『ラン・ローラ・ラン』公開ごろの筆者
開拓者(フロンティア)たちの肖像
中野理惠 すきな映画を仕事にして
第31話 『ラン・ローラ・ラン』
<前回 第30話はこちら>
共同配給を持ちかけられる
今考えると「ぜひ、日本ではパンドラに配給してほしい」と売り込まれていたことになるのだが、当時はそれを理解できなかった。マイケルには「すごい面白かったよ」と感想を伝えただけだった。聴いた彼は、私からの具体的オファーを待っていたに違いない。
日活の作田さんにマイケルの意図を解説してもらったこともあり、パンドラで買い付けようと決め、オファーの内容を考え始めていた。すると、同業者コムストック (パンドラの数十倍規模)さんの買い付け担当の新開さんが、
「コムストックとの共同配給はどうか」と持ちかけてきた。
コムストックの中川社長は、私とは逆で、ビジネス大好きで知られた人物。水と油のような組み合わせだ(後日、実際に多くの同業者から「どうして?」と問われている)。
「いいですよ」二つ返事で答えた。
実は飛び上るほど嬉しかった。なぜなら、いきなりこのような“大物”をパンドラ単独で手掛けるのは不可能だ、と危惧していたからだ。買い付け額が大きくなると、日本での配給規模も大きくしなければならないので、たいていは出資者を募り、映画製作の場合のように<委員会>方式をとる。パンドラにも私にもその経験や人脈がなかったからだ。
トロントと日本でそれぞれ交渉
新開さんは私がマイケルに提示しようとしていた買い付け額を知るや、
「え、そんな、随分低い!それで決まればいいけど」と言う。
いかに同業者の動向や買い付け競争と無縁に、10年間近く過ごしてきたかを実感した。新開さんの助言を受け入れてマイケルに提示する一方で、新開さんは日本の中川さんと何やら国際電話で話し合っていたようだ。
深夜の電話
すると、恐らくマイケルから聞いたのだろう、映画祭に参加していた日本人から、
「日本配給に出資したい」
との電話が、宿泊しているホテルの部屋にかかる。熟睡中の夜中の3時に鳴った電話には、正直なところイヤになった(第28話参照)が、知り合いでもあるし、当人も業務出張である以上、手ぶらでは帰国できないだろうから、
「コムストックの中川さんに日本の座組みはお任せしていますから、あちらと話してください」と答えた。
結果として、この作品への出資者を中川さんが数社集めてくれた。このような方法は初めての経験だったが、こういうこと(競争)は苦手だ、と改めて思った。
wir machen , we make
そのようにごちゃごちゃしていた(とはいっても僅か2,3日のことであるが)トロント滞在中のある晩11時すぎ頃だったと思う。マイケルからホテルに電話があり、
wir machen , we make
と、最初はドイツ語、次は英語で言ってきたが、what? としか反応が出来なかった。なぜなら、契約が成立することを意味する表現だと知らなかったからだ。電話の向こうの声を今でも覚えているから、よほど、新鮮だったのだろう。もちろん、マイケルは丁寧に説明してくれた。
一部の出資以外、すべてをお任せ
日本に戻り、スタッフに
「契約するのはパンドラだけど、一部出資と、ドイツ及び日本国内のドイツ関係者との交渉やお付き合い、ドイツ企業とのタイアップだけをパンドラは担い、宣伝も営業も全てコムストックさんにお任せして、一切関わらない」
と告げると、
「パブリの人たちと繋がりができますから、宣伝に関わりたい」
と希望するスタッフも出てきた。その思いを理解できるし、仕事熱心な希望は嬉しくもあったが、中途半端な関わりは共同事業の失敗のもと。また、それまでの作品とは規模が異なることを説明し、希望を退けた。だが、宣伝会議はいい経験になるだろうと思い、私だけではなく、スタッフを連れて行くようにしたのだが、あまりにシビアな会議だったためか、次第に、同行するスタッフがいなくなり、最後まで参加したのは私だけだった。一部の関係者が現役なので詳細は書けないが、むき出しの競争を知ることもでき、宣伝会議はいい経験だった。
『ラン・ローラ・ラン』日本語版チラシ
共同配給社コムストックさんへの感謝
この選択を今でも宮重は評価して、「ほんのちょっとお金を出しただけで、何もしないで、お金をもらった」と。そうとも言えるが、ババリアやコムストックさんとの契約、大使館やドイツ文化センターとのお付き合い、ルフトハンザやドイツテレコムとのタイアップなど、この文章を書いていて、私は「何も」しなかったわけではないと発見した。
新開さんには、多くの英語の間違いを始め、契約書の隅々までを数回に渡り校正していただき、また中川さんには、ビジネスのことを理解できない私に呆れたのだろうのに、日本でのビジネスを成功していただき深く感謝している。
当時コムストックに、先輩であろう営業担当の男性と、悪びれることなく対等に話している大学出たての新人女性がいた。「しっかりしている」と感心した。十数年後、独立したその女性と共同で配給を手掛けるとは想像もしなかった。
邦題は『ローラ、走る』と決まった・・
さて、邦題はすったもんだの挙句、『ローラ、走る』と宣伝会議で決めたのだが、確か翌日だったのではないかと思うのだが、『ラン・ローラ・ラン』になっているではないか。変更のいきさつとは・・・
『ラン・ローラ・ラン』チラシ
(つづく。次は7月15日に掲載します。)
中野理恵 近況
6月になっても湿気が低くて心地よい日々が続く。このまま暑くならないで欲しい。『シアター・プノンペン』(7月2日公開)に続き、『不思議惑星キン・ザ・ザ』を8月20日から新宿シネマカリテで公開するので、字幕の見直し。この映画がソ連政府のおカネでできたとは信じられない!