(メイキング映像より)
金子:『犬は歌わない』という作品の構成というか、ストーリーテーリングも素晴らしいと思っています。冒頭シーンはCGの宇宙空間から始まり、最初の30分くらいは野良犬たちの生活が描かれ、それから宇宙に行くためのソ連の50年代の実験犬たちの姿を見せて、一番盛り上がるところでライカが宇宙に行って帰って来るというストーリーになりますけれど、このドキュメンタリーのストーリー構成はどのような工夫をしたのでしょうか。
レヴィン:この構成を完成させるまでに、最終的に一年ほどかかりました。まず、これは90分の映画を作ることを前提にしていますから、もちろんシナリオがあります。シナリオがあって、それに対して、(ちょっと物理的な問題ですが)お金が出ますね。ただ、なぜ我々はドキュメントフィルムを撮っているかというと、シナリオを超えたことが映画を撮っている間に起こるからです。それは出会いだったり、シーンであったり、犬の行動であったり。だからこそドキュメンタリーを撮るということが我々の仕事の根幹になっています。
今回は簡単なシナリオはありましたが、それが実際のシーンに出会うごとに、全部書き換えられてしまうことが度々ありました。これはドキュメンタリー作家としての、ある意味醍醐味でもあります。今のモスクワの犬たちを描く際に、最初はモスクワの野良犬たちのシーンから始めるつもりでした。ライカを冒頭に持ってきて、それがモスクワの野良犬たちと繋がるというストーリーラインは後で決まったんです。そういうことが幾つも重なり、結果的に全部撮り終わった素材を組み合わせるには、一年ほどの編集期間がかかってしまいました。
金子:ナレーションにロシアの名優アレクセイ・セレブリャコフ(『裁かれるは善人のみ』[2014、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督]など)を起用しています。劇中の合間合間に挟まれる彼のずっしりとしたナレーションによって、ストーリーが語られます。ナレーターにセレブリャコフさんを選んだ理由、ロシア語でナレーションを行った理由はあるのでしょうか。
エルザ:モスクワのストーリーだからロシア語なのですが、我々の母国語はドイツ語なので、あまりロシア語はわかりません。しかし、ライカという犬の物語はロシアで展開されている。しかも、事実に則した話ですが同時にどこかメルヘンを孕んだストーリーでもあります。ロシア文学の中には動物の話やメルヘンが、長い伝統を持っている。こういったものを語らせるには必然的にロシア語の方が合ってるのではないか、ということがまずありました。
それからセレブリャコフさんは知っての通り非常に有名な俳優ですし、彼の語りに個人的にも感動しているところがありました。また、セレブリャコフさんはカナダに移住していますが、移住の際にモスクワの野良犬を拾って、自身のペットとしてカナダで可愛がっているという現実のストーリーもありました。そうしたことが重なって、彼に本作のナレーターをお願いしました。
説得に3年 初公開されたフッテージ映像
金子:本作では、70年前に大気圏で燃え尽きたライカの魂は、燃え尽きて霊となって地上に舞い降りたのではないか、と語られています。日本のロシア文学者の沼野充義さんが『犬は歌わない』は霊的ドキュメンタリーだとも評していました。(キネマ旬報 2021年6月下旬特別号 No.1867より)
この映画で非常に重要なポイントとなっているのが、ライカ或いは他の実験に使われた犬たちのフッテージ映像だと思います。これは簡単にアクセスできるものなのでしょうか。それともかなりのリサーチの末にたどり着いた秘蔵映像なのでしょうか。
(本編映像より)
レヴィン:このような映像があるということは噂には聞いていました。当然、冷戦時のソビエト側が持っていたものですから、簡単に表に出ることはなかったですし、今回使われている映像は、初めて外部へ公開される形になります。こちらがドキュメンタリーを撮るというと、当然向こうは警戒するわけです。かつての悪事というのか、昔の行いに指さされるようなことは困る、と。しかし我々としてはそういうものではなく、あくまで自分たちの映画、犬を使った世界観を描くための映画の一つの素材として必要なんだということを懇々と連絡を取りつつ説得し続けました。最終的に、三年かけた説得の後「わかった」と返事をもらうことができました。これは本作で一番苦労したことの一つです。
金子:去年、日本未公開であった『セルゲイ・ロズニツァ“群衆”ドキュメンタリー3選』が公開された際に、監督のセルゲイ・ロズニツァさんにインタビューをしたのですが、彼も旧ソ連やロシアのアーカイブフッテージを手に入れるのは、大変なときがあると言っていましたね。
