【ワールドワイドNOW★カンヌ発】カンヌ国際映画祭マーケット「マルシェ・ド・フィルム」を訪ねて③[最終回] text 植山英美

*第1回、第2回はこちら。

|「審査は批評家のためではない」(コーエン兄弟)

大手国際セールス会社ワイルドバンチの取り扱い作品が、カンヌ・コンペティション、ある視点、監督週間、批評家週間、ミッドナイト、と主要部門のうち、12作品に及んだ。ジャック・オーディアール監督作品『DHEEPAN』のパルムドール受賞に対して、批評家や記者らがブーイング。大論争を巻き起こし、審査委員長のコーエン兄弟が「審査は批評家のためではない」とのコメントを出すにいたった。

今年の最大の珍品と評されたヴァレリー ドンゼッリ監督の『Marguerite & Julien』のコンペ出品に始まり、凡作と不評を買ったエリ・ワイマン監督作品『Anarchists』が批評家週間のオープニングを飾った。
評判がよかったホウ・シャオシェンの『黒衣の刺客』は監督賞、マイケル・フランコ『Chronic』が脚本賞、ルーマニアのコルネイユ・ポロンボイユ監督の『The Treasure』はある視点部門のある才能賞を。監督週間の劇作家・監督・作曲家協会賞にアルノー・デプレシャンの『My Golden Days』が受賞。これらすべてがワイルドバンチが担当しているので、何か強力な力が働いているのでは、と勘ぐりたくなる快進撃だ。是枝裕和監督の『海街diary』もこちらの担当だ。ワイルドバンチは他にもスタジオ・ジブリ作品や若松孝二、中島哲也の作品も担当している。

 

ジャパン・パビリオンではネットワーキング・カクテルも行われた

 

同じくフランスの国際セールス会社 mk2 (エムカドゥ)はある視点部門の河瀬直美監督の『あん』、黒沢清監督『岸辺の旅』を担当した。また『DHEEPAN』の共同セールス会社、セルロイド・ドリームスは北野武監督を見出したことでも知られ、日本映画と関わりが深い。

国際セールスとは、早い話が代理人だ。世界中の配給会社と劇場配給権やDVD販売、テレビ放映権などについて交渉し、販売する。その価格をより釣り上げるために、映画祭への出品は不可欠だ。彼らはもちろん映画祭ディレクターらと強いパイプを保っており、映画祭にしても、大手に任せておけば、常連監督の作品を、ある一定の水準を保って届けてくれ、レッドカーペットを飾るスターたちの参加を勝ち取ってきてくれる信頼できる存在だ。また新人発掘にも長けているので、その辺りの情報も持ってきてくれる。ウィンウィンの関係なのだろう。

新人発掘を目的のひとつに掲げる監督週間や、監督作2作目までが選定基準の批評家週間ならば、プログラマーの目に止まって、というシンデレラストーリーも可能だろうが、コンペとなると、まず大手の国際セールスが窓口になっていないと難しい。この傾向は年々顕著になっており、ベルリンならば、ドイツの大手マッチファクトリーやフィルムブティックの担当作品が強いとされている。カンヌは特に巨額だが、どの映画祭も国が多額の助成金を寄与しているので、できれば自国のセールス会社で枠を埋めたい、との力学が働いても仕方がないことかもしれない。あくまでも勘ぐりの範疇だが。

『フリーダ・カーロの遺品』ポスターもエスカレーター横に

 

|日本映画の存在感

さて、かようにワイルドバンチ担当作品が席巻した今年のカンヌ映画祭だったが、日本映画は間違いなく目立っていたように思う。三池崇史監督の『極道大戦争』の監督週間での特別上映や、深作欣二『仁義なき戦い』、溝口健二監督『残菊物語』もクラシック部門に出品され、2作品ともデジタル修復版で上映され、大きな話題となった。経産省が主なスポンサーのジャパンデイ プロジェクトがパーティを行ったことは前回レポートしたが、こちらが主催し、「日本映画・新作プロモリール」をマーケットにて上映し、25社47作品の予告の一挙上映を行い、満員御礼となった。『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』も参加した。

『仁義なき戦い』ラップポスター(パレ)

