【小特集★世界の映画祭】ヨーロッパのドキュメンタリー映画祭① 〜リスボン国際ドキュメンタリー映画祭(doclisboa)〜 text 中山和郎

メイン会場のCulturgest

現在、ご家族のお仕事の都合でデンマーク・コペンハーゲンに住まわれている配給会社「きろくびと」の中山和郎さんから、ヨーロッパ各地のドキュメンタリー映画祭に関する貴重な原稿をいただいた。ロッテルダム・ベルリン・カンヌといった日本でも有名な映画祭以外にも、ヨーロッパ各地で毎年様々なドキュメンタリー映画祭が開かれ、おびただしい数の日本未公開作品が上映されている。まずは、そのことに敬意と期待をいだきつつ、まだ見ぬ映画祭や作品との出会いを読者の皆さんと共有できれば幸いである。今回は2017年10月に開催されたリスボン国際ドキュメンタリー映画祭の報告。今後数回に渡って順次掲載予定。中山さん、ありがとうございます。(neoneo編集室・佐藤寛朗)

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Culturgest:舞台挨拶の模様

ヨーロッパのドキュメンタリー映画祭①

〜リスボン国際ドキュメンタリー映画祭(doclisboa)〜

現在住んでいるデンマーク・コペンハーゲンからポルトガル・リスボンは飛行機でおよそ3時間半、東京からだと北京・上海ぐらいの距離ですが、同じヨーロッパでも北欧からだと結構遠い印象です。リスボンはもとよりポルトガル自体初めてでしたが、飛行機から降りて外に出るとコペンハーゲンと違い、明らかに温暖で心地よい風が。北欧にいながらも異郷の地にきた感じがします。

 

空港からのアプローチ・会場

空港からは地下鉄(Metro)が直結していて、中心部までは20分弱ととても便利。駅の券売機でviva viagemカードを0.5ユーロで購入し、いくらかチャージしておけば日本のSuica同様、バスやトラムなどにも使えます。1回あたりの運賃は1.3€で、シングルチケット(1.45€)を買うよりは少しお得です。

映画祭で使われている会場はいずれもリスボン市内ですが、徒歩で行き来するには少し遠いため、専ら地下鉄かバスでの移動になります。映画祭事務局があるメイン会場のCulturgest(612席のスクーン)、ポルトガルの巨匠、マノエル・ド・オリヴェイラの名前がついたシアター(830席)など3スクリーンを備えた準メイン会場の映画館サン・ジョルジュ(Sao Jorge)、今回のゲベック映画特集を行なっているシネマテーク(Cinemateca:詳細はneoneo掲載の福間さんのレポートをご参照下さいhttp://webneo.org/archives/42039)、そして繁華街のバイシャ地区にある100席ちょっとのミニシアターのシネマ・アイディール(Cinema Ideal)の4つが主な会場です。

準メイン会場のSaoJorge:オリヴェイラの名前がついた1番スクリーン

プログラム

映画祭は今年2017年で15回目。毎年10月下旬に開催されており、11日間開催で200作品を超える現在の上映規模になったのは5年ほど前からとのこと。映画祭自体比較的新しいといってもいいかもしれませんが、ヨーロッパのドキュメンタリー映画祭ネットワーク(Doc Alliance)に加盟しているので、関係者向けの登録や作品応募などは共通のファーマットが使われていて便利です。

上映プログラムはメインのインターナショナル・コンペティテョン(18作品)、国内コンペのポルトガル・コンペティション(11作品)、国内の新人監督の短編・中編作品を集めたコンペ部門のグリーン・イヤーズ(34作品)。コンペ対象外部門では多様な視点から現代社会との関わりを模索した作品を揃えたニュー・ビジョンズ(31作品)、注目監督作品や話題作を集めたフロム・アース・トゥー・ムーン(20作品)、芸術家や社会運動家などにフォーカスした作品群のハート・ビート(19作品)、緊急上映的プログラムのアージェンシー・シネマ(2プログラム)、ドックアライアンス上映(2作品)。さらにチェコのヴェラ・ヒティロヴァ監督特集、「もう一つのアメリカ」というテーマで1955年から2016年まで短編・長編合わせて48作品を揃えたゲベック・シネマ特集の2つのレトロスペクティブ企画と、あわせて244作品もの上映が組まれているので、規模は大きい方だと思います。

