【Interview】『若さ』トム・ショヴァル監督インタビュー 東京フィルメックス2013上映作品

以下のインタビューは2013年、第14回東京フィルメックスの際に取材されたものですが、諸般の事情で掲載が大幅に遅れてしまったものです。関係者の皆様にご迷惑をおかけいたしましたことを、ここに深くお詫び申し上げます。
(neoneo web編集担当・佐藤寛朗)

東京・有楽町で開催された第14回東京フィルメックス。コンペティション部門の一作品として上映された『若さ』はイスラエルのトム・ショヴァル監督の長編デビュー作だ。

本作は2人の兄弟が引き起こした誘拐事件を軸にイスラエルの現代社会を描いている。中流家庭で育った兄弟ヤキとシャウルは、父の失業で自宅アパートを手放さなければならない状況に陥る。18歳を迎え、成人の仲間入りをした兄ヤキは兵役で軍に入隊し、銃を手に入れたことで転機が訪れる。銃を所持することは大人になった証でもあり、彼らが誘拐事件を起こす原動力ともなる。裕福な家庭の女性を誘拐した彼らは身代金を要求するために彼女の家に電話をするが、厳格なユダヤ教徒である彼女の両親は安息日には電話に出ない。映画が進行するにつれ、経済格差、兵役、宗教といったイスラエルの社会問題が浮き彫りになる作品だ。

シネフィルを自称するトム・ショヴァル監督は、黒澤明監督、小津安二郎監督などの日本映画も大好きだという。本インタビューでもその片鱗をうかがわせ、映画作りへのこだわりを見せてくれた。また、イスラエル社会についても語っていただいた。
(聞き手・写真/金子遊 聞き手・構成/宇野由希子 通訳/大倉美子)

「新しい貧困層」の誕生

――上映後のQ&Aでのお話を興味深く拝聴しました。この映画は監督自身の経験が元になっているというお話でしたね。監督には双子のように見た目も考え方もよく似た4歳下の弟がいらっしゃるそうです。また、イスラエルの中流家庭で育ち、経済不況に巻き込まれたことも映画の設定と通じるところです。

ショヴァル そうですね。父が25年間勤めた職場からリストラされたと知った時、私たち兄弟はまるで世界が崩壊していくような感覚を味わいました。両親は何でもない振りをしましたが、家の中に漂う不穏な空気は隠しきれるものではありません。私たちは今までの生活を変えなければいけない、という現実に直面しました。周りの大人たちは口を揃えて「これは一時的なものだから大丈夫」だと言いました。しかし、その「大丈夫」という言葉にもう意味はないんです。「大丈夫」と繰り返し口にすることで、両親自身もそんなに心配する必要はないんじゃないかと思い始めているところもありました。たとえば母が頑張って良い仕事に就けば何とかなるんじゃないか、などと楽観的な見方もしていました。でもそう都合良くはいきません。映画の中の兄弟ヤキとシャウルも、家庭内の張りつめた空気を肌で感じ、何とか以前の生活や秩序を取り戻そうと必死に行動します。

――日本人から見ると、ヤキとシャウルの家庭はそれほど貧しそうではなく、誘拐事件を起こすほど切羽詰まっているようには見えません。監督は「新しい貧困層が誕生している」とQ&Aで表現していましたが、中流階級の人々が今それだけ経済的に追いつめられていることの社会的背景を教えてください。

ショヴァル 今まで中流階級として生活してきた人に、突然別の生き方をしろと言うのも難しいことです。たとえ以前ほどお金がないと分かっていても、一度生活の質を落としてしまうと周囲の人に貧しい家庭だと思われてしまうかもしれません。自分たちも本当に貧困層の仲間入りをしてしまうのではないかという心理的な恐怖も大きく、そもそもそういうことを考えないようにしようという傾向があります。とはいえ、お金がないのに同じ生活水準を維持することはできないわけですから、当然綻びが出てきます。

