【連載】「ポルトガル・食と映画の旅」第7回 フォンタイーニャスを探して text 福間恵子

2016年も押し迫った28日、日本で映画祭の海外関係の仕事をしている友人Nさんからメールが届いた。大阪でたまたま出会ったドイツのプログラミングディレクターが、福間健二の映画に興味を持ち、彼はリスボンのシネマテカの館長と親しいということで、リスボンにいるわたしたちのことを館長に伝えてくれたというのだ。映画のつながりを持ちたい気持ちを抱いての今回のシネマテカ通いでもあったので、とてもありがたい知らせだった。

ちょうどこの日は、シネマテカでペドロ・コスタの『Cavalo Dinheiro』(『ホース・マネー』2014)の上映があり、本人も登場するというので、観にいく予定にしていた。

18時30分からの上映だが、ブックショップで買うものもあったので17時50分にはシネマテカに着いた。受付にめずらしく人が並んでいると思ったら、なんとチケットはすでに売り切れだと言われた。ガーン! シネマテカで初めて経験するチケット完売。途方にくれた。が、どうにもならない。あきらめるしかない。すでに東京で観ているんだから、まだよしとしなければ。ペドロ・コスタは自国でも人気なのだろうか。それともリスボンで上映される機会が少なかったのだろうか。

気持ちを切り替えて2階のブックショップに行くと、ジョアン・ペドロ・ロドリゲス監督の6枚セットのDVDブックが目に飛び込んできた。ロドリゲスの作品はリスボンで観たことはないが、アテネフランセの特集で『ファンタズマ』(『O Fantasma』2000)を観て衝撃を受けていた。こんないいこともなくては、と即購入を決める。レジに持っていくと、すでに顔見知りになっていた店の男性に「ペドロ・コスタを観に来たの?」と聞かれたので、チケットが売り切れで残念だったと話した。すると彼は、引き出しから紙切れを出して、これをと差し出した。見れば『Cavalo Dinheiro』の招待券だった。えーっ! と驚くわ、申しわけないわのわたしたちに、彼はにっこりした。そして、もう時間だから早く行ってと促した。ロドリゲスの勘定は後回しにして、わたしたちはお礼を言って階下のスクリーンに急いだ。

シネマテカ『ホース・マネー』の招待券

なんとか席を確保できてほっとしていると、ブックショップの彼も入ってきてすばやく席についた。同時に通路席が追加されて会場は満杯になった。

18時30分の開始が押して、さらにスタッフによる解説が15分近くあってから『Cavalo Dinheiro』の上映が始まった。フォンタイーニャス体験直後のペドロ・コスタの映像は、日本で観たものと異なって見えて、生々しかった。ヴェントゥーラの顔が、きのう見たフォンタイーニャスの老人と重なった。彼の手の震えが、老女のような少女の身体の震えを思い出させた。そして、発見があった。ヴェントゥーラたちカーボ・ヴェルデ出身の人のセリフに、ポルトガル語字幕がついていたのだ。やはりカーボ・ヴェルデのポルトガル語と本国のそれとはかなり違うのだろう。日本語字幕で観ていてはわからなかったことだ。

上映が終了して、ペドロ・コスタと若いスタッフと館長が登場してトークが始まった。

わたしの語学力では、内容はほんの少ししか理解できなかったが、東京でペドロ・コスタが英語あるいはフランス語でするトークを聞いた印象とかなり違っていた。彼のポルトガル語を聞くのは初めてだったが、小さな声でかなりボソボソと話すのである。質問に対しても、アーとかウーとかしばらく考えあぐねてから話し出す。英語やフランス語だと、もうすこしはっきりと回答するイメージがあったのだけれど……。わたしの思いちがいだったか。

わたしたちはブックショップが閉まる時間が気になって、まだ続いているトークの途中で退場した。ブックショップの彼にお礼を言って、ロドリゲスのDVDセットを買った。ペドロ・コスタの印象を告げると、「たしかにそうだね。NYでインタヴューを受けたときの映像を見たけど、とても簡潔に受け応えしてたよ」と彼は言った。

ちょうど22時、玄関ロビーに降りると、ペドロ・コスタと関係者がいたので、夫は自己紹介をかねて話しかけた。わたしもファンだと伝えた。彼は言葉少なだったが、なじみの日本から来たわたしたちがここで観ていたことを喜んだ。そこに館長がやってきた。

「日本の映画監督だね? A氏からメールをもらっているよ」と話しかけてきた。おお、ちゃんとつながった! そして、観たい映画があれば、わたしたちの滞在中に上映の機会を作ってくれるというのだ。わたしたちは目を丸くして驚いた。そして、作品のリストをメールで送ってくれと、名刺を受け取った。なんという幸運だろう。

ペドロ・コスタとあまり話せなかったのは残念だったが、この願ってもない恩恵にわたしも夫も興奮していた。だれに感謝すればいいのか。アパートに戻るとすぐに、日本のNさんにメールを送った。そしてわたしたちは、夢のような気分で、観たい映画のリストを書き出していった。

<つづく。次回は6月5日頃に掲載します>

【今回の映画】
『ホース・マネー』
(ポルトガル/104分/2014年/ ポルトガル語・クレオール語/ DCP)

監督:ペドロ・コスタ 
撮影:レオナルド・シモイショ、ペドロ・コスタ
編集:ジュアン・ディアス  録音:オリヴィエ・ブラン、ヴァスコ・ペドロソ
音楽:オイス・トゥパロイス
整音:ウーゴ・レイトン、イヴ・コヒア=ゲーディス  ミキシング:ブランコ・ネスコフ
製作:アベル・リベイロ・シャーヴィス
製作会社: Sociedade Optica Tecnica
出演: ヴェントゥーラ ヴィタリナ・ヴァレラ ティト・フルタド アントニオ・サントス
英題:Horse Money
原題:Cavalo Dinheiro 


福間恵子 近況

「福間健二映画祭 Kenji Fukuma Now and Then」は、ポレポレ東中野にて5月20日(土)〜26日(金)連日20:20から行ないます。上映後に連日イベントあり。

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