【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第19回『ランウェイ33R』

未知の大物聴くメンタリスト、武田一男

こういう聴くメンタリー、前にもあった。連載第3回で書いた『~砂漠のレコード~サラート(祈り)』(1979・キング)。せっかくアラブの風物を現地録音しているのに、良かれと思ってか、エキゾチックな雰囲気を出そうとコーランやシンセの音を貼り付けていじくり、かなりの部分を台無しにしている不可思議な一枚だ。

試しに、両盤のクレジットを見比べてみた。
『~砂漠のレコード~サラート(祈り)』のレコード&プロデュースは、謎の美人スチュワーデス・小池咲子さんと「K.TAKEDA」。
そして本盤のプロデューサーは「武田一男」。

アダー……。なんという偶然。まず間違いなく、同一人物。もしも同じ時期にドキュメント・レコード製作界隈にいて、同じタケダ姓で、なおかつ微妙なセンスの悪さの、その微妙さまでシンクロしている人間がいたら、そっちのほうが遥かに奇跡だ。

しかも困ったことに、この武田一男氏、調べてみると斯界の大物。航空関連の録音でよく知られた人物らしいのである。プロデュースした航空サウンドがiTunesにずらっと並んでいるのには、驚いた。それだけ、航空ファンの人口は多いのだ。

航空ファン。ここに至るまで、存在そのものが僕のテリトリー外だった。
そういえば埼玉県入間市に住んでいる中学の同級生に、入間基地の航空祭が近づくたび「チケットが何とかならないか」などの電話が来る、と聞いたことがある。毎年の人出、20万以上!

一体どんな人たちか。そりゃーやっぱし、鉄道ファンの空飛ぶ版だろうと考えたら……て、敵にまわしたくない。正味に言うとメンドくさい。「武田一男先生の偉大さを知らずして、先生のレコードを辛く評するとはねえ」とネットリ責められる可能性しか無いじゃん。

すっかり弱気になり、取り上げること自体をやめるか、それとも若い批評家のようにズルして、「航空サウンドの第一人者・武田一男の作品を入手することができた」と、もう分かっている態から書き始めるか、春先まで考えた。

結果、こうして、入手してからの経緯をガラス張りで書いています。
航空ファンに配慮したい気持ちはやまやまだが、僕も僕なりの勉強や訓練をしてきた。本盤の完成度が高いとは、どうしても言えない。
せめて、航空サウンドってものにこだわってきた、武田氏の情熱だけは理解しようと思った。なんといっても、ただでさえ匿名性の高い聴くメンタリーに、名の通った作り手がいたのは大きな発見であるし。


ランウェイ=滑走路だって知ってましたか

いったんは本盤を聴くのをやめ、武田一男さんの著書を読んでみることにした。

大手のネット販売サービスを利用して購入したのは、『機長席』(2000・朝日ソノラマ)。CD付きで、コックピットのようすを音と文字の両面から知れる内容らしい。本を出しても音を欠かさないところ、さすがと言うべきか。


ところが、届いてみたら、そのCDが付いていなかった。道理で安かったわけだ……。
CD抜きのCDブックを開く気にもなれなくて、目先を変えるため、書店で、新刊の『基礎からわかる空港大百科』(2016・イカロス出版)を買った。今まで視界にも入らなかったが、航空関係の雑誌やムックは、それだけで棚の一角を占め、けっこう堂々とレギュラーの貫禄を出しているのだった。ますます感じるプレッシャー。

この本は、買って良かった。基礎からわかる、と打ち出しているだけあり、空港の構造や役割について実にまんべんなく詳述されている本だった。本盤のタイトル、ランウェイ33Rが、羽田が沖合に拡張した現在は廃止された滑走路であると、初めて分かった。
「ランウェイは、滑走路という意味なんだ。ランナウェイじゃないからね」
イベントを手伝ってくれる20代の女性、かずきに、さっそく得意になってうんちくを垂れると、
「ファッションショーとかでよく使う言葉です。逆にランナウェイって、聞かないです」
「え……。いやいや、ランナウェイはランナウェイさ。シャネルズだよ、♪ら~んなうぇ~い、だよ」
「うーん」
これには焦った。昭和50年代の歌謡曲がいかに風化しようと、「ランナウェイ」「赤いスイートピー」だけは不滅だと思い込んでいたよ! 歌も滑走路も、オール・シングス・マスト・パスだなあ。

ともかく、いったん迂回してから『機長席』を再び手にしてみた。そしたら拍子抜け。本の大部分は、CDの音声の書き起こしだった。
しかし、その音声の解説部分が懇切丁寧。武田さんの本なら、読み通すのは苦労しそう……と警戒していたので、いい意味で予想を裏切られた。

着陸した飛行機が再び離陸するまでに、給油や荷物搭載など、どんな準備に追われるか。機長と副操縦士はフライトの間、どんな連携をとるか。VOR(地上から航空機に送る無線標識)とは何か。などなど。
こういったことが、読みやすく、分かりやすく書かれていて、タメになるのだ。
僕のほうが『基礎からわかる空港大百科』で、それこそ理解の基礎の基礎を作ったのもあるだろうが、文面からは確かに、初心者にも親切であろうとしている感じが伝わる。

▼page3  少しだけ分かってきた武田一男ワールド につづく