【Review】東海テレビドキュメンタリー特集① 権力からの弾圧下の日常をとらえる 『ヤクザと憲法』text 小林蓮実

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ヤクザも人間?
それとも殲滅か収容なのか?!

 『ヤクザと憲法』のビラをずっと持ち歩いていた。2016年1月2日、舞台挨拶もあり、「初映画」はこれにしようと決めた。

 注目の「東海テレビ」ドキュメンタリー作品。阿武野勝彦氏の作品としては、戸塚ヨットスクールを取り上げた『平成ジレンマ』、伊勢の式年遷宮にまつわる場や人に会う樹木希林さんを追った『神宮希林 わたしの神様』を観ている。彼が本作のプロデューサーだ。

阿武野氏は、愛知県警察本部刑事部捜査二課(知能犯関連)・四課(暴力団関連)の担当記者になった圡方宏史氏より、「暴力団、ヤクザが撮りたい」といわれたという。上映前の舞台挨拶では、「報道部でそんなこというのはこの人くらい。暴力団対策法があり、また暴力団とほとんどかかわりをもたないという契約書を交わしているのが放送局」と語っていた。また、「戸塚ヨットスクールの戸塚さんは教育者、『死刑弁護人』という作品も取り上げたのは弁護士。でも、極道は極道で、作品にとっての『決めぜりふ』がない。だから、やらないほうに圡方を誘導するつもりだった。それでも彼らも人間と、人間に立ち戻れるか、わたしたちは試されている。もしくは彼らを殲滅してしまえ、収容しろ、なのか……」とも阿武野氏は口にした。

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ヤクザの日常と葛藤、等身大に描く

取材の開始とルールの設定、ヤクザの起源や変遷などに触れながら、おもむろに作品がはじまる。事務所に入ったカメラはさっそく、素朴な日常や人となりをとらえていく。そして、「ヤクザらしさ」を想定していたテレビ関係者が、「テレビの見過ぎじゃないですか」といわれるなど、大変ユニークなシーンもある。

1985年、山口組系と大阪に本部を置く「二代目東組二代目清勇会」の抗争に、一般人が巻き込まれて死亡した。これが前出の暴対法創設のきっかけといわれているが、調べたところ、「トップの指示でやった」と供述した実行犯も権力に利用されたようだ。いずれにせよ、「二代目清勇会」会長・川口和秀は15年の実刑判決を受け、22年余の長期服役を2012年12月に終えた。暴対法は91年に制定され、「二代目東組」も指定暴力団とされた。

組員は、警察庁発表によれば、91年に構成員と準構成員等をあわせて91,000人いたのが、2014年には53,500人と40,000人近くも離脱している。暴対法に加え、地方公共団体の暴力団対策条例の影響とおもわれる。

本作に戻る。川口会長なじみの、新世界の飲み屋の女性は、「ヤクザが怖かったら、新世界で生きられへんで。この人らは守ってくれる。警察なんて守ってくれへん」と口にする。かつて塗装業を営んでいた組員は、「いちばん苦しいときに助けてくれたのが兄貴。苦しいとき、誰か助けてくれます? 実際、誰も助けてくれないんですよ」という。帰化せず選挙権をもたないオジキもいるが、川口会長をはじめ選挙に行く組員もいる。決意を語る青年からも、これまでの彼の人生の困難がほの見える。

また、山口組の顧問弁護士・山之内幸夫は、社会から堕ちた人の苦しみと彼らのもつエネルギーに惹かれたと語る。山之内弁護士自身も、2014年、大阪府警に逮捕・起訴されてしまう。

川口会長は、暴力団対策条例で実害をこうむった事例について、ヤクザとその家族からアンケートを収集していた。子どもが幼稚園に通えない、銀行口座がつくれず給食費が引き落とせないが、手持ちにさせると親がヤクザであるとわかってしまい子どもにまた影響が及ぶ。社会全体から目をつけられているため、何かと問題が大きくされやすい……。

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人権とは、本来なんであるのか

パンフレットには、宮崎学氏、森達也氏などのコメントも寄せられている。青木理氏はドイツルター派の牧師ニーメラーの「彼らが最初に共産主義者を攻撃したとき」で始まり、ナチスの迫害が自らに及ぶ際には「私のために声をあげる者は誰ひとり残っていなかった」で終わる警句(詩)を紹介している。

筆者は「社会の裏側」を垣間見ることがあり、日の当たる場所で生きられない人間への共感もある。また、暴対法にきな臭さをずっと感じていた。さらに、あの救援連絡センターの二大原則である「国家権力による、ただ一人の人民に対する基本的人権の侵害をも、全人民への弾圧であると見なす。」「国家権力による弾圧に対しては、犠牲者の思想的信条、政治的見解の如何を問わず、これを救援する。」に関し、筆者もお世話になっているセンターの方からよく話を聞いている。そして、それに強い共感を抱いている。

「特定の人を助けるために他の人を犠牲にすることは許されるか」という倫理学の思考実験である「トロッコ問題」、「人を殺すことで、より多くの人を助けるのはよいことか」という思考実験である「臓器くじ」も想起。善悪のレッテル貼りを疑問なく受け入れ、ヤクザや犯罪者に人権は不要であると単純にしてよいのかどうか。憲法が犯されんとする現在、改めて人権のもつ真の意味を考えたい。

過激だったりエンターテインメントに富んだりするようなシーンがほとんどない本作だが、緊迫感のあるシーンも存在する。個々のつくりての息づかいや撮影対象との距離感を常に体験できるのは、これまでの彼らの作品と同様だ。その器用になりきらない作風を好ましくおもう。実は、すべて計算ずくかもしれないが——。

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【映画情報】

『ヤクザと憲法』
(2015年/96分/HD/日本/ドキュメンタリー)

※写真は全て©東海テレビ放送

プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:村井清秀
音楽プロデューサー:岡田こずえ
撮影:中根芳樹

音響効果:久保田吉根
編集:山本哲二
監督:圡方宏史

製作:配給:東海テレビ放送
配給協力:東風

公式サイト→http://www.893-kenpou.com/

ポレポレ東中野ほか、全国順次公開中(詳細は公式HPをご覧下さい)

 【執筆者プロフィール】

小林蓮実(こばやし・はすみ)
 1972年千葉県生まれ。ライター、エディター。現在、フリーランスのための「インディユニオン」書記長で、組合員には映像やWeb制作者も多数。友人にも映画関係者が多く、個人的には、60〜70年代の邦画や、ドキュメンタリーを好む。近年、『週刊金曜日』『紙の爆弾』『労働情報』や業界誌などに映画評や監督インタビューも執筆。労働運動にとどまらず、広く社会運動、オルタナティブの活動にも参加している。『neoneo web』では過去にも、人権を問うような作品の映画評などを執筆。

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