【Review】建築の歴史を通じた魂の対話―石山友美『誰も知らない建築のはなし』 text 成宮秋仁

スーパードライホール(東京) 1989年 フィリップ・スタルク ©Tomomi Ishiyama

 一つのショットを連続で映すやり方は、クリス・マルケル監督の『ラ・ジュテ』を彷彿させる。重要で、意味深で、美しいショットの数々を繋ぎ合わせるだけでも、映画は成立する。映し出された複数の建築物は、映画の一部分として見事に機能していた。そして絵画と勘違いしてしまうほど、それぞれの建築物の造形は美しい。

インタビューを受ける建築の専門家たちの顔ぶれには注目すべき点がある。皆七十歳を優に超えているのに、皆一様に若々しくエネルギッシュで存在感があり、彼らの語り口や表情を観ているだけでも、十分に映画が面白く感じられる。安藤忠雄、伊東豊雄、二人を世界に紹介した磯崎新、海外からは、ピーター・アイゼンマン、レム・コールハース、チャールズ・ジェンクスなど、それぞれが語る建築に対する思い、建築の歴史の変遷、そこで起きた出来事に対するそれぞれの見解など、そこには、専門用語が何度も飛び交い、各人の言葉や思想の応酬戦としての一面が浮かび上がる。情熱的なエネルギーが、静かに少しずつ画面に伝わってくる。

インタビュー映像には一人しか映っていないのに、あたかも複数の人物が同じ空間にいるように錯覚する。それはそれぞれの人物が、他者の紹介や批評をすると、その話題に上がった人物が、また別の人物について話をするという編集手法にある。

まるでそれぞれの建築家が語る事柄が、別の建築家が語る事柄に影響を与え、それによって建築の歴史を紐解き、改めて建築の歴史を構築しているようにも窺える。

1982年に開催された建築家の国際会議であるP3会議の様子について、磯崎新、安藤忠雄、伊東豊雄、ピーター・アイゼンマン、レム・コールハースの話を通して掘り起こしていくシーンは、当時の白黒写真や参加者自らの具体的な回想と共に、非常に立体的に物語が形作られ、ほんの数分の説明で終わりながらも、その臨場感は凄まじかった。

これはそれぞれの建築家たちが抱く、他者である別の建築家に対する分析や批評が影響しているように窺える。特に日本と西欧における建築に対する思想や価値観の相違が濃厚に関係している。レム・コールハースが、日本人はコミュニケーションができていない自分たちのことを説明できない意思疎通の困難な存在と評しながら、独特なオーラを放ち、飽きることがなかったと分析したところは面白い。

また、安藤忠雄は、そうした西欧の分析や批評は、どうでもいいとばかりに自分の思い描いたビジョンに向かって直球に生きようとする。そうした彼の独自性も面白く知ることができた。もちろん、磯崎新や伊東豊雄も、それぞれに建築に対する別の価値観や思想を抱いている。

皆それぞれに違う。日本と西欧、エリートと異端、建築家がそれぞれ異なった価値観や思想を持ち、共有して、批判して、衝突する。この時代には、それらをダイレクトに表現する場があった。P3会議の様子を語り合うシーンは、その当時の建築家が、いかに思想的に、また行動的に自由であったことを象徴しているようにも感じられた。

建築評論家のチャールズ・ジェンクスのインタビューからは建築の歴史において世界共通の認識があったことが示される。それは日本が近代主義建築からポストモダン建築へ変容するかっこうの土壌として最適だったことである。バブル経済という当時の社会事情も手伝って、数多くのやりたいことや試したいことができる条件が容易に整いやすかったからだ。磯崎新が仕掛けたコミッショナー・プロジェクトの成果もあり、多数の人気建築家も誕生した。同時にピーター・アイゼンマン流に言うとキッチュな、異様な建築物も多数建築され、その評価は賛否分かれた。安藤忠雄や伊東豊雄が、その何でも試せる土壌で、自分の表現したい世界を創造してきた事実もあった。ポストモダン建築の主舞台となった日本では、実験的だが粗製濫造もあり、創造的だが、ある意味では自分の世界に籠もってしまう自閉的な側面も窺えた。また、日本のポストモダン建築の成果が、バブルが崩壊し、二度の震災に見舞われて閉塞してしまった日本の現状と、密接な繋がりがあることも説明される。