前回レポートでも伝えたが、パビリオンもパーティもありがたい。プロモリールの上映はたいへんに助かる。他にもリビエラ会場とメイン会場のパレをつなぐエスカレーターに、ジャパン・ブース参加作品のポスターの展示も行ったが、これもよかった。日本というGNP世界第3位の国が、これらへの参加が資金難という言い訳を使えないのは、当たり前の話しではあるので、省や庁が主体になっていたとても、存在することが重要だ。パーティは3年振りだが、そもそもその5年続いたパーティはある個人が大口の寄付をし、なりたっていたものだから、長く続けるのには、官が主体になってくれないと困るのだ。

日本映画の世界進出の重要性を説い初めて、いったいどれくらいの年月が経ったのかわからないが、是枝裕和監督を始め、河瀬直美監督も黒沢清監督も大手のセールス会社がついての出品。日本のメジャーは国際部を内包しており、往々にして映画祭への出品に非協力的だとの評判だ。ヨーロッパの大手セールス会社は個人企業で、たいがいカリスマ社長の存在で成り立っている。一方日本のメジャーは4年ほどで担当が変わったりする。コネクションや信頼関係で成り立っているこの業界では苦戦を強いられるのではないか。

映画祭の重要性はいまさら語るべきものではないが、出品は上映料をもらうのが目的ではない。カンヌの場合であればなおさら赤字でしかない。しかしそこで世界での作品のセールス金額が上がるのは、常識であり、業界の共通認識であるはず。「国内での動員に影響がないから」との話しもよく聞く。もちろんそうだろうが、デビュー作から目をつけ、囲い込み、監督作品の価値をだんだんに上げていき、その監督が生存している限り儲けつくす、文字にすればアコギだが、一生付き合い、互いに利用し合うのが、国際セールス会社の存在意義だ。
日本のメジャーは一本一本で関わるシステム。大手の国際部のメンタリティを変えないと、世に出るべき作品も世界に出れないのでは、という危惧を感じてしまう。

盛り上がる ドキュメンタリー・コーナー(DOC CONNER)

 

|ドキュメンタリーの強み

さて一方、カンヌ映画祭でのドキュメンタリーはどうだろう。
ミッドナイト部門に上映されたエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー『Amy』は話題になった。他にも、『Beyond My Grandfather Allende』というチリのドキュメンタリーが監督週間で上映され、アウトオブコンペティション部門に『Ice and the Sky』という1957年に南極大陸の研究に従事したクロード・ロリウスという人物に焦点を当てたドキュメンタリー作品が上映された。カンヌクラシック部門では、映画に関する9本のドキュメンタリーが上映された。

世界的なミニシアター不況において、ドキュメンタリーは強さをみせているのではないか、というのが関係者のおおまかな見方だ。ドキュメンタリーならば、TVに売れるし、VODでも強い。日本映画が、例えばフランスのテレビに売れるのは、3大映画祭の受賞作品などに偏りがちだが、ドキュメンタリーならばテーマに話題性があれば売れる可能性もありえる。

今年のカンヌ・マルシェのドキュメンタリー・コーナーはかつてない盛況をみせた。ドキュメンタリー専門のセール会社も増えているし、ニッチな需要だけではなくなってきているのは確かだ。ただ映画も産業。「これはお金になる」となればもっと栄えるし、品質も向上してくる。『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』の全米ヒットや、『アクト・オブ・キリング』の世界的ヒットは市場を動かしたし、制作費の底上げにも一役買った。だが、『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』のプロデューサーはアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞・受賞のため、大規模なPR作戦を敢行し、「宣伝費に多額の経費を使った」と公言しているなど、金がものをいう時代に突入しているのでは、との危惧もある。
ドキュメンタリーは社会的意義があればこそで成り立っている。今まさに転換期。
来年のカンヌ・マルシェでのドキュメンタリーの位置は、果たして。(了)

 

フリーダ・カーロの遺品』海外版ポスター

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|プロフィール

植山英美 Emi Ueyama
兵庫県出身。20年以上を米国ニューヨーク市で過ごし、映画ライターとして多数の国際映画祭にて取材。映画監督、プロデューサー、俳優などにインタビュー記事を発表するかたわら、カナダ・トロント新世代映画祭・ディレクターを務める。2012年日本帰国後は、映画プロ デューサーとして活動中。英語、スペイン語に堪能。