人間を問うために、人間の視点を入れない
金子:この映画を見ていると、人間の文明が動物たちを利用してきたことについて、直接語られることはなくても、非常に批判を込めた思いが伝わってきます。監督たちはどのように考えていますか。
レヴィン:宇宙開発のために使われた動物実験の問題は、簡単に答えを出せる問題ではありません。人間が現在生きる中で、コスメや洋服だとか、そういったものに愛護の観点が全くないまま動物を散々使用している点はありますが、我々は動物あるいは自然を利用しながら生きなくてはならない面もあります。一概に批判をしていいかどうかは考えなくてはいけません。しかし、今回映画を撮るにあたり、逆にそのような人間的な視点を入れませんでした。犬の視点で人間社会あるいはこの世界を見たときに何が見えてくるのか、そこに我々の興味がありました。いわば、我々自身を問うために犬の目を通して我々がどう映っているのか、そこにフォーカスしたかったのです。だからあえて、こういった大きな問題に対してYesやNoではなく、むしろ犬側が我々人間をどう見ているのか、ということに興味がありました。
金子:最後の質問になりますが、おふたりはベルリン国際映画祭でシナリオ賞を受賞され、初の劇映画となる『ザ・グリーン・パロット』という作品を製作中とあります。(後ろの壁にもハコ書きが書いてありますが)これはどのようなプロジェクトですか。今度はインコの映画でしょうか(笑)。
エルザ:現在、撮影の準備に入っています。来年の夏から撮影に入ります。直訳すると“緑色のセキセイインコ”というタイトルですが、別に動物がテーマではありません。今回は完全に劇映画で、しかも我々が用意した俳優はプロの俳優さんではありません。シナリオに出てくる本人が本人を演じるという形の映画となります。
金子:最後に日本の観客の皆さんにメッセージをお願いします。
レヴィン:日本の皆様に、自分たちが作った映画をお目にかけられることは大変光栄です。残念ながらオンラインでのインタビューになってしまいましたが、本来は日本に行って皆様の前でご挨拶したかったです。
エルザ:野良犬という存在は今の日本にはほとんどないと思いますが、こういう世界もあるのだということを日本の皆様に是非知ってもらいたいです。その意味では、この映画は我々は映画館の大きなスクリーンのために撮った映像なので、是非映画館に足を運んで見ていただきたいです。それが我々からのお願いです。
金子:両監督、本日はお付き合いいただきありがとうございました。
(通訳:加藤淳)
【プロフィール】
監督:エルザ・クレムザー
1985年オーストリア・ヴォルフスブルク生まれ。 ウィーン大学とルートヴィヒスブルク映画アカデミーで映画を学ぶ。映画『NEBEL』がベルリン国際映画祭でプレミア上映。2016年にはレヴィン・ピーターと共同でウィーンを拠点とするプロダクションRAUMZEITFILM社を設立。現在製作している初のフィクション長編映画『THE GREEN PARROT』はベルリン国際映画祭Kompagnon Script Awardを受賞。
監督:レヴィン・ペーター
1985年ドイツ・イェーナ生まれ。ルードヴィヒスブルク映画アカデミーで学び、いくつかのドキュメンタリー作品を制作。『BEYOND THE SNOWSTORM』でドイツ・アップカミングフィルムアワードを受賞し、ベルリン国際映画祭で招待上映。2016年にエルサ・クレムザーと共にウィーンを拠点とする制作会社RAUMZEITFILMを設立。現在製作している初のフィクション長編映画『THE GREEN PARROT』はベルリン国際映画祭Kompagnon Script Awardを受賞。
聞き手:金子遊
批評家、映像作家。最近の著書に『映像の境域』(森話社)、『辺境のフォークロア』(河出書房新社)、『混血列島論』(フィルムアート社)、『ワールドシネマ入門』(コトニ社)など。
【映画情報】
『犬は歌わない』
(2019年/オーストリア・ドイツ/DCP/カラー・モノクロ/DOLBY SRD 5.1/91分)
監督・プロデューサー:エルザ・クレムザー&レヴィン・ペーター
ナレーション:アレクセイ・セレブリャコフ
撮影監督:ユヌス・ロイ・イメル
音楽:ピーター・サイモン&ジョナサン・ショア
編集:ヤン・ソルダット、ステファン・ベヒャンガー
後援:オーストリア大使館、オーストリア文化フォーラム
配給:ムーリンプロダクション
宣伝:スリーピン
公式サイト:http://moolin-production.co.jp/spacedogs/
画像はすべて©Raumzeitfilm
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