『誰も知らない建築のはなし』より 伊藤豊雄 ©Tomomi Ishiyama

冒頭で伊東豊雄が述べた日本の建築事情に対する絶望感は、このポストモダン建築が試し尽くされた現状から生まれているように窺えた。もう試せる土壌がないのだ。

チャールズ・ジェンクスは、建築家は小さな存在だと語る。建築家は社会の事情によって、仕事も変容せざるを得ない。アーキテクトであって、アーティストではいられない。逆に時代の流れがアーティストである建築家を求めれば、建築家は再び自分なりの創造できる土壌で建築が可能になる。しかしその土壌は、現在の日本には存在しない。

それは国や企業の社会的事情、また経済的事情がそうさせる。ゆえに、かつてのバブル経済を彷彿させる中国にフィールドを変えた磯崎新の行動は必然的といえる。そして個人的な世界観を大切にする作家性の強い安藤忠雄や伊東豊雄は地域や社会に貢献しつつ、自分の表現したい世界を創造しようとする新たな思想を元に行動するようになった。これも必然的なことだといえる。

こうしたそれぞれの建築家の思想や行動の変遷を的確に西欧的に語り論じたレム・コールハースの視点も鋭く興味深い。また、彼は、伊東豊雄が絶望的であると語った現代の建築業界の事情とその仕組みにより、マニュアルによって建築された日本の建築物を、特徴もなく主張もしない、それでも機能的に洗練され、むしろそこが美しいと語る。さらに彼は、今の自分の建築の方向性は、現代の日本の建築に影響されていると語る。各人の視点や価値観の違いが、それぞれの国の建築の歴史を動かしたように窺える事実である。

日本と西欧、それぞれに視点や価値観が異なりながらも、彼らは、やはりそれぞれに過去から現在、そして未来の建築について、真剣に語っていた。映画の終わりまで、彼らは決して同じ画面に集うことはない。しかしそれぞれの記憶や想いの中で、建築の歴史を通じた魂の対話を果たしていた。

本作は建築の専門家、それぞれの思想や価値観、分析や批評の魂の対話劇として成立している。そのため、映画としての着地点は設けてはいない。建築に対するさまざまな感情は、日本と西欧でも違うし、個々人によっても違う。群像劇にも捉えられる表現手法が、そうした多角的な視点で「だれも知らない建築のはなし」を知っていくことを可能にし、建築という歴史に深い奥行きを与えた。

『誰も知らない建築のはなし』より 磯崎新 ©Tomomi Ishiyama

【映画情報】

『誰も知らない建築のはなし』
(2015年/カラー/16:9/73分/ドキュメンタリー)

監督:石山友美
出演:安藤忠雄 磯崎新 伊藤豊雄 ピーター・アイゼンマン チャールズ・ジェンクス レム・コールハース 中村敏男 二川由夫 藤賢一 生田博隆
ナレーション:カズオ ギエルモ ペニャ
インタビュー:中谷礼仁 太田佳代子 石山友美
撮影:佛願広樹 編集:佛願広樹 石山友美
証明:草彅秀興 桝谷滋威 録音」臼井勝 光地卓郎 Diego Van Uden Stephen Lee Danial Neumann
原題:Inside Architecture –A Challenge to Japanese society
制作:第14回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館政策委員会、P(h)ony Pictures
配給:P(h)ony Pictures
配給協力・宣伝:プレイタイム

★シアター・イメージフォーラムにて公開中!ほか全国順次公開

公式サイト→http://ia-document.com

【執筆者プロフィール】

成宮秋仁 Akihito Narimiya
1989年、東京都出身。介護福祉士&心理カウンセラー。専門学校卒業後、介護士として都内の福祉施設に勤める。職場の同僚が心の病を患った事をきっかけに心理学に関心を持つ。心の病に対して実践的な効果が期待できるNLP(神経言語プログラミング)を勉強。その後、心理学やNLPをより実践的に学べる椎名ストレスケア研究所の門戸を叩く。その人が元気になる心理カウンセラーを目指し、勉学に励む毎日。映画は5歳の頃から観始め、10歳の頃から映画漬けの日々を送る。
これまでに観た映画の総本数は5000本以上。文筆活動にも関心があり、キネマ旬報「読者の映画評」に映画評が何度か掲載される。将来の夢、映画監督になる。

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