【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第26回 『LENNY BRUCE-AMERICAN』

運命論的なネタの時は、まるでウディ・アレンのよう

A-5の「THE LOST BOY」。

もしもみなさんが遺伝と環境の作用について興味があるなら、ある子どもの話をしてあげましょう。

トマス・ルビオという生後2ヶ月の子が、イエローストーン国立公園に置き去りにされました。家族はそこでキャンプをしていて、両親は帰る時にちゃんと火を消した代わり、子どもを置き忘れてしまったのです。

ルビオが森の中にひとりきりでいると、野生の犬の群れが現れ、人間の子を育てることにしました」

 「こうしてその子どもは犬の群れの中で育ちましたが、『自分は完全には受け入れられていない』という感覚が消えることはありませんでした。犬たちはいつも『あなたは選ばれた特別な子なのよ』と彼を慰めました。まるで養子に言うようにね。

両親の方はというと、子どもを忘れたことに気が付いたのは、映画を4本見た頃です。『おい、あの子はどこだい?』『知らないわよ、あなたが荷造りしたんじゃない!』」

 「子どもは、犬たちのもとで12年間過ごしました。犬種はジャーマン・シェパードだったので、会話はドイツ語です。(でたらめなドイツ語)……彼は4本足で走り回ったり歩いたり生肉を食べたり、犬がすることは全て出来るようになっていました。しかし犬たちは年を取り、順に死んでいきました。

そんなある日、イエローストーンを探索していたレンジャーが少年を見つけ、保護して家に連れ帰ったのです」

 「さあ、ここからが、環境がいかに人生に影響するかがよく分かる話ですよ。少年が人間の世界に戻って2年が経ちました。初めは劣っていた彼の知能は、驚くべきことに、すぐに適応するようになりました。高校に入学して2ヶ月後には、カリフォルニア工科大学に合格したとか。しかも専攻は宇宙物理学。ファイ・ベータ・カッパ(成績優秀者のみが入れる学生クラブ)のメンバーにまでなりました」

「もちろん、周りからは驚きの声が絶えません。『あいつは野生の犬の群れに育てられたんだぞ! 人間の世界に戻ってたったの2年と2ヶ月なのに、今やファイ・ベータ・カッパのメンバーとは』と。

しかし、ここで悲劇が起こります。それも彼が育った環境が原因で。卒業式の日、彼は走る車を犬の習性に従ってつい追いかけ、撥ねられて死んでしまったのです」

ベロワさんが教えてくれたところによると、当時のアメリカでは、人の性格を決めるのは遺伝か環境かの議論が流行していた。そこから生まれたジョークだろう。
シュールなホラ話がずっと続いて、最後の最後に待つ皮肉なオチ。おかしいけど、メランコリックな後味が残る。この感触が「The Night Club Years1964-1968」(UA)で知ったウディ・アレンのジョークとそっくりなのは面白い。それに、内省的に書かれた自伝も、筆致はこのタイプのジョークに近いのだ。

なまじ勉強すると、かえってレニー・プルースをどう語ればいいのか分からなくなってきた。〈権威に逆らう反体制の英雄!〉のまま捉えていたほうが良かったのかも、とさえ思う。いずれにしても、フクザツな人だったのは確かだ。

盤情報

『LENNY BRUCE-AMERICAN』
1961
fantasy 


若木康輔(わかきこうすけ)

1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。
今回はコメディアン。いろいろ考えるうち連載最多級の文字量になってしまい、やむなく切り上げました。
あと10年、20年遅く生まれていたら、別の業種(映画か文学か、あるいはロック)でもっと伸び伸び才能を発揮できたのではないか。レニー・ブルースにはそんなIFが付きまとうから、どうしても引っ張られてしまうんだ。巷間よく言われる「ビートたけしとの間に共通項が有りや無しや」にも自分なりの考えが生まれてきているし。
次回は、別の演芸レコードを取上げながらもう少し粘ってみたいと思います。

http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968


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