コンペ部門については、他の映画祭であるような長編、中編、短編といった分類がないのが特徴のひとつで、メインのインターナショナル・コンペティションでは、1時間未満の作品が6作品ありました(ただし、すべてのコンペ部門に出品された40分以内の短編作品の中でグランプリを決める短編賞があります)。また、映画祭が常に気にするプレミア(初上映)の分類ですが、ワールドプレミア(世界初上映)及びインターナショナルプレミア(国内を除いた海外初上映)が11作品、ヨーロッパプレミア1作品、ポルトガルプレミアが6作品という内訳で、製作国ではフランスが含まれた作品が最も多く、今年は9作品に上っていました。また、新人監督の登竜門的部門のグリーン・イヤーズでは、コンペ対象の国内21作品の他、ヴェラ・ヒティロヴァのレトルスペクティブ上映にちなんで、彼女が通っていた世界でも歴史のあるプラハのFilm and TV School of the Academy of Performing Artsの学生の短編作品も上映されました。

コンペ外部門では、ニュー・ビジョンズは映像と現実、過去と現在との行き来など多角的なアプローチで現代社会を表現した作品が並び、写真家で映画作家でもあるシャロン・ロックハートを招いての企画上映や、ゴダールやハーモニー・コリン、トラビス・ウィルカーソンなどの作品が上映されていました。
特集上映を行っている会場のシネマテーク

フロム・アース・トゥー・ムーンでは、日本でも著名なワン・ビンの2作品、今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭インターナショナル・コンペティション部門特別賞受賞のジョアン・モレイラ・サレスの『激情の詩』、今年5月のイメージフォーラム・フェスティバル2017で上映され、来年3月のアカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞候補作品に先日ノミネートされたビル・モリソンの『ドーソン・シティ:凍結された時間』、今年の東京国際映画祭のクロージング作品『不都合な真実2:放置された地球』などがラインナップされていました。

ハート・ビートでは、今年のベルリン映画祭コンペ出品作品『Beuys』(美術家で社会活動家でもあるヨーゼス・ボイスの生き様を追ったドキュメンタリー)を監督したドイツのアンドレス・ファイエルのミニ特集のほか、話題作の『ホイットニー:本当の自分でいさせて』(日本では今年9月からNetflix配信)や、東京国際映画祭ワールドフォーカス部門でも上映された『ナッシングウッドの王子』、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門で特別賞を受賞した『パムソム海賊団、ソウル・インフェルノ』などの上映がありました。いずれも国内初上映ですがヨーロッパではすでに上映された作品が大部分でした。

興味深かったのはアージェンシー・シネマ部門。今年はイスラエルのB’Tselemが制作した短編作品群の上映プログラムでしたが、会場のサン・ジョルジュの2番スクリーン(150席)は立ち見が出る盛況ぶり。B’Tselemはイスラエルに1989年に設立された人権情報センターで、2006年からビデオ制作部を創設、ヘブロンやガザ、ラマッラーなど各地に担当者を配置し映像に収めたものをプロが編集するというようにフィルムメーカーとビデオアクティビストとの協働作業で映像作品を制作しています。資金は2000年の第二次インティファーダ以降、イスラエル国内でのPRが難しくなり、大部分はEUや国連など国外からの援助に頼っているとのことでした。残念ながら今年は日本人監督や日本制作の作品が一つも入っていませんでした。

