【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」第10回 アルガルヴェ、ポルトガルのなかの異郷 text 福間恵子


福間恵子 ポルトガル、食と映画の旅

第10回 アルガルヴェ、ポルトガルのなかの異郷

<前回 第9回 はこちら>

2007年冬、それまで敬遠していた南部アルガルヴェ地方への旅に出た。

アルガルヴェは、ポルトガル南部の海に面した地中海性気候の土地で、リゾート地として北ヨーロッパからたくさんの観光客が来るところ。暖かさを求めて年寄りがぞろぞろ、立派なゴルフ場求めて金持ちがわんさか、というポルトガルにはめずらしいリゾートエリアだ。ポルトガルに通いはじめて、東西南北どんな田舎も訪ねてやろうと意気込んでいたが、アルガルヴェだけは敬遠していた。いつまでも行くことはないだろうと思っていた。

しかし、航空チケットもホテルも安い冬の時期に行くことが多かったので、寒さと雨が身体にこたえてきていた。北の老人たちのように、冬の太陽を恋しいと思うようになったのだ。

ポルトガル本土最南端に位置し、西は大西洋、南も大西洋(といっても地中海の延長的で、向こうにはアフリカ大陸)、東は川を隔ててスペインに面する東西に細長いアルガルヴェ。ここを西から東へ移動していく旅を計画した。

1月22日、リスボン到着。しっかり寒い。この冬はとりわけ寒さがきびしいのだとテレビの気象情報でも言っている。気が変わらないうちにと、翌日にはアルガルヴェの西の端の町ラゴス行きのバスに乗りこんだ。リスボンから、山のないアレンテージョ地方の平野をどんどん南下して、4時間でラゴスに到着。リスボンからの乗客のほとんどは、ラゴスの少し手前のポルティマオンで降りた。終点まで乗ったのはわたし以外に二人しかいなかった。なるほどガイドブックのとおりに、ラゴスはアルガルヴェのリゾート地帯から外れている。リゾートの中心はポルティマオンとアルブフェイラ。ポルティマオンの町には高層ホテルが林立していた。

ラゴスは小さな港町で、海は目の前にある。こぢんまりとしたいい町だが、北部の大西洋岸の港町とはずいぶん気配がちがう。どこか明るい。白い家々がいっそう明るい印象を与えている。候補にしていた安宿は3軒とも「冬季休業中」。観光案内所も閉まっている。やむなく予算をオーバーして少し高級なホテルに泊まらざるをえなかった。ここはリゾートから外れているから、冬の観光客は少ないのだ。

ラゴスに来たのには目的があった。ポルトガルの最南西端、地図で見ると一番下の左端っこに突き出しているめ、ここに行ってみたかった。半島があるとその先端まで行かなければ気がすまないという妙な癖があり、これまでも国内国外を問わず大義もなく「先端」を訪ねることが多かった。またサグレスSagresの名前は、ポルトガルで一番ポピュラーなビールの銘柄名で、同名の地名があることにも興味があった(ビールの名前を先に知ったのはもちろんのことだ)。

ラゴスで初めて口にしたのはもちろん、ポルトガル代表ビール、サグレス!

ラゴスからローカルバスで30分。サグレスの町の終点で降りたのもわたし以外に二人だけ。ロンドンから来たインド人の中年夫婦だった。同じ目的の彼らと一緒に行動した。サグレス岬まで歩いて20分。ざっくりと切り裂いたような、むき出しの赤土の断崖。下の海辺まで一番高いところで70メートル以上あるそうだ。はげしく荒々しい。アリゾナの景色が大西洋岸にやってきたような、異星みたいな光景だ。その岬をまわる歩道は岩だらけで、快晴のその日は風も強く、じつはとても怖かった。わたしの恐怖をよそに、インド訛りの英語のふたりは「ワンダフル!」を連発して、崖の淵に近寄り風に動じていない。

サン・ヴィセンテ岬にも行くつもりでいたのだが、断崖の道を1時間以上も歩かなければいけないことがわかって、「向こうにくっきり見えている」、それで十分と、三人とも納得した。

サグレス岬から「向こうにくっきり見えている」サン・ヴィセンテ岬。

ポルトガルは、16世紀の大航海時代がいまもなお誉れ高き時代で、その大航海を率いた代表がエンリケである。「エンリケ航海王子」と呼ばれ、ラゴスの町にはエンリケのりっぱな銅像があり、サグレス岬もサン・ヴィセンテ岬も大航海時代を築く発端となった場所である。どちらの岬にもその突端には灯台があり、その手前にはかつての要塞が残されている。

この断崖から、果てしなく広がる青い大西洋を見ていると、たしかにここから野望を抱いて大航海に乗り出したことが実感できる。もちろん王子は、アフリカやインドやブラジルを征服する使命を担ったのであり、わたしは単純に「海の向こう」を夢見たのだけれども。

ラゴスで2泊して身体をととのえた。どうやらこの冬は、ポルトガルじゅうに寒波が押し寄せているらしい。リスボンに大雪が降ったというニュースが流れている。そして、暖を求めたはずのここアルガルヴェもひどく寒い。後先のことは考えないようにして、アルガルヴェで次に行きたかったところへ移動することにした。

アルガルヴェには、南の海と並行するようにして、西のラゴスと東の端の国境の町ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオを結ぶ鉄道がある。アルガルヴェの中心地ファロは、東西の中央よりやや東寄りに位置していて、ここで乗り換えて東西がつながっている。ファロから東への本数が多くて一日往復14本ほど。東西つなぐ便は一日往復8本ほど。ドウロ川に沿って走る列車のことを思えば、便利な路線である。この鉄道は片道約3時間の道のり。

ラゴスからファロまで約2時間。ファロで降りるかどうか迷ったが、ホームから見える町の大きさにいささかげんなりして、そのまま乗り継いだ。ここから、めざすタヴィーラへは、海のすぐそばを線路が走っていて、ひたすら海を眺めることになったのだが、その不思議な景色に仰天した。ラグーン=潟(ポルトガル語でラゴア lagoa)というのか、それがずっと海の向こうまであって、それらは干潟ばかりでなく緑も家も存在する島みたいに広いものもある。そして、タヴィーラまで延々といくつも続いているのだ。遠くアフリカからの日差しをあびて、ラグーンも舟も浮かぶ家も、何もかもが幻のように、蜃気楼のように見えている。タヴィーラまでの40分間、列車の南側の窓に釘づけだった。

タヴィーラに着いて歩き出してすぐに、この町はいい、そう直感した。それまで見てきた北部にも中部にもない独特の屋根の町並み。川に古いローマ橋がかかり、輝く海があり、高台がある。ちょうどいい大きさに凝縮した古い町。気に入った。河口に沿った元市場だったところの向かいにある、安くていい宿にも出会えた。ここに4連泊した。

タヴィーラの街並み。椰子の木と低い雲がまるで夏のようだ。

列車でタヴィーラとファロを往復して、あのラグーンをじっくり眺めた。タヴィーラから、東の終点でありスペインとの国境の町であるヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオに行った。新しい鉄道駅のそばのガランとした空き地に、テントもなく暮らすロマの家族がいた。そこから、国境になっているグアディアナ川を、フェリーに10分乗ってスペイン側のアヤモンテに渡った。そして、タヴィーラの町に戻り、イキのいい魚を食べた。

列車にはさすがにリゾート客は乗っていなかったが、フェリーには肌の白い年寄りたちがたくさん乗りこみ、タヴィーラの町の広場には観光バスが時おりやってきて、やはり老人たちが乗り降りしていた。わたしはタヴィーラの町をくまなく歩いた。

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