【Review】一青妙・窈姉妹の自伝的演劇「時光の手箱」を観る text 吉田悠樹彦

一青妙・窈姉妹についてのドキュメンタリー演劇が台北で初演

ドキュメンタリー演劇という言葉がある。ドキュメンタリー演劇は歴史や事実を構成していく演劇として近年再注目をされているが、多文化・多言語社会を生きる人たちが、自らのライフヒストリーを語る手法としても注目をされている。
一青妙・窈姉妹は、台湾と日本の間で活動を行ってきたアーティストだが、彼女たちの生い立ちを描いた書籍が2010年代前半に一青妙によって発表され、続いてその映画版も公開され話題となった。一青妙による書籍版「ママ、ごはんまだ?」(2013年)や彼女のエッセイ集「私の箱子」(2012年)をベースにした映画版「ママ、ごはんまだ?」(白羽弥仁監督、2017年)のことだ。この映画には一青窈の曲「空音」が使われたことも懐かしい。

今回はこれらの書籍や映画に基づくようなドキュメンタリー演劇作品「時光の手箱」(原作・一青妙、脚本・詹傑)が上演され、2019年3月に台北で行われた初演に立ち会った。一青妙・一青窈姉妹の物語ということで注目され、台日の文化交流の関係者が多く集ったが、私もその一人として見届けることができた。

一青妙は現地で出演メンバーを集い、一青の父にあたる顔恵民の役は鄭有傑が演じ、若き日の母の和枝は日本でも人気の大久保麻梨子が演じた。鄭は映画「太陽の子」の監督などの仕事でも知られている。一方、大久保は日本でのアイドル・女優としての活躍を経て、2010年から台湾へ移住し役者として知られるようになり、2019年からは日本でも活動を再開する。日本と台湾の間で活動を重ねてきた多くの才能たちが、この作品のスタッフとしてクレジットされている。

この作品のみどころ

この「時光の手箱」を、2019年3月9日に台北城市舞台にて観劇した。映画や書籍ではそれぞれに描写の細かい下りがあったり、書籍版「ママ、ごはんまだ?」では母の料理のレシピが入るなどの工夫が凝らされていたが、この演劇版では代表的な部分の演出に絞られ、場面展開の為に、映画を編集するディレクターの姿と一青妙のやりとりが時折挟み込まれている。

一青は戦前の台湾の名家・基隆顔家の出身だ。金山経営で知られた一家であり、当時の五大名家の一つとしてその存在は当時の政治経済情報のみならず文化にも登場する。公演プログラムをみると、その顔家の子孫たちが上演に多く協力していることも解る。

父・顔恵民は戦前の台湾で生まれ、時代の中を成長してきた。“終戦の時に心労から眉毛が白くなった”という。書籍や映画でよく知られることになったこのエピソードも作中に登場する。そして彼は日本へ亡命する。

そんな父が一生の中で唯一自分の道として自ら選んだのが、日本で知り合った日本生まれの妻との結婚だ。彼は一度また台湾に戻り、やがて娘たちが生まれ、戦前はいわゆる名家の跡取り息子だったのだが、事業でいろいろと苦労を重ねていく。そんな父は最後にノイローゼとなってしまう。演者やストーリーの語りに一族出身の一青妙を入れていること、日本と台湾で工夫された時代考証から、書籍や映画以上にライブ感のある効果が生まれてくる。

やがて日本へ戻ってきた妻と娘たち、父亡き後の娘二人の成長が物語られる。書籍や映画で知られたシーンが、思い入れと愛情溢れる演出を通じて繰り広げられる。映画に通じる要素もあるが、大きく異なるのは一青妙の味わい深い生の語りがあることだ。本や映画で既に知られた物語をあらためて著者の一青妙が朗読すると、他で得られない迫真のリアリティが生まれてくる。加えて演劇版の特色ともいえるディレクターと一青妙のやり取りは、家族の歴史とその再構成という視点を映画や書籍以上に与え、演劇版を生みだしたことにより大きな効果を与えているといえる。この舞台は、映像による演出も加わったマルチメディア・パフォーマンスでもあり、見事に構成された一家の物語は、現地の人々に喝采と共に迎えられていた。

一青は近年では岸田國士の戯曲をリーディングするなど活躍を重ねていたが、この「時光の手箱」では、役者としてしっかりと台日の関係者の前でその存在を示した。女優・歯科医・作家とマルチな才能を持つ彼女だが、近年は女優としての才能を映画を通じて大きく飛躍させ、自らのテクストが原作となったこの演劇では、さらに新しい大きな地平を確立したといえる。一青妙は自らの出自について、多文化・多言語環境を生きてきた帰国子女のライフヒストリーとして考え学術に協力することもあったというが、そんな体験も今回のドキュメンタリー演劇といえる本作の上演には役立ったのではないか。


日本での上演が楽しみだ

この「時光の手箱」以外にも、1945年以前の台湾が登場する演劇は存在する。台湾は日本との関わり合いが不可避な地域だが、台湾の日本認識そのものが1つの大きなテーマとなっており、日本人の認識以上に、日本に関係する演劇も上演されている。

例えば同じ週の台北では、1945年以前の日本語教育や、皇民化運動も登場する「一夜新娘」(脚本・演出 黄致凱)を故事工廠にて観劇することができた。当時の台湾の様子が一人の女性の人生と共に描かれるが、客席には原作のモデルとなった女性や原作者が現れ喝采を浴びていた。歴史との接点を視野にいれているこの作品は、日本を批判的にとらえる描写もあるが、植民地時代の日本の姿を日本の外部や女性の視線から描いた作品として優れており、「時光の手箱」とは異なる意味で、現地の日本に対する視線を感じることができる興味深い作品だ。

日本社会はこれまでにない台湾ブームの最中にある。昨年から現代にかけて、私は台湾の伝統芸能である国劇で知られる国光劇団と現地でも人気がある日本舞踊との交流や、TPAMを通じて紹介された現地の先端的な音楽・演劇のパフォーマンスを観ることができたが、その世界はいわゆる中国語圏の伝統表現からマレーやアジアともリンクする幅広い芸能世界を楽しむことができた。新しい時代の日本と台湾、東アジアの姿が立ち上がってくるようだ。

2019年3月の台北は冷え込むことが少なくなく、街中で霧がみえた日もあった。一方、一青の著作や彼女が親善大使をつとめる台南を訪れたときは熱帯らしく暑かった。この「時光の手箱」は12月5日・6日に高雄の大東文化芸術中心で再演されるという。来年には台中、台南、そして台北での再公演も決定した。日本での初上演が実現する日が楽しみだ。

【プロフィール】

吉田悠樹彦(メディア研究、上演芸術研究)
台湾の大学で日本近代の上演芸術・映像に関して講義をしたことがある。レニ・リーフェンシュタールや日本近代映画の検閲制度に関する著作もある。著作多数。大学で映像文化論を担当し写真・映画・メディアアートなど映像文化を論じた。これまで「CINRA」・「美術手帖」・「RealTOKYO」などネット、美術メディア、新聞に執筆。主にメディアアートとの接点から現代美術に入る批評活動のみならずP3 art and environmentによる metaTokyoプロジェクトでmeta都民カフェとして匿名グループアーティストとしてアートカフェを運営したことも。テッド・ネルソンとザナドゥ・プロジェクトのアシスタント。Prix Ars Electronica Digital Communities部門アドバイザーも務めた。
協力ドキュメンタリー作品に米国の音楽家・俳優のルーツを描いたPBS「Finding Your Roots Fred Armisen」(2017)。ドキュメンタリー映像史上に残るリーフェンシュタールも論じた著作も日英である。