「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第33回 『小津安二郎の世界』

「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第33回
『小津安二郎の世界』

小津安二郎の唯一の肉声録音と、代表作の数々の名場面を収録した記念盤。
あの厳格な〈小津調〉のイメージを一切忘れ耳だけで小津に接すると、
何が浮かび上がるのか?

まず前段―小津は有名な映画監督である

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」です。よろしくお付き合いください。

また連載の間が空いてしまった。なんと今年、2020年は今回が初めての更新。僕にもさすがに新型コロナウイルスの影響が……といちいち言い訳もよして、さっさと本題に入りましょう。

今回紹介する盤はこれだ。
『小津安二郎の世界』(1972・ビクター)。
かなり前に入手していたのだが、つい最近まで一度も通して聴かず、ほったらかしにしていた。聴いたら連載で取り上げざるを得なくなる。それがめちゃめちゃ億劫だった。


それだけ小津安二郎って名前は、ばかでかい。
ひらたく言うと日本の映画の歴史上、黒澤明と並んで一番有名な映画監督である。映画にそんなに興味のない方でも、『東京物語』(54)が屈指の名作と知られているのは、どこかで聞いたか読んだかしているでしょう? 実際、世界の映画監督をぜんぶ合わせたなかでも、OZUは筆頭格で神格化され、賛辞を寄せられてきた。

つまり、僕がここで言葉を重ねる必要は全くない存在だ。
畳も見えないようなローアングル。俳優がカメラを向いた正面カットの切り返しで描く、向かい合った人物の会話。などなど。〈小津調〉と呼ばれる他に類例のない演出を通しながら、常に小さな家族の離合集散をテーマにしてきた。
嫁ぐ娘と見送る父といったミニマムな関係のドラマから普遍的な人生の輪を抽出する、その厳密な清潔さによって孤高の地位を築いてきた。
……こんな解説を書くのが、面倒くさくてしかたない(今けっこう書いちゃったけども)。どれもすでにあらゆる映画のガイド本にあって、僕の発見ではないからだ。

なので、ひたすら拝んでたてまつる式の説明は、これでおしまい。
本盤は関係者の証言とともに、代表作の名場面の音声がいくつも収録されている。
何度も聴いているうち、小津のレコードなんか吟味したら、立派な言葉をちゃんと並べなきゃいけなくなる、と重たく考えていたのが少しバカバカしくなってきたのだ。


それよりも、前からうっすらと脳裏にあった想念をまさぐりたくなってきた。
どうも小津安二郎には、セリフの意味よりもテーマよりも、リズムと間の快さのほうが映画にとってはずっと大事だと考えていた節がある。そういう、直感的なイメージだ。

ホームドラマへの固執は、舞台となる空間を物理的に広げてそれが乱れるのを嫌った結果であって、〈人の世の無常を見つめた神話的巨匠〉みたいなのは、あくまでそうであってほしいと望んだ評論家や知識人の作った像に過ぎないのではないか?
要は、頑固に自分の考えるポップソングをこさえ続けることで実質はもう〈国民的作曲家〉なのを拒み続ける山下達郎の映画人版だった、ぐらいに小津を捉え直したほうが、見晴らしが良くなるのではないか?

今回、肝心の映画には触らず、音盤化された状態のみ聴くことで、ヒントが得られるような気がしている。あの屹立した映像イメージを一切忘れて〈小津映画を聴く〉と、何が見えてくるのか、だ。

聴くメンタリーの連載は、僕が不案内な分野を勉強しつつ書く場合と、ある程度知っている世界をさらに検討していく場合とで、調子が大きく二つに分かれる。
ワカキコースケは聴くメンタリストだけど、若木康輔のほうは割と映画をよく見てきた人間なので今回は後者。小津をそれなりに知っている方じゃないとやや呑み込みにくいものになる。あらかじめご了承ください。


小津本人のレコードではなく、井上和男が構成した小津のレコードである

とはいえ本盤『小津安二郎の世界』を、まっすぐ小津のエッセンスにあたれるレコードと考えると間違ってくる。現実の素材を作り手が独自の視点や解釈で切り取り、組み合わせることでドキュメンタリーが生まれるのは、聴くメンタリーも同じだ。

制作担当でクレジットされているのは、後々に映画評論家として知られるようになる、ビクターの福田千秋。
構成は、小津の現場に助監督時代に付いた経験がある映画監督で、同年に、関係者の証言を集大成的にまとめた大著『小津安二郎 人と仕事』(蛮友社)を出版した井上和男。
まずは、あくまでこの2人によって編まれ、提示された”小津安二郎の世界”なのだとわきまえておく必要がある。

以下の番号は、僕が便宜的に付けたもので、盤のトラックとは別(人物の漢字表記は本盤に合わせた)。映画は1本を除いて、すべて松竹作品。間を各作品の音楽がつないでいく。


【A面】

①小津の肉声。「鶏と山」に例えた、自分の作風について。
②長くコンビを組んだ脚本家・野田高梧の、①への同調の弁。
③飯田蝶子。夫のカメラマン・茂原英雄と小津の友情について。
『一人息子』(36)から、母(飯田)が東京で出世できなかった息子を責める場面と、和解の場面。
⑤再び飯田。小津本人の魅力について。
『淑女は何を忘れたか』(37)から、有閑マダム達のおしゃべり。
⑦佐分利信。ホン読みの場での思い出。
『戸田家の兄妹』(41)から、母をないがしろにした兄達を次男(佐分利)が責める場面。
⑨小津。東京の戦前によくいた庶民像。
『長屋紳士録』(47)から、戦災孤児を押し付けられたおたね(飯田)の愚痴と、町内の寄り合い。

【B面】

⑪笠智衆。小津組で少しずつ役をもらうようになった頃の思い出。
『晩春』(49)から、娘を嫁に出す父親(笠)と友人の会話と、娘・紀子との長いやりとり。
⑬杉村春子。スタジオに冷房がなかった頃の記憶。
『麦秋』(51)から、気に入っていた女性・紀子が息子のところに来てくれる母(杉村)の喜びと、その女性の家族の反対。結婚が決まった後の、最後の家族の食事。


【C面】

『東京物語』(53)から、紀子の、義理の妹や義理の父親とのしみじみしたやりとり。
⑯岸恵子。すでに神話的存在だった小津先生に初めて会った頃。
『早春』(56)から、一夜を過ごした男と女(岸)の会話と、戦友会、友人達の噂話。
⑱再び杉村春子。小津から羽織をプレゼントしてもらった話。
『東京暮色』(57)から、娘が自分を捨てた母と再会し責める場面。
『彼岸花』(58)から、娘の恋愛相手に反対な父親の、親戚の娘との対話と、妻との衝突。

【D面】

㉑小津。脚本を作る苦労について。
㉒岡田茉莉子。父・岡田時彦は戦前の小津映画によく出演していた。
『秋日和』(60)から、友人の七回忌を終えた男達の会話と、その娘の恋愛。娘の親友(岡田)が母に意見をする場面。
㉔森繁久弥。アドリブを許してくれなかったぼやき。
㉕これのみ東宝作品の『小早川家の秋』(61)から、男(森繫)が小早川家の長男の未亡人とお見合いする場面、その未亡人と小早川家の主人の会話、主人の死。葬儀場の煙を見る農家夫婦の会話。
㉖再び岸恵子。小津の晩年、入院先に見舞いに行けなかった後悔。
『秋刀魚の味』(62)から、軍歌の流れるバーでの男達の会話と、娘の結婚式を終えた夜に、したたかに酔う父親。

▼PAGE 2 中心となるのは小津のインタビュー音声である につづく