全上映スケジュール

インダストリー

通常、映画祭では一般上映と並行してプロデューサーや配給会社、映画祭主催者など映画関係者(インタストリー)向けのイベントも数多く用意されています。doclisboaの場合、インダストリーの登録料は60ユーロと比較的安いですが、安いというのはそれになりに理由があり、よくあるような企画プレゼン(ピッチング)などの規模は大きくなくこじんまりした印象。ソーシャルイベントもあまり多くなく、参加者リストも配られないため、関係者間ではやや交流しづらいです。また、インダストリー登録者は全上映作品鑑賞可能ですが、イベントも含めチケットオフィスや劇場窓口でその回のチケットを入手する必要がありました。見逃した作品をチェックできるビデオブースも10席ほど用意されていましたが利用者はまばらでした。

ちなみに映画祭予算のうち8割は国内やEUからの助成金で賄われており、常勤スタッフは10名、アルバイトが40名弱、ボランティア80名程度で運営しているとのことです。

インダストリーイベント(写真はピッチングのオンラインプラットフォーム紹介)

まとめ

全体の印象としては、まずは実験的・前衛的な作品が数多く上映されている点でしょうか。さまざまな撮影スタイルが可能となり、ドキュメンタリーといえども映像に多様性が求められ、観客もそれを求めているとの認識で上映作品を選考しているようです。実際、プログラムコーディネーターの一人に聞いたところ、議論を呼ぶような作品を主眼に選考しているとのこと。各部門での上映作品を見るとそれが顕著に現れていて、インターナショナル・コンペティション部門でもフィクション的要素を持った作品はもちろんのこと、老人のアップを10分近く固定カメラで写し続けるような作品も見られ、観客にドキュメンタリー、映像のあり方を問うような野心的な作品が数多く見られました。アート的感覚が乏しい筆者からすると理解するのが難しい作品が少なくない中、本当にそういったドキュメンタリーを観客が求めているのか、”技”に固執しすぎないか、プログラムする側の方向性についてどう評価すべきか判断に迷います。

2つ目はポルトガル国内の映像製作者の発表・育成の場として活用されている点です。国内新人監督のコンペ部門、国内監督のコンペ部門をそれぞれ国際映画祭の一部門に位置づけ表彰もしているので、国内の映像製作者にとってはかなりのインセンティブになっており、見習うべき点は大いにあります。

3番目は映画祭を通じた映像教育への注力です。4歳から15歳までの子供・若者を対象にワークショップを行うプログラムが組まれていて、今年は先住民の歴史や苦闘を描いたいくつかの作品を通して学び・議論するセッションが企画されていたほか、映画祭各部門で学校と連携した上映の回が設定され、まとまった学生が授業の一環として?見に来ていました。

アージェンシーシネマでの上映後のトーク

一方で、お客さんの入りは全体的にもう一息といった印象でした。600〜800席の大スクリーンでの上映が多かったからそう感じたのかもしれないですが、入ってもせいぜい200〜300人ぐらい。チケットも1上映3〜4ユーロと良心的で、5回券(16€)、10回券(30€)、20回券(55€)とニーズに応じた回数券も用意されています。街中でも映画祭のポスターはあちこちで見かけたものの、海外ゲストを増やしたりするなどして動員・広報が努めた方が良いように感じました。

ただ、温暖な気候や人柄、さらには質実剛健な空間を贅沢に使った会場のせいか?他の国際映画祭と異なり、ゆったりした感じが全体を通して感じられました。ポルトガルは他のヨーロッパと比べて物価が安く、イワシやタコなど新鮮な魚料理が多くてお米もよく食べます。日本人にとっても非常に居心地が良いですし、旅行気分と観客目線で楽しめる映画祭ではないかと思います。

リスボン市内を通る路面電車

【執筆者プロフィール】

中山和郎(なかやま・かずお)

1970年生まれ。2006年より「浦安ドキュメンタリーオフィス」代表として、ドキュメンタリーの配給・宣伝を開始。2015年にレーベルを「きろくびと」と改め、現在もドキュメンタリーを中心に様々な作品の配給・宣伝を手がけている。