【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第19回『ランウェイ33R』

少しだけ分かってきた武田一男ワールド 

思うに、〈羽田空港〉という複眼的な構成力が必要なテーマと、〈機長席〉という1ヶ所に絞ったテーマでは、作りやすさ、培った知見の披露しやすさが、大きく違ったのだろう。
推測を裏付けるのは、入手したもう1枚の武田一男プロデュース・レコード。

『ランウェイ33R』をいったん寝かせ、『機長席』を読んでいる間に、『DC-8 FOREVER(1983・クラウン)を聴いた。これも、引退の時期を迎えつつあった日本航空の花形機、ダグラスDC-8に話のマトを絞っているから、格段に聴きやすい。録音の唐突なフェイドアウト、音楽の強引な入り方に関しては『ランウェイ33R』と変わりは無いのだけど。

ちなみに、『DC-8 FOREVER』の聴きどころは、武田さん司会による機長座談会。いかに操縦が難しく繊細な機種かを口々に、楽しそうに語るようすには、〈暴れ馬〉フェラーリを駆るレーサーに通じる誇りが滲み出ていて微笑ましい。代わりに、これを取り上げても良かったぐらいだ。


さらに、年月の変化もあるだろう。1981年に出したLPと、2000年に出した本の差。つまり、武田一男は航空関連の録音のスペシャリストとしてはブレずに一貫しつつ、19年の間に、表現者としては精度を高め、ひとりよがりだった部分を研磨していたのだ。
『機長席』のあとがきの最後に、この本をパイロット志望の孫に贈る、とあった。読みやすくなっている理由の全てが、これで分かった気がした。

 


そして、ダメ押しになったのが今年6月の、僕自身の旅客機搭乗。
帰省して、新千歳空港から乗った羽田行きの便が、高度を下げていたのに、空港が見えてきたところで突然、上昇した。僕はそんな経験、初めて。機内に不安な空気が広がろうとする、その手前で、機長からアナウンス。
「前に着陸した機が鳥と衝突したため、管制塔から着陸を待てとの指示がありました。再びの指示があるまで、旋回いたします」
そうか、これがいわゆるバードストライク。どこに当たったにせよ、緊急に点検して安全性を確保せねばならない。ジェットエンジンが鳥を吸い込み、ブレードを傷つけていたらタイヘンだもんね。激突したのはカモメだろうか。いたわしい……と思いつつ、航空トラブルへの素早い善処を実地で知ることができて、少なからずコーフンした。
レコードや本で繰り返される通り、管制塔からの指示は絶対なのだ。

 

音が自然と、聴きどころを教えてくれる

ここまで満を持して、ようやく本盤、『ランウェイ33R』を聴き直した。
印象は……期待していたほどには、変わらなかった。録音されているものの面白み(ほぼ理解不能なのだが)は、改めて分かった。その分、編集・構成が拙いこともさらに分かってしまう。

これは、ドキュメンタリーを作品として評価する時、いつも付いて回る問題だ。
取れ高が貴重なものなら、演出がヘタであろうと好意的に遇するべきか。
作り手の目が行き届き、そこに、地に足の付いた思想なり哲学なりが無ければ、どんなに凄い取れ高のものだろうと、ちゃんと保留し、「弱い」と指摘するべきなのか。
僕は物書きだから、常套句まみれの粗い文章を書いて恥じないジャーナリストが、例え月の裏側ルポをしたためようが、コロムビアの麻薬王の独占インタビューに成功しようが、あまり信用はしない、と言い切る。そういう書き手はしばしば、事実を自分に都合よく寄せることにすら自覚を持たない、と知っているからだ。

聴くメンタリーの場合も、そこが難しいねー。今のところは、レコードとして残っている音から、自分がどれだけ興趣を汲み取れるか。もっぱら、こちらの問題だと思っている。


本盤を聴き直して、空気が一番引き締まっている……と思う録音が、パイロットがコックピットに入って最初に行う計器確認だったのには、なかなか感じ入るものがあった。管制塔との交信より、離陸直前よりも、事前の確認のほうが緊張感のあるサウンドだなんて。パイロットって、やはり尊敬すべき、かっこいい仕事だ。

映画やドラマでは、絵にならないのでまず出てこない場面にマイクを向け、収録している。ここにこそ武田一男の、音のスペシャリストの証明が刻まれている。それさえ分かれば、充分なのかもしれない。

「トゥ・フライ・チェック」
「コンプリーテッド」
「レディオ・マイ・サン、レディオ・サン」
「オン」
「インバーター」
「オン」
「キャミー・サイン」
「オン」
「コンプライト」
「オン」
「プロック・トゥー・スタン」
「シックス」
「パヤリ・ライター」
「シックス」

機長と副操縦士の、キビキビしたやりとり。こっちまで引き締まるような快さだ。
ただし、何の計器のことか分からないまま書き起こした空耳プレイなので、それこそ航空ファンが読んだら、ヒッチャカメッチャカだろう。パヤリ・ライターなんてあるかよ、と自分でも思う。お手柔らかに!

 盤情報

『ランウェイ33R』

1981/ポリドール
2,500円(当時の価格)

若木康輔(わかきこうすけ)

1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。旅客機のパイロットといえばここまで、〈地球に侵略してきたUFOを目撃したりハイジャックと素手で戦ったり、合間を縫って美人CAとレンアイする、何かと忙しい人〉程度の認識しか持っていませんでした。我ながらひどい。映画の影響はそれだけ大きいわけですが、今回の文を書いた後に『ハッピーフライト』を見直したら、びっくりするぐらい面白かったです。リサーチって、単に大量に仕込むだけでは大した意味は無い。必要なのは敬意。それがあれば、自ずと物語の軸が生まれるんだなあと。

http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968

neoneo_icon2