【自作を語る】『デンジャラス・ドックス』 text ガスパール・クエンツ (『渦 UZU』監督)

毎年秋に松山道後で行われる喧嘩祭りの話を初めて聞いたのは、2014年の夏、映画プロデューサー辻本好二氏からだった。日本に「喧嘩祭り」と呼ばれる激しい祭りがあることは知っていたものの、向かい合った二体の大神輿が真正面でぶつかり合う映像を初めて見た時、私は思わず緊張し、その想像を超えた光景になぜか笑いがこぼれてしまった。私が見たのは道後駅前の、決して広いとは言えない広場が大勢の人で埋め尽くされ、誰が氏子で誰が観客かすら分からないカオスの様相だった。人の海の上で難破した船のように浮く二体の大神輿。それは、祭りというより雄大な自然現象が目の前で繰り広げられる印象だった。

辻本プロデューサーに、その祭りを題材にドキュメンタリーを作らないかと提案されたとき、私はそんなことは不可能なのではないかと思った。嵐の真っただ中にいるような、その自然現象に近い体験を再現しなければ、面白くないと思ったからだ。半信半疑で辻本プロデューサーと一度松山に飛び、祭りを取り仕切る総代の西岡さんにお会いしたところ、すぐに意気投合し、全面的に撮影許可をいただけるという思わぬ結果になった。撮影許可などかつて降りたこともない、大神輿に何台もの小型無人カメラを付けることまでに了承をいただいた。とは言え、その時点で祭りまで二ヶ月しかなかった。もちろん事前に祭りを実際に見ることはできない。動画資料など集められるだけの資料を集め、祭りの進行をいくら勉強したところで、実際の現場の雰囲気を知ることや、現実の予測不可能性に対しては準備の仕様がなかった。結局、そのまま祭りの三週間前に現場に入り、模索しながら作品の構造を練っていくことになった。

今振り返ると、そういった時間に追われた状況や、現場に入ってから作品の方向を考えていく決断は、結果的に良かったのではないかと思う。大神輿の準備や鉢合わせ(神輿同士をぶつけること)の練習に立ち会い、氏子たちと色々と雑談するうちに、思いもしなかったことがいくつか分かってきたからだ。

まずは、大神輿の対立という風に考えていた鉢合わせは、「対立」というより「合体」に思えてきたのだ。人間が展開する戦いというよりも、波がぶつかり合い混ざっていくイメージが湧いてきた。大神輿を支える人混みが「海」だとしたら、表面下はいったいどういう世界になっているのか、いったいどういう音が流れているのか、その未知の空間を描きたいと思った。
鉢合わせは、地面に触れた大神輿は負けというルールになっている。御霊が乗っているということもあって、地面に絶対触れてはいけない。倒れてきた大神輿を支える男たちは、神輿の下に自分の身体を入れてまでそのような事態が起こらないように努める。この大神輿の裏を支えるポジションは「堂裏」と呼ばれるが、衝撃の瞬間に大神輿に身体が潰される危険性もあり、もっとも危険な位置だ。私は、自分を犠牲にしてまで大神輿を守る彼らの姿こそが、神様を乗せたその黒い巨大物体に対する畏れを最も表すと思い、堂裏の氏子たちに焦点を当てることにした。

最後に作品の方向を大きく揺らしたのは、祭りのほとんどの大神輿を作成し修理を担当する、河野木工所の存在だ。その昔ながらの木工には、外の世界と違う時間が流れているように感じた。人間が傷を負うように大神輿も傷を負い、木工職人・河野氏の手によって蘇る。作品の中では、河野木工所はその「再生の力」を表し、毎年繰り返される祭りの本来の意味と、人間と自然の繋がりを表現している。こういったあらゆる要素が作品を築いてゆき、松山秋祭りの神聖さとエネルギーを映像と音で表現していく本作となった。

『渦』は決して見やすい映画ではないだろう。ナレーションもなく、場所や祭りの全容の説明も一切入っていない。しかし、作品の狙いは祭りに参加する男の体験そのものの、フィジカルかつ本能的な面を映し出すことである。死を間近に感じるその体験は、人間の原始的な、または動物的な顔を現すことで、海外の観客であれ誰であれ共感できるのではないかと思う。

