2015年12月12日から18日まで開催され、大変好評だった「イスラーム映画祭2015」。
この度、その続編にあたる「イスラーム映画祭2」が1月14日(土)から20日(金)まで東京・ユーロスペースで、その後1月21日(土)から27日(金)まで名古屋、3月25日(土)~31日(金)まで神戸で開催される。主催者である藤本高之さんにお話を伺った。
(聞き手・構成/夏目深雪)
――そもそもどうしてイスラムに関しての映画祭を開催しようと思ったんでしょうか。
藤本 僕はもともとバックパッカーで、よくイスラムの国に行っていたんです。欧米の映画より、アジアや中東の映画が好きで。自分でもし映画祭をやるんだったら、その辺りかなとは思っていました。
その後アップリンクの映画配給のワークショップに参加していたんですが、そこで知り合った人たちと、トーキョーノーザンライツフェスティバルを立ち上げ、実施していました。全員ボランティアで、20人くらいでやっていたんですが。5年くらいやってから辞めてしまったんですが、そこでノウハウはある程度身に付いたので、イスラムに関する映画祭が具体的にイメージできるようになってきました。
あと、ヤスミン・アフマドがすごく好きで。イスラムってどうしても中東のイメージが強いと思うんですが、ヤスミンは東南アジアですよね。日本に近い感覚があるのに、イスラム教の世界も身近に感じる。特に去年イスラーム映画祭でやった『ムアラフ-改心-』なんか、イスラム教の話が前面に出ていますよね。でも日本人にも親しみやすくて、人気がある。こういう映画を集めてやったら面白いんじゃないかと思いました。
――特にヤスミンの映画は最終的に「宥和」を描きますしね。多民族国家ならではの新しいヴィジョンを打ち出したといっても過言ではない。
藤本 ですので、本当はヤスミンの作品を中心にした映画祭にしたかったんですが、2015年4月にマレーシア映画祭が実施され、そこでヤスミンの作品も上映されてしまったんです。それで今まで観てきた映画祭でやった作品の中で、イスラムを扱ったものを中心にラインナップを考えました。
――出品交渉なども全て藤本さんが?
藤本 そうです。
――プリントが届くかどうかなども、なかなか大変だと聞きましたが…。
藤本 大変ですよ。『神に誓って』ってご覧になりました?
――ええ。大好きです。私は2011年に実施された「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2006-2009「福岡観客賞」受賞作品上映会 イン東京」で上映された時に観て気に入って、その時編集中だった『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)に急遽入れることにしました。麻田豊先生を松岡環さんに紹介して頂いて、書いて頂きました。私が観ていなかったら、パキスタンの項目自体なかったと思います。
藤本 僕は2015年2月にフィルムセンターで開催された「現代アジア映画の作家たち」の時に上映されたのを観たんですが。ですごく衝撃を受けて、これこそイスラーム映画祭でやるべき映画だと思いました。ですぐにプリントを持っているアジアフォーカスに電話したんですが。
――アジアフォーカスは公的な機関しか貸し出してくれないんですよね。
藤本 そうです。それで一度テンション下がってしまったんですが(笑)。日本イラン文化交流協会の景山咲子さんに麻田先生を紹介して頂いて、監督と友達なので、直接交渉できることになったので、急に道が開けてきました。ただ、監督はラホールにいるんですが、もうネガもプリントも本国にもないんですよ。インドの映画会社に託したらしいんですが、そこがすごくいいかげんなところで、現像も失敗している(笑)。夏目さんがご覧になったのも、色が黄色っぽくて、本当の色彩ではないんです。で、DVDしかなくて、それは劇場の上映には耐えられない。あの映画はカイロ国際映画祭に出品して賞をもらっているんですね。ので、唯一そこに一本だけプリントがある。アラブ首長国連邦のエージェンシーに監督から掛け合ってもらって、取り寄せることにしました。輸送費も馬鹿にならないので、小さな映画祭としては痛かったんですが、やはりやりたい映画はやりたいと。
普通の映画会社とやり取りするよりも、上映料もかかりました。で、届いたら届いたで。3時間の映画なので、10巻くらいなんですが、やけに段ボール小さくて。あれ?と。そしたらインターミッションのところで終わっている(笑)。前半だけ送ってきたんですよ。
――笑
藤本 すぐに言って後半を送ってもらったんですが、それでまた輸送費がかかるわけですよ。一回10万位かかるのに(笑)。で、字幕投影はリスクが高いので、テレシネ(フィルムをデジタル化すること)することにしました。それでまた何十万もかかって。
――まぁでもあの作品は大変評判がよくて、満席で観れなかった方もいらっしゃったということなので、苦労は報われたのでは。
藤本 ただ経済面はね…。『神に誓って』がなかったら、本当にたくさんの方に来て頂いたんで、かなりの黒字だったんですが。あの作品のせいで利益は出ませんでした。
――本当に大変な盛況でしたね。ユーロスペースのロビーが満員電車みたいだったのをよく覚えています。こんなにお客さんが来てくれると思っていました?
