【Interview】福島の避難指示区域にひとり暮らす男を追った『ナオトひとりっきり Alone in Fukushima』 中村真夕監督インタビュー

ひとりの人間を通してみる 生きものと共にある福島の暮らし  

——編集についてもお聞きします。素直に繋がった感じですか?

中村 ほぼ時系列で、わりと素直に繋がりましたね。落としたり、入れ替えたところもありまでが、素材はほぼマックスで使っています。

一番気を使ったのは撮影上のことで、四季の移り変わりはハッキリ分からせたかった、というのと、動物の生き死にを描きたい、ということで、牛が産まれるタイミングに会わせて通うのが大変でした。そもそも意図的に種付けされているわけでもないから、いつ生まれるのかよく分からない。彼に聞いても、だいたいこの時期じゃない、という感じだから。たまたま1時間前に生まれて、子牛が胎盤をむしゃむしゃ食べている瞬間に出会えたんですけどね。

——筋書きを、ナレーションではなく、テロップを使って立てているのはなぜですか。

中村 私、もともとナレーションが好きではない、というのがあって。多分テレビの、ナレーションが全てという文化?絵本みたいに相手の言うことまで構成で書いて、相手の人にこういうふうに言ってください、みたいな作り方に抵抗があるんです。せっかく自主制作で作るのであれば、それはやりたくないなと思って。

今回はナオトさんというひとりの人間から街のことや、いろいろなことをみせていきたい思いがあったので、自分の目線をあまり入れたくはなかったんです。女性として放射線の多い地域に通っていいのだろうか、という自分の葛藤みたいなことも撮ってみたりはしたんですが、中途半端に自分を出してしまうと、話の決着をどうつけられるか分からない、ということで外しました。

——確かに、中村監督とナオトさんの関係で作られた映画ではありますが、自分を出さない選択肢もありうるんだなあ、と思いました。

中村 セルフ・ドキュメンタリーみたいに、自分と相手との関わりの中で描く手法もあると思うんですけど、今回はそれをすると、映画の方向性が分からなくなってしまうので。ナレーションが入ると、さらに第三の目線が出てきて、それって誰の目線?という話になるから、必要最低限の情報だけをテロップで入れて、あとはナオトさんの話で引っ張っていくことにしました。

——監督は劇映画を撮られたりもしますが、監督の中でドキュメンタリーの位置づけはどのようなものですか。

中村 学校でもシナリオを書いて短編映画を撮ったりもしていたから、基本は劇映画だし、今でも劇映画をやりたいと思って、いろいろ企画を立てているんですけれども。

私の中では、人間のありさまを見つめるという意味では、ドキュメンタリーも劇映画も一緒だなと思っていて、逆に劇映画で嘘くさい人間関係を描くぐらいだったら、本物の人間を見つめるほうが面白いなと思ったりします。

ナオトさんは、余計なことは言わないから、余白を読み取れる人なんですね。全部ワッと言っちゃう人には間髪をいれられないですけど、彼の場合、黙っている瞬間の表情を見つめているのが面白いんです。何かを言った後に不思議な顔をしていたり、言っている時の表情とか佇まいとか、あまり語らないんだけど何かを語っている、言っていることが全てでは感じが良いんですよ。そこを捉えるという意味では、劇映画とドキュメンタリーをあまり区別していないかもしれません。根本的に一緒なんじゃないかって思います。

——ナオトさんは朴訥な言葉で彼自身のことを説明はしているんだけれども、その言わんとするところは、こちらが想像してもいいことなんでしょうね。

中村 じゃあそれが全てかといえば、そうでもないんですけどね。語りきれてないことや、彼自身が言わないこともいっぱいあるんですけれども。佇まいや表情から伺いしるというのは、劇映画やドラマを見ているときの楽しみ方と一緒だと思っています。

舞台とかお芝居だと言葉で全部言うじゃないですか。でも映画は言っていないところが面白い。ナオトさんはおとなしく淡々としているけど、言葉にしていないところに何かが映っているという、映画的な人ではありますよね。

——最後に、日本人は忘却しやすい、とおっしゃられていましたが、ナオトさんと向き合って一番考えたことは何ですか。

中村 今、あそこは放射能汚染で汚れた地域だ、みたいに言われていますが、そこで生きている命は汚れないものではないかとずっと思っています。ナオトさんも含めて、ここで生き死にしている動物は、決して汚染されているものではないだろうということですね。

あそこで生きるってどういうことなのだろう、というのは、哲学的に考えざるを得ないんですよ。撮影期中も、そのことを映画に出てくる獣医さんと延々話をしたこともありました。あの人がいることで、一歩引いた外の人の視点で映画が見えてきますよね。ナオトさんを叱咤激励しながら、本質的なことを言ってくれる、貴重な方でした。

生きものの話からはじまって、映像的にはイトーヨーカドーとかイオンとかコヤマがある、日本の典型的な国道沿いの風景が崩壊しているところがあって。本当はのどかな村だから、放射能のことは忘れちゃうんだけど。人がいないだけで。きれいだし。だから何となく、最後はチェルノブイリの周辺の村のようになるんじゃないのかな、という暗示のような形で終わっているんですけど。

【作品情報】

『ナオトひとりっきり Alone in Fukushima』
 (2014年/日本/98分/カラー/HD)

撮影・監督・編集 中村真夕
音楽  寺尾紗穂

 4月18日(土)より、新宿K’s Cinemaにてモーニングロードショー
(連日10:00)
http://aloneinfukushima.com

【監督プロフィール】 

中村真夕(なかむら・まゆ)
コロンビア大学大学院を卒業後、ニューヨーク大学大学院で映画を学ぶ。2001年に文化庁芸術家在外研修員に映画監督として選出される。2006年、京都を舞台にした劇映画「ハリヨの夏」(主演:高良健吾、於保佐代子、柄本明、風吹ジュン)で監督デビュー。2006年釜山国際映画祭コンペティション部門に招待される。2011年、浜松の日系ブラジル人の若者たちを追ったドキュメンタリー映画『孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~』を監督。全国13館で劇場公開され、ブラジル映画祭ドキュメンタリー部門でグランプリを受賞。現在はNHKなどを中心にドキュメンタリーや 旅番組、震災関連番組のディクレクターとして活動する。