【Report】なぜかれは赤の裃で登場したか――「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリーatポレポレ坐」vol.3 text 萩野亮

鬼太鼓座の和太鼓の轟きとともに、赤鬼の面をかぶってワカキコースケは入場してきた。

本誌「neoneo web」で連載中の「ワカキコースケのDIG! 聴くメンタリー」のイベント版、第3回。この日は2月4日、節分の翌日というわけ。やがて袖にはけたワカキさんは、律儀に赤の裃に着替えて再登場し、今度は聴衆に豆をくばり始めた。

 ひとしきりサービス・タイムが終了すると、いよいよ本篇のはじまり。「聴くメンタリー」とは、音楽以外が収録された廃盤ドキュメンタリーレコードのことで、レコード屋ではたいてい「その他」の棚にそっと置かれているか、もしくは店頭で哀しくたたき売られている。そうした珍品の数かずを、ワカキさんはハンターのように渉猟(DIG)しては、ぼくらに紹介してくれるのである。

『座鬼太鼓座』(1977/ビクター)につづいては、前回第2回のイベントでも好評だった『園遊会 昭和四十七年~五十三年春』(1978/CBSソニー)をふたたび。昭和天皇の口ぐせといえば、映画『太陽』(2005)でイッセー尾形が完ぺきに演じて見せたとおり、「あ、そう」があまりにも有名だけど、これを聴くとその「あ、そう」にもじつに多彩なバリエーションがあることがわかる。さまざまなかたが列席するなか、剥製技師の本田晋氏に喰いつく昭和天皇の「あ、そう」からつぶさに伝わる昂奮ぶりが可笑しい。映画でも描かれていたとおり、かれは生物学研究者でもあった。

お次はロシア革命100周年ということでレーニンの演説を収録した『LENIN SPEECHES RECORDED 1919-1921』より、「ソヴィエト権力とは何か?」と「第三共産主義インターナショナル」。このレコードが発売されたのは1959年。フルシチョフによる(第一次)スターリン批判が1956年だから、その余波をうけたレーニン再評価の流れのなかでこうしたレコードもリリースされたのでは? というのがワカキさんの見立て。これはなるほど鋭いと思う。ところでここから今回は異例の「政治回」となる。ワカキさんは「勝負」に出たと思った。いったい何の、誰に対する?

このイベントが、たんに昭和の珍品レコードをおもしろがるだけのものではないということは前回のレポートでも書いた。メディアの交代によって80年代なかばには役目を終えたレコードは、かつてはあくまでメジャーなものだったという事実こそをワカキさんは強調するわけだけど、今回はそこへ来て、レコードの選択からして彼のリベラルな政治信条が存外自覚的に露出されていたと思う。 

レーニンの演説につづけて開始された「ジョン・レノンの『イマジン』をもしマルクス主義者が訳したら」という謎のパフォーマンス(「想像したまえ、世界の人民諸君!」)に始まり、北爆下ハノイのルポルタージュレコード2枚を経て、同時代のザ・フォーク・クルセダーズでフィナーレへ。合間あいまに『日本の郷愁 失われゆくものの詩 二 四季の野鳥たち』(発売年不明/リーダースダイジェスト)や『COOL ISLAND』(1982/ユピテル)などの箸休めを挟むことも忘れてはいないけれど、今回のイベントのこの「赤さ」は何か。赤い、赤いぞワカキコースケ。赤鬼の面をかぶり、赤い裃で登場したのはそういう意味だったのか?

おどろいたことに共和党のトランプが合衆国の大統領になり、自民党政権がいまなおずるずると延命するなかで、いまリベラリズムの再興がもとめられている、そうした時代の空気感に対するワカキさんなりの応答の姿勢がぼくには見えた。もちろん、無粋なことをきらうワカキさんは表立ってそんなことは云わない。云わないからぼくがここに書いておく。こういう奇特な、けれどもいたってしなやかな政治感覚をもったひとがいるんだということを、ぼくがここに書いておく。

北爆下ハノイに取材した終盤の2枚はすさまじかった。一枚目は『空襲下の北ベトナム〈現地録音でつづる北爆の記録〉』(1968/日本コロムビア)。1トラック目でぼくたちが体験するのは、まさに「空襲下の北ベトナム」にほかならない。サイレンの音に爆撃音が響き、しばしの沈黙。そしてふたたび炸裂する爆音。音声のみの記録であることが、戦地の臨場感をいやがうえにも高揚させる。これをワカキさんは7分半にわたってノーカットで流した。かれがイベント後のブログでもふれているとおり、たとえばシリアの現在進行形の情況を想像させるには、じゅうぶんな余白を残した7分と30秒だった。

2枚目はジョーン・バエズ『戦争が終ったとき』(1973/A&M)。わたしは寡聞にしてこの歌手のことは初めて知ったが(というよりもぼくは音楽全般にあまりに疎い)、戦後アメリカを代表するフォーク・シンガーにして、ボブ・ディランのかつての恋人。60年代を通じてディランが時代のアイコンと化してゆくなかにあって、バエズは北爆下のハノイに行かずにはいられなかった。このレコードは、A面が彼女の楽曲集で、B面がハノイの現地録音と彼女の歌をまじえたトラック集になっている。同時代には「ベトナムから遠く離れて」映画を作ったフランスのシネアストたちも存在したけれど、彼女は「遠く離れて」はいられなかった。そこにこのアルバムの切実さと誠実さ、そして詩学があると思う。彼女は七〇を過ぎたいまでも歌っている。

そして今回のイベントもエンディングへ。ザ・フォーク・クルセダーズ『当世今様民謡大温習会(はれんちりさいたる)』(1968/東芝)より、「帰ってきたヨッパライ」のライブ・バージョン。上記2枚とは裏腹な、けれどもベトナム戦争下の同時代的な「気分」をあらわしているとワカキさん。これがめちゃくちゃカッコいいのだけど、そんなふうに聴くとこのナンセンスな歌詞に切なるものを感じずにはいられない。これもまた、「時代」を記録したドキュメンタリーレコード、すなわち「聴くメンタリー」なのである。

今回の聴くメンタリーは赤かった。さて次回は何色でワカキコースケは登場するのだろう? 次回vol.4は、来たる4/8(土)、お釈迦さまの誕生日に開催。恒例のアンコールは『空襲下の北ベトナム』、そのほか「伝説のレーサー・風戸裕が駆る愛車ポルシェ908の爆走音」や、「ブルース・リーがカンフーの真髄を語り、永遠のトニー(赤木圭一郎)がシャイな素顔を語る、夭折のスターの肉声」「「手前生国と発しましては」――モノホンのみなさんの仁義の数々」などが聴かれるとのこと。お誘いあわせのうえぜひ駆けつけられたい。

|次回開催

ワカキコースケのDIG! 聴くメンタリー vol.4

日時 2017年4月8日(土)
開場 18:30
開演 19:00(約2時間の予定)
会場 東中野space & cafe ポレポレ坐
   中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル1F
出演 ワカキコースケ(若木康輔)
協力 大澤一生(nondelaico)・小林和貴(クオリアノート)・neoneo編集室

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萩野亮 Hagino Ryo
1982年生れ。映画批評。立教大学兼任講師。編著に『ソーシャル・ドキュメンタリー』(フィルムアート社)、共著に『アジア映画で世界を見る』(作品社)などがある。