藤本 思ってなかったです。でも10月位からFacebookやTwitterを始めたんですが、反応がすごく良くて。やはりイスラムの文化に興味を持っている人が一定数いるんだと。そういう方たちに見守られている気が今でもします。
――満員電車のようなロビーで、藤本さんがNHKの取材を受けていたのが印象的でした。
藤本 あれはやはりフランスの同時多発テロがあったからですね。映画祭の開催の一か月前に起きましたからね。
主催者:藤本高之さん
――タイムリーと言えば犠牲者の方に申し訳ないですが…。
藤本 事件が起きたのが11月13日でしたが、NHKの取材なんかは明らかにそれで入った感じです。
――事件はどんな風に感じられましたか。
藤本 こっちは「イスラム教=テロ」というイメージを、ちょっとでも払拭しようという意図があるわけですよ。9.11があってイラク戦争が起こり、そういう流れが脈々とあるわけじゃないですか。それを多少でも払拭しようと思っているのに、ああいう事件が起こってしまったら、余計にその二つはセットで考えられてしまう。なので、Twitterなどでも、極力同時多発テロには触れないようにしました。
――触れようがないですよね。でも逆に、世間的には事件によって注目を浴びたんですよね。
藤本 そうですね。
――では結構戦々恐々として…。
藤本 そりゃそうですよ。もしかしたら開催できなくなるかもしれないとまで思いました。ユーロスペースの北條さんとも「どうなるかわからないね」という話をして、でも止めようとは言われなかったので、粛々と準備は進めましたが。Twitterでも、「こんな時にイスラーム映画祭なんてやったら、映画祭自体が狙われるんじゃないか」とか、呟く人がいるわけですよ。だから一か月間とてもナーヴァスになりました。変な夢を見たりとか。でも蓋を開けてみたらとてもいい雰囲気で。
――2をやろうと思ったのは。
藤本 1が終わってすぐに思いました。手応えがあったし、継続してやってほしいという声も頂いたし。それに、同時多発テロがあったから映画祭を開催したと思われるのは、それはそれで嫌だったので。あと、海外で僕の話とか、お客さんの感想とかが、NHKラジオの海外放送で流されたんですよ。「日本人がこういうことやってくれるんだ」といって、すごく沢山のメールを貰って。これは続けるしかないなと。
――作品選定が1と違いがありますね。1は映画祭で上映された作品が多かったので、映画祭に行って映画を観るような層には、知っている作品タイトルが多かった。映画的にも洗練されていて、映画祭は全ての作品を観ることができるわけではないので、観たかったけど見逃していた作品を観る、そういう引きがあったと思います。
2は近作が多かった1に較べると、旧作が多く、私なんかが見てもタイトルを知っている作品が少ない。もう少しコアな印象です。
藤本 今回はTIFF(東京国際映画祭)に頼らないようにしようと思ったんです。核になる問題意識は1と変わってないと思いますが、今回の上映はイスラム教以外にもう一つの宗教が出てくることが多いです。キリスト教とか。
――1はイスラムを知ってもらうという目的だったけれども、2はむしろ他の宗教との比較や軋轢がテーマとなってきたということでしょうか。
藤本 イスラムを知ってもらうと言っても、僕自体そんなに知っているわけではないので……。あまりそのあたりを細かく定義付けすると、作品選定の枠が狭まってしまうと思っています。極端に言えば、主人公の誰かがムスリムであればいい、位の気持ちで選んでいます。
――あくまで映画として良ければいいということですね。
藤本 そうですね。
――1は『ムアラフ-改心-』にしても『長い旅』にしても、最終的に宗教的な宥和を描くものが多かったと思いますが。
藤本 それは2も同じだと思います。基本的に、僕は映画ってそういうものではないかと。基本的に映画は理想を描くものだと思っています。『神に誓って』もそうだと思いますが、最後は希望を見せるものが好きです。
今回上映するなかではバングラディシュの独立戦争を背景にした『泥の鳥』がちょっと重たい終わり方をしますが、他はみな明るい、希望のある終わり方をするものが多いです。あと、今回は子どもと女性が主人公のものが多いですね。
――それはどういう理由で。
藤本 集めたらたまたまそうなったんですが、やはり1は少し玄人好み過ぎるかなという印象もあったので、もっと明るく華やかな雰囲気にしたいと思いまして。
――確かに、映画的に洗練されているというところでそうかもしれませんね。では、私なども名前だけは知っているという作品がチラホラある位なんですが、むしろ1よりもとっつきやすい映画が多いんですか。
藤本 そう思います。1の客層が、女性客と学生さんがとても多くて。やはりコアな映画好きに向けていても客層が広がっていかないので、その辺りを客層としては狙っています。
――ただ旧作が多いので、そういう層への届かせ方というのはなかなか難しいような気がしますが。
藤本 その辺りはSNSで反応を見ながら工夫しています。あと2で試みたのはイスラム教が主流でない国の映画も上映するということです。インド映画とタイ映画がそれぞれ2本ずつあります。
