【連載】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜中野理惠 すきな映画を仕事にして 〜 第8話 text 中野理惠

ニューヨークのシネマ・フォーラム

 開拓者(フロンティア)たちの肖像
〜中野理惠 すきな映画を仕事にして

<前回(第7話)はこちら>

第8話 刺劇的な町 ニューヨーク

父が見送りにくる

成田には父が一人で見送りに来ていた。全く聴いていなかったので、どんなに驚いたことか。当時の父は60代後半。高校教師の職を定年前に退職し、住職として寺務に勤しんでいた頃だ。伊豆半島から成田まで、当時は5時間くらいかかったのではないかと思う。父は手荷物検査場を通ったあとも、私を見送っていた。

ニューヨーク 刺激的な町 

結果的に短期間になってしまったとはいえ、ニューヨーク滞在中は、毎日が刺激の連続だった。「ビレッジ・ヴォイス」(※①)を頼りに、フィルム・フォーラムやMOMA(ニューヨーク近代美術館)、リンカンセンターでの上映に通い、インデペンデント系のプロダクションに電話をしては訪ねて行き、ボストンまで行ったこともあり、また、取材のためにワシントンにも行った。

映画館ではマンハタンのNPO(nonprofit organization 非営利※②)の映画館、フィルム・フォーラムにもっとも通った。NPOの映画館があり、ドキュメンタリーを劇場公開していることに、まず驚いた。映画人と観客を育成する思想が、システムとして成立している!この経験は、ドキュメンタリーを劇場公開したいと思うようになったことの源にもなった。

ウィットニー美術館のトイレに、生理用品の自動販売機が設置されているのを発見し、日本にもあるといいいなあ、と思い、後に、「日経ウーマン」で東京と大阪の女性用トイレが、どれだけ女性に役に立つようにできているかを取材することに繋がった。

 ・フィルム・フォーラム
http://en.wikipedia.org/wiki/Film_Forum#/media/File:Theateroutsidepub.jpg

クリスティン・チョイ 

知り合った人の中では、アジア系アメリカ人フィルムメーカー、クリスティン(クリス)・チョイ(※②)とは、英語の単語が出てこなくなると、辞書を開いて当該単語をさし示し、時には漢字を書いて、話し込んだほど、気が合った。クリスとは、正確な年度は思い出さないが、山形国際ドキュメンタリー映画祭会場で、ばったり再会したものだ。

NPOのWoman Make Moviesにも訪ねて行った。女性問題の映画やビデオを配給している組織で、女性への性暴力をテーマとした映像作品をたくさん見せてもらい、ディレクターのデボラ・ジンマーマンさんとは、それから10数年後、1997年の第一回ソウル国際女性映画祭に二人共ゲストとして参加し、再会を果たした。

クリスティン・チョイ(2003年の山形映画祭で審査員として来日)

Woman Make Moviesのスタッフ 中央がジンマーマンさん


 ベティ・フリーダン テリー・ギリアム
全く通じなかった英語

活字でしか知らなかったベティ・フリーダン(※③)や、テリー・ギリアム(※④)が、小さな講演会や上映にも気軽に出席する姿を目の当たりにすることができた。話す内容はチンプンカンプンでも、熱心に語り、気軽に質問するアメリカ人を見るのは映画を見ているようで、面白かった。ベティ・フリーダンの時には、終了後、追っかけて質問したところ、じっと聞いてくれた後、I’m sorry. I cannot understand what you want to say. Today I am so tired”と言われたので、”OK, thank you very much” と言って頭を下げて帰ってきた。

テリー・ギリアムが長髪に洗いざらしのGパンで現れたことは覚えているが、何を質問したのかは覚えていない。だが、話しかけた記憶はうっすらと残っている。『未来世紀ブラジル』は、私の生涯ベスト10の中に入っていたからだ。ついでに書くと『12モンキーズ』も傑作であり、2本とも大好きな映画だ。


全米女性美術館

また、ある時、全米女性美術館がワシントンに開設されるとわかり、その準備室とコンタクトして、取材に行ったこともある。ニューヨークのラ・ガーディア空港に着くと、航空会社がスト中で、僅か数人がプラカードを持ち、抗議を口にしながら、空港正面前の植え込みの周囲を回っていた。ほんとうに小さな規模のデモだった。それまで見た日本のデモと違い、10人にも満たないデモは、権利意識や自分を主張する、と言った土壌について考えるきっかけともなった。今でも、抗議を口にしながら、小さな植込みの周りを、プラカードを持ちながら歩いていたメガネをかけた若い男性の表情を思い出すことができる。その航空会社のニューヨークとワシントン間の航空券が、1ドルで売られていたのに驚いただけではなく、訪れたワシントンの街を歩いていた圧倒的多数が、アフリカ系の人たちだったのにも、驚いた。全米女性美術館の取材記事は無事に済み、「社会新報」に1ページを割いて掲載していただき、「朝日新聞」でもインタビューに答えた記憶がある。

全米女性美術館のある建物

執筆した「社会新報」の記事(※クリックで拡大します)

町の想像力

英語を自由に使えて、おカネさえあれば、ニューヨークは退屈しない、と現地で知り合った日本人の誰もが言っていた。同感する。見たい映画が上映され、大好きな実験美術にも接することができ、活字でしか知らなかった人にも、その気にさえなれば会う機会がある。街を歩く人々の容貌は多種多様で、各地の食べ物を味わうことができる。グリニッジ・ビレッジを散策するのは楽しく、立ち並ぶ建物からは歴史を肌で感じた。人は町に育まれると知った。とてつもなく広くて深い<町の想像力>というものを感じたものである。ニューヨークは自由な町と映り、暮したいと思ったのも事実である。町というものの文化的蓄積について、しばらく後に知り合った山形国際ドキュメンタリー映画祭の矢野和之さんに話したところ、「ヨーロッパはもっとすごい」と言う。それで、パンドラを始めた後、スイスのロカルノ映画祭とドイツのマンハイム映画祭に行った。確かにそうだったが、ヨーロッパの豊かさの背景を思うと複雑だ、と現地から東京の友人たちにせっせとハガキを送ったことを思い出す。

(つづく。次は5月15日に掲載します。)

【注】

①  「ビレッジ・ヴォイス」“Village Voice”
ニューヨークの週刊エンターテインメント情報紙

②    クリスティン・チョイ Christine Choy
上海生まれの中国韓国系アメリカ人ドキュメンタリー映画監督

代表作に『誰がビンセント・チンを殺したか』(共同監督レネ・タジマ・1988年/アカデミー賞最優秀長編記録映画賞候補)他

③    ベティ・フリーダン Betty Friedan
アメリカのフェミニズム運動の草分け的存在。
「新しい女性の創造」(原題:The Feminine Mistique/日本語版発行は1965年/大和書房)

④    テリー・ギリアム Terry Gilliam
アメリカ生まれのイギリスの映画監督、アニメーター。イギリスのコメディグループ「モンティ・パイソン」のメンバーの一人。『未来世紀ブラジル』(1985年)『12モンキーズ』(1996年)

【プロフィール】

中野理惠(なかの・りえ)
㈱パンドラ代表。今年のGWは休暇の取り方次第では2週間近くになるので、その前までが締め切りの業務に追われている。初日が5月23日(土)「ゆずり葉の頃」岩波ホール、6月27日(土)<Viva!イタリアvol.2>ヒューマントラストシネマ有楽町、8月1日(土)『ソ満国境 15歳の夏』新宿K’s cinema、名古屋シネマスコーレ、大阪シネヌーヴォと続くためだ。この連休は、イタリア映画祭でなるべく多くの映画を見たい!

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