フィクションではなく、実際に命が危険にさらされる現実でそのような実験をする是非についても、考えていただければと思っています。

―シュワルツ監督の、映画を作る上での作法についてお聞きできればと思います。「これは映画でなければだめだ」と先ほど監督はおっしゃられていましたが、映画だからこそやりたかったこと、また撮影の中で意識されていたことは何でしょうか。

SS どちらかといえば内容に関することになるのですが、まず、先ほど申し上げたようにカルチャーが生まれてくる、その「物語」に踏み込めたところが大きかったと思います。写真でもバンドに熱狂する若者を撮ること自体はできますが、「なぜなのか」というところはいまひとつ見えてこない。その「なぜか」を映画というかたちにしたことで、掘り下げることはできたのではないかと思います。

もうひとつ、主人公ふたりは人間なわけですよね。彼らがこの麻薬戦争においてどのような状況におかれ、その中でどのように行動したのか。また、シウダー・フアレスはどのように変化して、そこに住む人々にはどのような影響が生じたのか。こうした「物語」は、やはり映画だからこそ表現できたのだと思っています。

――社会性と娯楽性の兼ね合いについて、お伺いできればと思います。本作を見るまでは、題材そのものの凄惨さから、ひたすらつらい内容の映画を想像していました。しかし、『バラッド』は音楽も含めて、娯楽的な観点からも優れた映画であると感じたのです。そこで、単純なプロパガンダにしないということも含めて、「ドキュメンタリー」についての監督自身の考えをお伺いできればと思います。

SS ドキュメンタリーの映画作りは、まずエンターテイメントであるべきだと思います。私が子どものころから見てきたドキュメンタリーは、正直なところほとんど優れた作品がありませんでした。なぜかといいますと、芸術性を欠いていたことが大きかったんですね。それは実際珍しいことではなく、ドキュメンタリーの作り手によっては、絵作りにもう少し工夫の余地があったのではないか、というようなことを聞いても、「どうでもいいんだ、自分にとって大切なのは主題だから」といった答えがかえってくることも少なくはありません。そういう人たちは、むしろ現場では多数派であるともいえるでしょう。

しかし、私はもともと写真家という視覚的なバックグラウンドを持っていますし、映画は何よりもエンターテイメントであるべきだと感じています。どんなに主題がハードコアであったとしても、それは変わりません。多くの人に作品を見てもらいたいと感じていますし、『バラッド』のように世界各国で公開されるようにするためには、やはり作品に視覚的に楽しめる、いいかえればアーティスティックな要素が存在するべきだと考えています。いまはそうした、「芸術性」に寄与するツールもたくさんそろっていますよね。『皆殺しのバラッド』のときは、キャノンの5D、いわゆるデジタルの一眼レフで撮影をおこなっていたのですが、それは持ち運びに便利なことに加えて、高画質で映像を撮ることも十分に可能でした。そのような、日々進化していくツールを積極的に使いながら、芸術的に高いレベルの作品を作っていきたいと思っています。

撮影:シャウル・シュワルツ ©2013 Narco Cultura.LLC

――作中には数えきれないほどの人の死、また闘争が描かれています。なぜ、監督はここまで多くの「暴力」を描こうと思われたのでしょうか。

SS  暴力は悪いことで、許してはならないこと。そのような認識は誰にでもあると思うのですが、残念ながら私たち人間の、生活の一部でもあります。私自身も報道カメラマンとしてたくさんの暴力を見てきて、作品というかたちで発表もしてきました。しかしその中では、やはり「人はどうして暴力を生みだすのか」という疑問が、ずっと頭をもたげていたんですね。それは決して新しい問いではありませんが、観客一人ひとりに、そういった疑問を感じてほしいという思いがありました。それは暴力の意味について見直してほしいということでもあって、そこから世界が変わる、少しのきっかけが生まれればと感じていたんです。

また、「無力感」を見せたいと感じたこともあります。私自身、撮影中は暴力に対して無力感を覚えていましたし、そうした感覚は、メキシコの人にとっては日常的なものでした。観客にもそうした感覚を共有させるうえで、暴力の登場は不可欠なものだったんですね。そのふたつが、「暴力」を前面に出した大きな理由です。

――最後に、シュワルツ監督の映画監督としての次回作を含めた、今後の方向性についてお聞かせ願えればと思います。

SS  観客として作品に触れる方を、「絶対に行かないような場所」に連れていける作品づくりを心がけたいと感じています。それは閉鎖的な社会であったり、アンダーグラウンドの世界であったりするわけですが、観客にとって「知らない世界」に触れることはまさに映画を味わうことのひとつの醍醐味でもありますので、今後ともそれは意識していきたいと思っています。

長編ドキュメンタリーとしては、『トロフィー』という作品にすでに着手しています。これは「狩猟」というまさに知られざる、閉鎖的な世界を模索する物語です。狩猟の業界には闇があって、たとえば絶滅危惧種や、普通は「捕ってはいけない」動物についても、お金を出せば何でも合法化されるという実情があります。それをちょっと変わった観点から、今回『バラッド』で音楽という切り口から麻薬闘争を掘り下げたように、観客が「楽しめる」作品として制作していきたいと考えています。

【映画情報】

『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』
(2013年/103分/カラー/アメリカ・メキシコ)
原題:NARCO CULTURA

監督・撮影 シャウル・シュワルツ
製作  ジェイ・ヴァン・ホイ 、 ラース・クヌードセン 、 トッド・ハゴビアン
音楽  ジェレミー・ターナー
編集  ブライアン・チャン 、 ジェイ・アーサー・スターレンバーグ
出演 リチ・ソト エドガー・キンテロ
配給 ダゲレオ出版

公式サイト http://www.imageforum.co.jp/narco/

4月11日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

【監督プロフィール】

シャウル・シュワルツ Shaul Schwarz
1974年イスラエル生まれ・イスラエル空軍在籍時に写真を始める。除隊後イスラエルとヨルダン西岸の報道に身を投じる。現在ニューヨーク在住。2004年にはハイチ蜂起の報道により、2つの世界報道賞を受賞。2005年にはガザ回廊の入植者をテーマとした写真でペルピニャンの国際報道写真祭ヴィザ・プール・リマージュで最高賞ヴィザ・ドール賞を受賞。2008年ケニア暴動の報道写真でアメリカ海外記者クラブによりロバード・キャパ賞を受賞。アメリカのタイム誌、ニューズウィーク誌、ナショナル・ジオグラフィック誌などで作品をコンスタントに発表している。2013年、初のドキュメンタリー映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』をベルリン国際映画祭にてプレミア上映。

www.shaulschwarz.com