【連載】福間恵子の「ポルトガル、食と映画の旅」 第16回 アソーレス、大西洋の小さな島々 Ⅱ

次の日は、島の北東端の町ノルデステNordesteに行った。この「北東」という意味の名前は、町の名前であると同時に、北東地域一帯の名称でもある。

ポンタ・デルガーダからここまで行くバスは、一日2往復のみ。運転手に2時間かかると言われたが、2時間40分かかった。きのう行ったリベイラ・グランデまでは同じ道のりで、そこでバスを乗り換えて、島の東部の北海岸をひたすら東に向かう。小さな村に寄っていく路線バスだが、それはおどろきの連続のルートだった。

海沿いはほとんど断崖になっているので、バスはまるで海にダイビングするかのように一気に下る。身体は斜めになるし、海が迫っているからおそろしくて何度も息を飲む。そして家が2、3軒見えたところで人を降ろして、また断崖の途中まで一気に登る。急角度のヘアピンカーブを越えながらだ。断崖の上もまた急角度の丘陵で、その草地に牛がいてトウモロコシ畑がある。牛がころげ落ちないか、トウモロコシは風雨でなぎ倒されないのかと、本気で心配したくなるような光景。そんな道にも淡いブルーのアジサイの花がずっとずっと咲いている。道中には、茶畑で有名なゴレアナGorreanaへの矢印看板があり、マイアMaiaという村にはタバコ博物館の標識も見える。この島では緑茶も作られているし、アソーレスでしか買えないタバコ「ボア・ヴィアージェンBoa Viajem」も作られている。

まるで速度を落としたジェットコースターのようなバスから見るこの島の北東岸の景観は、美しいけれどもあまりに厳しい。よくぞこんなところに人が住んだものだと思わずにいられない。このヘアピンカーブ道路の南側の丘陵を走る高速道路がノルデステの町までつながってからは、観光客が車でやってくるようになったが、それまでは陸の孤島的な地域だったという。地図をよく見て気がついた。ノルデステ地域には、島で一番高い山(1,103メートル)があり、それにつづく高峰が5つもあるのだった。つまり私たちが乗ったバスは、山の裾にあたる斜面(その先に陸はなく海になっている)を走ったということだ。

ノルデステの町。空気が澄んでよく晴れていた。

ノルデステの町には夏の空が広がっていた。島の最北東端の台地にできた町。ポンタ・デルガーダの街の空気となんと違うことだろう。空がとても近くに感じられる。町は整然としていてゴミはなく、新しい家々が並ぶ。アソーレス特有の白い漆喰壁の立派な教会、かつての生活が垣間見れる小さな民族資料館。木陰のある広場では、老人たちがベンチでくつろいでいる。彼らのここまでの人生には、並大抵ではない苦労があっただろう。もしかしたらかつて捕鯨に出ていた人かもしれない。アメリカに移住した家族がいるのかもしれない。黒いベレー帽をかぶった老人たちの顔に刻まれた深い皺に、大西洋の孤島の辺境の地の、苦難の歴史をかいまみる思いだった。

ノルデステ発最終便のバスは、定刻の16時を15分も過ぎてやっと出発した。再びアップダウンの道を逆にたどる。日が傾いてきて、海の色が濃くなっている。

テルセイラ島の北岸もまたゴツゴツと入り組む地形ではあったが、サン・ミゲル島北岸の断崖に比べるとやさしい穏やかなものだった。アソーレス諸島を代表する二つの島のあり方を見ただけでも、たぶん9つの島それぞれが異なる顔を持っているだろうことが想像できる。火山の噴火によって、大陸から遠く離れた大西洋の真ん中にできた島々。そこに吹く風は、海流の関係で北側がもろに受けるのではないだろうか。

フローレス島から戻ってきたら、サン・ミゲル島の西端、有名なカルデラ湖のあるセテ・シダーデスに行こう。きっとまた違う風景に出会えるはずだ。

サン・ミゲル島滞在前半の最後の夜、ポンタ・デルガーダの街はエスピリート・サントのお祭りでにぎやかだった。そんななか、いい食堂に出会えた。タイミングよく待たずに座れたが、広くはない店にどんどん人がやってくる。ふたりとも迷わず魚を注文した。ガロウパ(garoupa ハタの一種)とカンタロ(cantaro たぶん赤メバル)。サーヴする店の人たちは、動きも笑顔もじつにいい。「ボン・アペティート!」と運ばれた大盛りの皿。サラダは新鮮で充実している上に豆もたくさんある。魚はもちろんとびきり新鮮だ。上品な白身の味だった。魚はアソーレスに限るという夫に、いやいやセジンブラだってリスボンだって負けないとわたし。ポルトガルは日本に負けないくらい魚が美味しいのだ。アソーレスはさらに牛肉も乳製品もだから、困るよなあ。美味しいものを食べると、ケンカの絶えない夫婦も仲良くなる。生ビール2、赤ワイン・デキャンタ2、しめて35ユーロ。物価の高い島とはいえ、これは納得のいく値段だった。

ガロウパ Garoupa。大きな1匹を開いてグリル焼きにしてある。

いい機嫌になって、ぶらぶら歩いて小さなカフェに入った。アソーレスのバガッソ「ヴィニカ」を1杯。バガッソはブドウの搾りかすで作った強い蒸留酒。初めてのアソーレスのバガッソはなかなか強烈だったが、ほのかに海の香りがしたのは気のせいか。

明日はいよいよ、アソーレス諸島最西端の島フローレスに向かう。

*「アソーレス、大西洋の小さな島々 Ⅱ」は、次回Ⅲにつづきます。


福間恵子 近況
これから吉祥寺美術学院での「『以外、以前、中枢』第1回/七里圭、自作を語る」に参加する。この学校は、美大予備校である以上に今の文化へのまなざしが鋭くてユニークなところ。行くたびに発見と出会いの連続で、打ち上げの愉しさは比類ない。今日はまた何が飛び出すか。ちなみにこの学院の姉妹校である静岡美術学院卒業生に『息の跡』の小森はるか監督がいる。