【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第16回 『あゝ‼ この一球  近藤唯之がつづるプロ野球近代名勝負』


ナレーションと実況の、真っ向勝負

近藤唯之の話が長くなった。それだけ、濃い人が構成したレコードなのだ。
ナレーション主体の聴くメンタリーにはよく用意されているBGMが、本盤には一切ない。演出というより、俺の文章がすでにうたごころを宿しているのだから音楽は邪魔だ、なプライドを感じる。
それに思いのほか「再現放送」=アナウンサーが当時の実況の体で録音し直したもの、が多い。
ふつうは保管されており、使用可能な音声があって初めて構成を考える。無いなら無いで良い、俺が書きたいものを優先する、と言わんばかりの作りは、ジワジワと面白い。
要は、〈耳で読む近藤唯之の新刊〉と呼んでいいほどの強い色がある。

しかし。そう感心しながら何度か聴くと、どちらかといえば従の立場で組まれている本物の実況が、本物であるがゆえに、力を持ってこちらに迫ってくる。

 場内アナウンス「四番サード、長島」
(20秒近く、どしゃぶりのような歓声)
実況「5万観衆が総立ちになり、手を打ち、手を振り、声を嗄らして……。長島茂雄の最後のバッターボックスに声援を送ります。プロに入って17年間、9201打席目。現役生活最後のバッターボックスに入りました長島。マウンド上の佐藤、第1球目を投げました、打った三塁線ファウル(歓声、いったんピークに)長島の一振りに、場内の歓声が一段と高くなります。17年間、毎日毎日の、プロ野球の熾烈なペナントレースに、長島の試合に、長島の一打席に、プロ野球の醍醐味を味わい……(手拍子が盛り上がり、聞き取れず)生活を彼とともに送ってきたファンがいかに多かったことでしょうか。
場内の拍手歓声に長島、しばしバッターボックスに入れません。おそらく彼の胸中にも、万感こもごも去来していることは間違いありません。17年間の、最後のバッターボックスです。
第2球を、投げた打った、ショートゴロ正面、(歓声で聞き取れず)一塁へ転送、ダブルプレー。しかし長島、最後まで全力を振るって打ち、最後まで全力を振るって走り、最後まで全力を出して守りました」

あまりに試合後のスピーチが有名なので、今まで気に留めていなかった、1974年10月14日、長島茂雄最後の打席の実況。
起こしてみると、これ、素晴らしい。アナウンサーはTBSのスポーツ中継を長らく引っ張ってきた、渡辺謙太郎だ。歯切れがよくって、9201打席目なんて数字の入れ方も気が効いていて。この実況だけでも、語彙の引き出しが相当なことは分かる。
その声が、最後の打席を伝える緊張と寂しさで上ずり、だが絶対に感傷に崩れてはいけない、と芯の強さで律されている。〈近藤節〉と好一対。

渡辺謙太郎氏も、昭和のプロ野球の良き伝え手として人気があった。
本盤の前半は「再現放送」が多い分、文才漲る名記者がロマンでつづったナレーションのほうが強い。
ところが後半、時代が下るほど、その場の興奮から生み出た詩を掴まえては消え去る前に言語化する、名アナウンサーの実況が鮮やかに耳に入ってくる。どうかすると、ナレーションのほうが従になる。

これはもしかしたら、近藤にとっては計算外の効果で、同業ではない渡辺にライバル心さえ抱かせるものだったかもしれない。いや、近藤はそういう男だ、尊敬できる相手にこそ勝ちたいと燃える男だ。そう考えるべきだという気さえする。
記者とアナウンサー、言葉で勝負する男同士がダイヤモンドを巡って、一歩も譲らぬ好勝負を演じた1枚。いいレコードです。




盤情報

『あゝ‼ この一球 近藤唯之がつづるプロ野球近代名勝負

1977年/RCA/2,000円(当時の価格)

若木康輔(わかきこうすけ)
1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。今回は、かなり久々にプロ野球に思いを馳せました。まさに長島最後の試合が、記憶する最初に見た野球中継だったことも合わせて、ちょっぴり感慨。文中に出てくるビデオのうち、Number Video『熱闘!日本シリーズ』だけはDVD化されたんですよね。お見知りおきを……。http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968

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