日本はいろんな映画祭があって、世界中の映画を観ることができます。ですが、全て「映画」という枠組みの中で消化されている気がするんです。
――まぁ、シネフィルが作り上げた審美主義的な強固な壁があり、その中のみで消費されているような状況の弊害はずっと言われていることですよね。
藤本 そこを僕は変えたいと思っています。これだけ世界中の映画が観られるのに、監督論で語られて終わり、というのは勿体ないと思っています。僕は映画と旅は同じだと思っています。一本の映画を観ることでも、その国に行ったのと同じだけの経験ができるはずです。その国の見方が変わり、その国に親しみがわく。
――ああ。ゲストが映画批評家とかではなく、ノンフィクション作家や旅をしていた方などが多いので、他の映画祭と違うなぁとは思っていました。
藤本 いわば、バックパッカー映画祭ですね。今回もゲストはバラエティに富んでいます。
――作品ともども、楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。
2016年12月13日 渋谷にて
イスラーム映画祭 開催概要
【東 京】※全9作品
2016年1月14日(土)~20日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース
http://www.eurospace.co.jp/
タイムテーブルはこちら
【名古屋】※全9作品
2016年1月21日(土)~27日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク
http://cineaste.jp/
タイムテーブルはこちら
【神 戸】※全8作品
2016年3月25日(土)~31日(金)
会場 : 神戸・元町映画館
http://www.motoei.com/
※各会場ともトークセッションあり。詳細は公式サイトをご確認ください。
主催 : イスラーム映画祭実行委員会
オフィシャルWEBサイト http://islamicff.com/
Facebook : http://www.facebook.com/islamicff
Twitter : http://twitter.com/islamicff
簡単な上映作品解説
オープニング作品『私たちはどこに行くの?』(レバノン)
男たちの争いを止めようと女性たちが宗教を越えて共闘する悲喜劇。中東=イスラーム一色というイメージと異なるレバノンならではの作品で、アラブ各国でヒットし、トロント国際映画祭では観客賞を受賞。
2 『敷物と掛布』(エジプト)
2011年1月25日のエジプト革命。その中心地だったタハリール広場ではなく、周辺の貧困地域を舞台にしたドラマ。台詞を極力排して音楽が効果的に使われ、“敷物と掛布”とは一つの音楽ジャンルを表す。
3 『泥の鳥』(バングラデシュ)
バングラデシュ独立戦争を背景にした、ある家族の物語。作者の幼少体験を基に、子供たちの姿が叙情味豊かに描かれる。ベンガルに伝わる“バウル音楽”も興味深い、カンヌ国際映画祭・批評家連盟賞受賞作。
4 『蝶と花』(タイ)
ムスリムが多いマレーシア国境付近の町を舞台に、貧しい一家を支える主人公が、闇仕事を通じて成長する姿を描く、みずみずしい青春ドラマ。緑豊かな自然や列車からの風景も心に沁みる、タイ映画史上の名作。
5 『改宗』(タイ)
結婚と改宗という二つの決断を果たした女性の、新たな人生を描くロードドキュメンタリー。結婚とは何かについても考えさせられ、彼女の迷いや歓びから、やがてぎこちなくも素朴な夫婦の愛の物語が見えてくる。
6 『バーバ・アジーズ』(チュニジア)
アラブからペルシャ、そして中央アジアへと旅をする、イスラーム修道僧と孫娘のロード・ムービー。スーフィー音楽や様々な国の民族音楽が物語を彩り、“アラビアンナイト”さながらの世界を堪能させてくれる。
7 『十四夜の月』(インド)
イスラーム文化花咲く北インドのラクナウを舞台にした、古典メロドラマ。女性が顔を隠す習慣ゆえに始まる三角関係の悲恋を、歌や踊りも満載に描く。ヒロインの美しさを讃える歌が当時大ヒットした。
8 『マリアの息子』(イラン)
幼い子供を主人公にした、懐かしいタイプのイラン映画。ムスリムの少年とカトリックの神父の素朴な交流に心が洗われ、子供たちの世界には“境界”がないことを教えられる。小さくも大きな示唆に富む物語。
9 『ミスター&ミセス・アイヤル』(インド)
宗教対立に巻き込まれた、ヒンドゥー女性とムスリム男性のドラマ。緊迫した状況下で惹かれあう2人の姿に、融和への祈りが込められている。深刻な題材を描きつつも胸をしめつける、珠玉のラブストーリー。
10 ★特別上映『神に誓って』(パキスタン)
パキスタン国内における過激な原理主義とリベラルなムスリムの軋轢や、欧米のイスラーム嫌悪など、様々なテーマを重厚に描いた社会派ドラマ。昨年最も話題となった本作を、名古屋と神戸のみ特別上映。
上映作品『ミスター&ミセス・アイヤル』