【Interview】美しい人生を生きてきた両親だと思っています~『きらめく拍手の音』イギル・ボラ監督インタビュー


カラオケの場面からきっと何かが伝わるはず。観客を信頼しています

 少しだけ分かる気がします。ボラさんの両親は一時期、屋台でものを売っていましたね。僕の家も小さな商売をやっていて、難癖に近いクレームを付ける客に親が頭を下げる姿を、子どもの頃から見てきました。そうすると、どうしても好き勝手には甘えにくくなる。

特に、聴覚障害者の親のもとで育つ子ども(CODA)は、早い成熟を求められ、独特の葛藤を経験する場合が多いとのこと。ボラさんや弟さんのエピソードで語られる、『きらめく拍手の音』でも重要な要素です。

ボラ まず、あなたと似た経験をよく覚えています。ある日、屋台を引いた両親が若い人たちに囲まれてかなり激しく責められたんです。どうやら屋台を置く場所を間違え、彼らのシマを荒らすことになってしまったみたいで。

両親はなぜ怒られているのか分からないから、一緒にいた私に通訳を頼みました。これは大変なことでした。親を罵る言葉を通訳しなければいけないんです。汚い、悪い言葉は子どもでも察しますから、それは省いて自分だけで呑み込みながら親に状況を伝えました。こんな経験は一度や二度ではありません。その度、心の疵となって未だに残っています。

当時の韓国では、相手が障害者だと知ると無視したり露骨に見下したりする風潮が根強くありました。今の私ならば相手の態度のほうが良くないと怒ることができますが、当時は、泣かないように耐えることだけで精一杯でした。

確かに、私は他の子よりも早く大人になる必要がありました。理不尽に負けたくない、強くなりたいという思いで、学校の勉強を頑張ったんです。

積もり積もっていた思いですから、当然、この映画を作ることにつながっています。

かつての私は怒りに満ち溢れている人間でした。でも討論の場では、感情的に意見をぶつける人の言葉はあまり聞き入れてもらえませんよね。映画を作ることは私にとって、直接的な怒りを下に沈め、言いたいことをどれだけ的確に伝えるかを学ぶ作業でもありました。

でも、こうした話題になると……急に胸によみがえって泣き出しそうになります。Q&Aの場でも時々、感想を伺って答えているうち涙を堪えてしまっているんですよ(笑)。

 個人的表現が優れたものになるかどうかは、〈分かってほしい〉という希求と〈分かってたまるか〉という怒りとの間の緊張にあると思っています。『きらめく拍手の音』の場合、僕はそれを、家族でカラオケに行く場面をあえてクライマックスにしている点に感じました。正直、健常者にとって大きな声で聴くデフ・ヴォイスはショックがあります。しかし、ボラさん一家にとってはとても平和なひとときである……。

ボラ ご指摘は大体当たっていると思います。というのも私自身が、まだまだ両親の世界を理解しきれていないと感じるので。

カラオケの場面をクライマックスに据えたのは、あそこには言語を越えたものが映っていると感じたからです。母の精一杯のデフ・ヴォイスと表情、身振りには私の心に強く響くものがありました。私にとってはとても美しく、かけがえのない場面です。

母のカラオケは途中でカットせず、フルコーラスを見せています。

確かに、ふだん聴覚障害者と接していない人があの声を耳にすると戸惑うかもしれません。それでも、二番、三番と聴いているうちに、何かを感じ取ってくれると思うんです。抽象的ですけど、生きている人間がそこにいる、というような……。あの場面からきっと何かが伝わるはずだという信頼を、私は観客のみなさんに対して持っています。

『きらめく拍手の音』より

 『きらめく拍手の音』は、日本でもきっと多くの人に愛されるでしょう。一方で、「ろう者の映画をこれからも作り続けてほしい」という期待が負担になったりすることは? 日本のドキュメンタリストは時として、撮影した題材のスポークスマンであり続けることを求められる“善意の縛り”に直面します。

ボラ 私は、そうしたプレッシャーは全く平気ですね(笑)。

もちろん期待はヒシヒシと感じています。聴覚障害者の間では「ろう者の日常を見せてくれた」「ろう者の世界を撮るCODAの監督がいる」と喜んでもらっていますし、韓国にはこれまで、聴覚障害者を描いた映画がほとんど存在していませんでしたから。

でも次は別の題材を取り上げたいと思っていて、もう撮影も進めています。私は新しいものを作る時には全く違う題材に取り組み、違うアプローチや手法にトライして発見を求めていきたいタイプの作り手なんです。

実は映画と並行して執筆活動もしているんですが、これまではノンフィクションが主体でした。今後は書くほうも、別のアプローチに挑戦していきたいなと思っています。

 『きらめく拍手の音』には、心象的なイメージで構成されているシークエンスがあり、前後とタッチが変わるのが新鮮でした。あれがまさに、新しい表現法を求めるボラさんの個性といえるでしょうか。

ボラ そう思います。あそこは、幼い頃に過ごした街を私が一人で訪ねるシークエンスなんです。おぼろげながら甘美な記憶が残る、しかしもう戻れない場所です。私の心境を表すのにナレーションはそぐわないと感じ、あそこだけは映像言語のみで表現してみました。

とはいっても、次回作に登場する人物のひとりは、聴覚障害者です。『きらめく拍手の音』の世界から完全に離れることは、すぐには出来ないと思っています。この映画はなんといっても、私の家族と私の成長についての映画ですから。

『きらめく拍手の音』より

【作品情報】

きらめく拍手の音
(2014年/韓国/80分/BD/16:9/カラー/ステレオ/韓国語/韓国手話)

監督・撮影・編集・制作:イギル・ボラ
出演:イ・サングク、キル・ギョンヒ、イ・グァンヒ、イギル・ボラ
宣伝:リガード/配給:ノンデライコ

公式HP http://kirameku-hakusyu.com/

ポレポレ東中野ほか、全国順次公開中

【監督プロフィール】

イギル・ボラ Lee-kil Bo-ra
18歳で高校を退学し、東南アジアを旅しながら、彼女自身の旅の過程を描いた中篇映画『Road-Schooler』(2009)を制作。2009年、韓国国立芸術大学に入学し、ドキュメンタリーの製作を学ぶ。その後、ろう者の両親にもとに生まれたことを最良のプレゼントと感じて本作の制作を開始。完成後は国内外の映画祭で上映され、日本では山形国際ドキュメンタリー映画祭2015アジア千波万波部門で特別賞を受賞。2015年に韓国での劇場公開も果たした。現在はベトナムを舞台に次回作を撮影中。