【Review】美は何処にありや ーー松本貴子監督 『氷の花火 山口小夜子』 text 越後谷研

©2015「氷の花火 山口小夜子」製作委員会

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元の神話にはーー少なくともブルフィンチが書き記したそれにはーー、ピュグマリオンと生命を得た彫像の間に葛藤はない。そこが作者・松本の誤算だったのだろうか。人形のように完璧を求めた作者は、少々やり過ぎたようだ。

実際は映画で確かめて欲しいのだが、作者は映画のクライマックスにひとつのイベントを用意する。それは、参加した者たちの興奮した表情からも確かなように、想像以上の成功を収めたようだ。しかしそれは、わたしにはあまりにも残酷な物語のように感じられた。まるで(こう書くとある程度察しがついてしまうかもしれないが)ヒッチコック『めまい』(58)のように。作者が操作した物語は、ピュグマリオン神話のアナザー・バージョンである『めまい』に、あまりにも似ている。このシークエンスは、映画としてあまりにもスペクタクルに過ぎるのだ。

作者の人形遊びは、ドールハウスのなかで完結してしまったのだろうか。周囲の人々を巻き込んで、作者の望む〈物語〉として閉じてしまったのかーー。

そうかもしれない。しかし、それでもなお、この映画は開かれている。観客に対しても、作者自身に対しても。そのファクターとなるのが、作者が操作したもうひとつの物語(いや、最初の物語というべきだろう)である、冒頭から描かれた遺品の開封作業である。

わたしは先に、山口のプライベートをよく知る人物が登場しない、と書いた。しかしそれは、最初から登場していたのだ。山口が在籍した服飾学校の後輩たちによって開封される遺品たち。この遺品たちこそ、誰よりもよく山口を知るものではないか。もっとも身近にいたものは、間違いなくあの服やアクセサリーや人形や本たちである。しかし、主を失ったものたちには、ただ沈黙があるだけだ。遺品が並べられた小さな部屋は、ぽっかりあいた真空のような、永遠に埋められない謎だ。

作者は、遺品たちに「深呼吸させたかった」と語る。この〈もの〉に対する愛情が、出来すぎの物語で埋められたグロテスクな現実に堕してしまわない、〈想像力の余地〉を担保させたのかもしれない。

それは、一人の女性の謎であると同時に、映画そのものの謎でもある。なにしろ、服が着るひとを選ぶなら、人間のほうが人形に使われているのなら、これらの〈もの〉たちこそが、主なのかもしれないではないか。これらの〈もの〉たちこそが、主役かもしれないではないか。


山口小夜子は、「ピストルオペラ オフィシャルハンドブック」(01/リトルモア)に収録されたインタビューで、以下のような発言をしている。

「(鈴木清順)監督は映画のなかで、私たちの仕事とも共通する繊細なーー完璧なと言ったらいいかなーー感性を発揮されていて、しかも、すべて完璧じゃ美しくないんですね。どこかが壊れてないと、その壊れてる部分を大事にしていらっしゃるから、『ああ、凄いな』といつも思ってました」

ーーやっぱり完璧だと、美というのは駄目ですか。

「駄目だと思います。やっぱり、余白、人に想像させる何かーーというのはつまり、脱構築じゃあないけど構築される以前、あるいは構築されたものが壊れていく状態ーーそこに美しさがある。完成された美ももちろんあるんだけど、でもそれだけではただの美しさになっちゃうのかな」

山口は、完璧が陥る危うさを理解していた。『めまい』のピュグマリオニズム(人形愛)のように、完璧さが悲劇に繋がることに気付いていた。

アーカイブ・インタビューで、山口は〈美〉についてまた別の発言をする。それが含意するものは、なんだろうか。



作者は山口小夜子を〈月〉に例える。夜空に浮かぶ〈月〉はその存在によって地球に大きな影響を及ぼし、そのイメージは古来より様々に例えられてきた。満ち欠けを繰り返すことから不老不死の象徴とされる一方、死の世界、黄泉の国とも捉えられた。夜を照らす篝火であり、美しい宝石でもあるが、謎を秘めた迷宮や狂気を表すものでもあった。ロマンティックでありルナティック。手を伸ばせば届きそうなのに、永遠に手に入らない憧れ…。

ひとりの人間の実像。それがどのようなひとであれーー有名であろうと無名であろうとーー、他者が十全に捉えることなど、できるはずがない。映画もまた同じである。

その絶対の不可知性を、作者は提示しているのだ。


わたしは山口小夜子を知らない。



「人間に恋はできなくとも、人形には恋ができる。人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生物。」
ーー江戸川乱歩

 

 【映画情報】

 『氷の花火 山口小夜子』
(2015年/日本/97分/BD/カラー)

監督:松本貴子
プロデューサー:於保佐由紀
撮影:岸田将生
音楽:久本幸奈    音楽プロデュース:井田栄司
編集:前嶌健治    EED:石原史香 整音:高木創
制作・配給:コンパス 宣伝:ビーズインターナショナル
協力:パルコ 特別協力:資生堂/オフィスマイティ

10月31日(土)より、シアター・イメージフォーラムにてロードショー
ほか、全国順次公開

http://yamaguchisayoko.com/

©2015「氷の花火 山口小夜子」製作委員会

【筆者プロフィール】

越後谷 研(えちごや・けん)
neoneo嘱託。DTPオペレーター、他。オーソン・ウェルズ生誕100年特集上映の規模の小ささに愕然とするなか、大山デブ子も同い年だと知ったからといって、何ほどのこともない。

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