その後、完成した『渦』は地元松山でのお披露目上映を経て、辻本プロデューサーとともに世界各国の映画祭に参加することになった。海外の映画祭で見た短編ドキュメンタリー映画の中で、私たちに強烈な印象を残した2本の短編ドキュメンタリー『男が帰ってきた(原題 A Man Returned)』『シット・アンド・ウォッチ(原題 Sit And Watch)』を『渦』と組み合わせて日本で公開すると面白いのではないかと考え付いた。そして『デンジャラス・ドックス』と銘打っていよいよこの秋公開されるに至った。ぜひ多くの観客に短編ドキュメンタリーの面白さを感じてもらいたい。

【映画情報】

『デンジャラス・ドックス』とは?
2016 年に世界の映画祭で話題となった短編ドキュメンタリーから3本を厳選し、一つのプログラムとしてまとめた前例のないオムニバス企画。日本のメディアでは決して取り上げないテーマと三者三様のアプローチにより、現実という名の地獄、そこに生きる人間の生命力に光を当てる。レバノンの難民キャンプ、日本の地方都市、そしてロンドン。全く異なる世界の片隅で、不思議と繋がり合うリアルな人間ドラマ。フィクションでは決して語ることのできない、想像を越えた現実を鋭く描いたドキュメンタリーオムニバス 。

参加作品 

『男が帰ってきた』(A Man Retuned)
(2016年/33分/レバノン/監督:マハディ・フレフェル)
26歳のレダは、パレスチナ難民キャンプ、アイン・ヘルワを脱出し3年間ギリシャに滞在するも強制送還されてしまう。内紛とシリア内戦の影響によってボロボロに引き裂かれた難民キャンプに帰ってきた男は重度のヘロイン中毒になっていた。大きな困難が待ち受ける中、彼は幼馴染みの恋人と結婚する事を決意する。「俺がこんなことになるなんて夢にも思わなかった」との痛切な吐露が見る者を激しく撃つ。

『渦』(UZU) 
(2016年/27分/日本/監督:ガスパール・クエンツ)
毎年10月に愛媛県松山市道後で行われる秋祭り。男達が大神輿を全力で激しくぶつけ合い、人間の渦のように混ざっていく。死を感じる瞬間さえあるというこの過激な祭りの内側にカメラは深く入り込み、危険を顧みず究極の場に挑む男たちを鮮烈に捉え、まるで祭りの中にいるような感覚を与える「体感」そのものを映し出す。超越的な力をもつ大神輿に引き寄せられた男たちが「一心同体」で戦いに向かう姿勢をとらえた貴重な記録。

『シット・アンド・ウォッチ』(Sit and Watch) 
(2016年/37分/イギリス/監督:フランシスコ・フォーブス、マシュー・バートン)
議会、チャットルームのオンラインSEX、キックボクサーのトレーニング、テムズ川のボートツアーガイド、深夜バスでの乗客の喧嘩、そして神の存在を唱える聖書研究会。現代のロンドンを舞台に6つの日常的なストーリーが展開、様々な人間模様を映し出す。次第に現実とフィクションの境界線は曖昧となり、観客は混乱へと導かれ、ついには自分自身の立場に向き合わざるを得ない状況へと追い込まれてゆく

デンジャラス・ドックス公式サイト→ http://jgmp.co.jp/docs/

渋谷ユーロスペース
2017年9月23日(土)~10月13日(金) 3週間限定レイトショー!
www.eurospace.co.jp

新宿K’sシネマ
2017年9月30日(土)~10月13日(金) 2週間限定レイトショー!
www.ks-cinema.com

【筆者プロフィール】

ガスパール・クエンツ (『渦』監督)
1981年パリ生まれ、現在長野在住。 高校時代に1年間日本映画上映会に通いつめ、日本映画に開眼。フランス国立東洋言語文化研究院を卒業後、2003年に来日。 映画美学校を卒業後は、日本、インドやインドネシアを舞台にドキュメンタリー を制作、各国の映画祭で上映されている。 2014年に北イ ンド・ビハール州のソネプール大祭をテーマに『Kings of the Wind & Electric Queens』を監督し、カナダのHot Docsドキュメンタリー国際映画祭にて中編グランプリを受賞する。