【連載】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜 中野理惠 すきな映画を仕事にして 第51話 第52話

開拓者(フロンティア)たちの肖像〜
中野理惠 すきな映画を仕事にして 

第51話 温泉まんじゅう大使に任命

<前回 第50話 はこちら>

温泉まんじゅう大使

翌2004年初めに、郷里の大川清仁伊豆長岡町長から受け取ったのは、<温泉まんじゅう大使>を始めたいから、その初代大使のひとりになってほしい、との依頼だった。就任式典を町の観光会館(公民館の名称で、現在の名称はあやめ会館だと思う)で開催するから、出席してくれないか、とも言っている。<温泉まんじゅう大使>とは随分、奇抜なアイディアだと感心した。


町内に9軒の温泉まんじゅうやさん

温泉まんじゅうを蒸かして売っている商店は町内に9軒あり、ひとつの箱にそれぞれ異なる商店の温泉まんじゅうを一つずつ、合計9つを詰めて町内だけで販売する企画も考えている、とのことだった。郷里の発展に役立つのなら、と、引き受けることにし、任命式にも出席した。<初代大使>は、同じく地元出身の日本舞踊の名取の方と、もう一人(申し訳ないことに思い出さないが、確か若い女性だったような記憶が残っている)の三名だったのではないか、と思う。任命式には、当時の富士宮市長が、富士宮ヤキソバの幟を持参して登壇していたことを覚えている。全国紙にも紹介されそうだ。

北伊豆の温泉街

北伊豆では何といっても修善寺が名湯として全国的に知られている。1000年以上の歴史があり、山の名称は<嵐山>、流れる川は<桂川>。小京都である。一方で伊豆長岡温泉は、町内の古奈温泉は修善寺と並ぶ歴史ある名湯であるが、伊豆長岡温泉は遥かに後発で、団体旅行の宿として利用されることが多かった。

伊豆半島の変遷

志賀直哉や夏目漱石、井伏鱒二、芥川竜之介に始まる明治の文豪たちは、修善寺や天城に遊び、時には長逗留して創作活動をし、川端康成の「伊豆の踊子」などの名作も書かれている。だが、戦後の復興期を経て昭和30年代になり、三島から修善寺までしか通っていなかった私鉄の伊豆箱根鉄道線は、地形の関係で終点の修善寺以南に伸ばされることがなかったのだが、天城や中伊豆に通じる道路が整備され、戸田や土肥、宇久須や松崎、といった西海岸にまで車で行けるようになった。

同じ郡内なのに東京より遠

西海岸の戸田にあった叔父宅とは、修善寺から一日に数本しかないバスで達磨山(※①)を越えるか、一時間近くバスに揺られ、しかも途中で乗り換えて沼津港に出てから、船で向かう、などの方法で行き来をしていた。ほぼ、丸一日かかり、同じ田方郡(たがたぐん)内とはいえ、東京に行くより不便で遠かった。

東伊豆と西伊豆の発展

さらに、同じ昭和30年代、東伊豆には伊東と下田の間の海岸線を走る伊豆急行が開通し、一方で、東海道新幹線の開通により、京阪神に向かう鉄道網が整備され、東京から名古屋、京都、大阪への出張や旅行がぐっと簡便になった。
そのような交通網の発達により、修善寺や伊豆長岡を始めとする北伊豆を訪れる人々は、宿泊せず、日帰りするケースが増えたことも観光客の減少に拍車をかけていた。

北伊豆は東京の奥座敷ではなくなった

子どもの足で、ウチから小学校まで一時間くらいかかった。湯気の立つ側溝(※②)の走る温泉街を、浴衣に下駄で、そぞろ歩きをする観光客の間を、ランドセルを背負った小学生が、とろとろと歩いてゆく。昭和30年代当時は、いつも観光客がこのようにして歩いていたのだが、いつの間にか、お土産屋や射的屋が閉まり、閑散としてしまった。

温泉まんじゅうをせっせと配った

保育園から高校まで同級生の大川町長の努力に何とか報いたいと、<郷里に行く>という親戚には温泉まんじゅう券を渡し、自分でも帰郷の機会をつくっては、東京で温泉まんじゅうを配った。中には、おまんじゅうを渡すと、新聞記事を読み「面白い試みだと思っていた」と励ましてくれる興行会社の人もいた。だが、すでに両親が亡くなっていたこともあり、郷里に帰る機会が減り、また、<平成の大合併>で両隣の大仁町と韮山町との三町合併により伊豆の国市となり、首長もその後、変わってしまい、温泉まんじゅう大使も今はない。寂しいが、数年後にもたらされた超ド級のニュースにより、町はまた別の貌をつくり始めることとなった。

※①達磨山
お天気がいいと山頂から富士山が美しい。

※②側溝
温泉街の場合の側溝には湯気がでている。大人になるまで側溝からは湯気が出るものだと思っていた。宮重は、確か私の父の葬儀に出席してくれた際に、長岡の温泉場で初めて湯気の出る側溝を見た時の驚きをしょっちゅう口にする。

第52話につづく)

中野理惠 近況
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