1990年頃の筆者(撮影:柴 洋子)
開拓者(フロンティア)たちの肖像〜
中野理惠 すきな映画を仕事にして
第46話 発行した3冊の書籍のこと
母の一言
「まっ、いいカオしているから大丈夫だろう」
と、それだけ言うと、そのまま帰っていったのである。
当時発行した書籍
2000年前後に発行した書籍、「新装版 自由、それは私自身」(井手文子著/2000年)「白石かずこの映画手帖 愉悦の時」(白石かずこ著/1999年)と「日本映画検閲史」(牧野守著/2003年)の三冊について触れておきたい。
2000年前後に発行した書籍
「新装版 自由、それは私自身」
本書は、1979年に筑摩書房から発行された伊藤野枝の評伝「自由、それは私自身 評伝・伊藤野枝」に加筆修正をした内容である。原著を発行時に読み、その後「美は乱調にあり」も遅ればせながら読んだころに、井手さんと知り合ったのだと思うのだが、具体的時期やきっかけを思い出さない。1980年代初めごろだったと思う。親子ほど年齢に差はあったが、すぐに意気投合し、信濃追分の井手さんの山荘に、ほぼ毎夏、行った。
信濃追分の山荘
ヒッピーの人たちが作ったという山荘は、確か六角形で、ドアを開けるといきなり部屋になり、しかも一階はその一部屋だけで、二階と言うか屋根裏部屋と台所とお手洗いがついているだけの簡素な作りだった。部屋の片隅に特注のストーブがあり、夏も薪をくべて温まった記憶がある。信濃追分の駅から歩いて40分ぐらい、国道から脇道に入り、別荘が点在する中、小川のほとりにひっそりと建っていた。二人でお喋りしながら、<思想の科学>の山荘に行ったこともある。友人たちや、宮重たちとも行った。水道が凍る冬にも確か一回くらい行ったと思う。夜になるとストーブの周りで、本や映画の話に花を咲かせる。小川を越えて暫く歩くとドイツ人村と呼ばれる家々があると聞いていたが、ついに一度も行かなかった。
「平塚らいてう 近代と神秘」
「らいてうさんについて一冊書きたいの」
と、平塚らいてうが晩年、新興宗教に傾いたことに、いつも言及していた。それが結実したのが「平塚らいてう 近代と神秘」(新潮社/1987年)である。
残念ながら1999年10月に井手さんは79歳で亡くなられたが、晩年は
「犬がかわいいのよ」
と犬との散歩を楽しみにしていた。
井手文子さん逝去の際にご遺族から受けとった写真と、添えられていた言葉
映画関連書籍
「愉悦の時 白石かずこの映画手帖」
白石さんの詩を最初に読んだのは十代半ばのころだったと思う。湿気を感じさせない乾いた作風が大好きだった。パンドラを始めてから、何が縁だったのかは記憶にないのだが、知り合い、試写を見ていただいていただけではなく、『ナヌムの家』公開時に、右翼に襲われた際には記者会見の壇上にも座っていただくなど、ずいぶんお世話になった。
「愉悦の時 白石かずこの映画手帖」は、映画についてお書きになった文章を一冊にまとめた内容で、編集は当時パンドラの映画関連書籍の編集を担っていた同じく詩人の稲川方人さん(※)に、お願いした。『百合の伝説 シモンとヴァリエ』(1996年製作(日本公開19997年)/カナダ映画/ジョン・グレイソン監督)を白石さんが気に入っていたので、表紙に使った。この本に『ナヌムの家Ⅱ』について書かれた文章は、白石さんでなければ書けないと思うので、一部を引用したい。
『ナヌムの家Ⅱ』について触れた部分
「ナヌムの家につどう女たちの中でもカン・ドッキョンは少女だった。老いても、老いても、心は十四歳の無垢な、感受性ゆたかな、眼の愛くるしい、つつましささえ持っている老いたカン・ドッキョンのまわりに、なんと個性的なおもしろおかしくワイザツで強くって、ワイルドで、ちゃっかりして、勤勉で、怠けもので、気性が激しく、パッショネイトな、さまざまな女友だち(ナヌム、仲間)がいたことよ」
細かい出来事が記憶にないので、この文章を書くために考えたところ、稲川さんが担ってくれていたからだと、気づいた。覚えているのは発行準備中に紫綬褒章を授与されたことだった。確かお祝いのパーティは書肆山田の方に仕切っていただいたと思う。
「日本映画検閲史」
こちらの著者は牧野守さん。編集の稲川さんと一緒にご自宅を始めて訪ねた時のことは忘れられない。玄関脇の牧野さんの自室に案内されると本棚が並んでいる。予想より少なく見えたので
「ご本はここに?」
と聞くと、牧野さんが
「こうなっています」と。
※稲川方人(いながわまさと)
詩人。詩集に『償われた者の伝記のために』(書紀書林/1976年)『われらを生かしめる者はどこか』(青土社/1986年)『2000光年のコノテーション』(思潮社/1991年)『稲川方人全詩集』 (思潮社/2002年)『詩と、人間の同意』(思潮社/2013年)他
(第47話につづく)
中野理恵 近況
大学時代の恩師、高橋一修先生からパンドラ創立30周年記念にホワイトチョコレートをお贈りいただきました。注文ごとに作るのだそうで、スタッフと一緒にその濃厚さを味わいました。先生、ご馳走様でした!