映画の中でもそのようなディティールを描きました。たとえば母親は映画館で働く息子シャウルからバイト代を受け取ります。バイト代はたいした額ではありませんが、どんなに少額であってもお金を必要としている状況を示しています。それから、父親はタバコを吸う際に残りの本数を数えますが、これは1日に吸う数を制限しているからです。また、家の中で突然棚が倒れるシーンがあります。これは家が傷み、崩壊が進んでいることを意味しています。家族は忍び寄る貧困を必死で隠そうとしますが、それでも表面化していく過程を描きました。


理想と現実の葛藤

――2人は誘拐事件を起こしますが、誘拐した女性がバスの中で発見されそうになるなど、どちらかというと杜撰な計画でした。タランティーノやコーエン兄弟の映画のように、ヤキとシャウルが計画した犯罪は色々な綻びが出てきます。そのことが映画をスリリングにしているのではないかと思いました。この誘拐事件の部分のシナリオは、どのような発想と狙いから生まれたものでしょうか。

ショヴァル たしかに、あまりいい計画じゃなかったですよね(笑)。ヤキとシャウルは根っからの犯罪者ではありません。でも自分たちがやるしか家族を救う方法がないと信じている。だから、まさにタランティーノじゃないけど「映画を生きる」ようなやり方を選択します。どういうことかと言うと、弟のシャウルは映画館でバイトをしているし、兄弟が部屋に貼っているアクション映画のポスターやTシャツ、それにDVDは全て主人公自らの手で物事の解決を試みるストーリーの作品ばかりなんです。これは兄弟の内面世界を表していますが、彼らはそのような映画の中の男らしいイメージを実践しようとします。しかし、映画では何でも空想することができますが、現実はもっと厳しいもので、それほど簡単にはいきません。こういう現実と理想の葛藤は常にあることだと思います。それを描こうと思いました。

――誘拐された女性が地下室で「あなたのお兄さんが全部決めてるでしょう」と弟シャウルに言いますが、兄弟のキャラクターの描き分けが面白いと思いました。兄ヤキの性格は元々凶暴だったのか、軍隊に入隊してから性格が変化したのか、どちらでしょうか。

ショヴァル その両方です。まず、「大人の男になれないんじゃないか」ということが彼らが一番恐れていることです。イスラエルは男尊女卑的な発想がまだ残っている国です。特に男性の場合、一家の大黒柱として家族をまとめ、管理すべきだという考えが根強く在ります。しかし、彼らの父親は失業中で落ち込んでおり、男らしいとはとても言えません。彼らにとってみれば、哀れでどうしようもない父親であり、お手本にはならないわけです。父親のようにはなりたくない、と兄弟は考えています。また、イスラエルでは18歳で成人を迎え、男性は3年、女性は2年の兵役が課せられます。男性の場合、軍の訓練所に着くと銃を渡され、「今日から君は大人の男である。必要があれば国のために敵を殺さなければいけない」と言われます。兄のヤキは自身もそうありたいと強く願っています。だからこそ自分の力を誇示する機会を与えられると、それを暴力という形で衝動的に表してしまうのです。

――誘拐された女性が「あなたはアラブ人?」と聞き、「お前の母親がアラブ人だろ!」と兄弟が激昂する場面があります。Q&Aでも説明をされていましたが、そのシーンについてもう少し詳しく教えてください。

ショヴァル イスラエルは他国との軋轢や紛争が長く続いており、解決の糸口もまだ見えていません。そうした中、いかに自分の国を守るかということばかりに意識が向き、アラブ諸国を敵視する傾向が強いのです。政府も国民に対してアラブ諸国が悪いと喧伝しています。それを聞いて育った若い人たちは、何か事件が起こるとアラブ人の手によるものだと思い込んでしまう。そのいい例が劇中の誘拐された女性です。他に選択肢が思い浮かばないため、犯人はアラブ人だと思い、彼女はあのような言葉を言います。そして、言われた側の兄弟も馬鹿にされたように受け取ります。だから「お前の母親がアラブ人だろ!」と侮蔑の表現として返すのです。しかし、実際にはイスラエル人がイスラエル人に暴力を振るっています。この映画ではそのような現状を伝えたいと思いました。

『若さ』より 

▼page2 演技未経験者が役者になるまで に続く