「いろいろな困難があったけど、ドラッグにもお酒にも溺れずに、自分を大切にして生きてきました」
66年ぶりに訪れた故郷・横須賀で自らの半生を涙ながらに振り返った後、こう語るバーバラ・マウントキャッスル(日本名:木川洋子)さんの姿に胸が詰まった。その凛とした佇まいと迷いのない口調に、「混血児」という出自に翻弄されながらも、まっすぐに生きてきた彼女の真面目な人柄と人生の重みを感じたからだ。
戦後間もない混乱期、駐留した米兵と日本人女性の間に生まれた「混血児」たち。複雑な事情を抱えて誕生した彼らの中には、親と引き離され、周囲から差別的な扱いを受けるなど、過酷な人生を送った者も多かったという。
そういった経緯もあり、「混血児」という呼び名は、今では表立って使われることがなくなった。だが、戦後長い間、広く一般に知られた言葉だった。彼らが成人を迎えた1960年代末~70年代には、混血児を主人公にした漫画『混血児リカ』が週刊誌に連載され、中平康監督&新藤兼人脚本で映画化されたこともある(3作までシリーズ化。3作目のみ、監督は吉村公三郎)。当事者たちの苦しみを考えれば、差別的なニュアンスを持つこの言葉が使われなくなったことは、決して悪いことではない。だがその一方で、戦争の生んだ悲劇が、言葉と共に歴史の影に埋もれて行ったことも事実だろう。
本作の主役・バーバラさんも、そんな戦後の混乱期に神奈川県の横須賀で生まれた「混血児」の1人だ。作中では「駐留軍の基地があった横須賀の街には、二百人を超える戸籍を持たない混血児がいたという」と当時の状況が語られている。バーバラさんはその後、母と別れてアメリカ人の養父母に引き取られ、5歳で渡米。以後、日本の土を踏むことなく66年をアメリカで過ごしてきた。
木川剛志監督はまず、バーバラさんの実の母・木川信子さんの消息を辿り、単独で横須賀を訪問。子どもたちを保護した養護施設や数百におよぶ嬰児が埋葬されたという墓地跡などを巡ると同時に、当時を知る地元住民から話を聞き、混血児にまつわる当時の社会状況を解き明かしていく。その事実の一つ一つが衝撃的だ。
これを踏まえて子どもたちと共に来日したバーバラさんは、思い出の地を巡る中で、日本で母と過ごした幼少期の生活、母と別れて養護施設に預けられた後、養父母に引き取られた時の話などを打ち明ける。渡米後も、当初は英語を話すことができず、周囲から「ジャップ(日本人の蔑称)」と蔑まれる孤独な生活は、決して平穏なものではなかった。本来、守ってくれるべき存在であるはずの養父母との関係も、虐待を受けるなどひどいものだったという。
本作はこのように、バーバラさんという1人の女性を通して、歴史の影に埋もれた「混血児」の存在に光を当てる。それは、戦争が引き起こした悲劇を見つめなおす作業とも言え、社会派ドキュメンタリーとして十分に意義のある作品となっている。
だが本作からはそれだけでなく、今を生きる私たちに響くもうひとつのメッセージが伝わってくる。それを語るにはまず、作中で説明される本作誕生の経緯について触れなければならない。そもそもの始まりは、バーバラさんの娘・シャーナさんが「木川」という姓だけを頼りに、Facebookで「木川」姓の日本人を探し、見ず知らずの木川監督に「木川信子を知っていますか?」とメッセージを送ったことだった。木川信子という人物には何の縁もなかった木川監督だが、バーバラさんが実の母親と別れて渡米した時の年齢が、自分の息子と同じ5歳だったことに心動かされ、コンタクトを取る。これがきっかけとなり、バーバラさんへの取材が始まった。
「SNSのメッセージ」というミニマムなアクションが国境を隔てた2人を結び付け、バーバラさん親子が来日し、故郷・横須賀で母・信子さんを知る人たちとの対面が次々と実現。「町内会館にあれだけの数の人が来てくれたのは驚きだったわ」とバーバラさん親子が語り合う一幕もあるが、この対面で母の子ども時代やその人柄、バーバラさんと別れた後の足跡など、知らなかった一面が次々と語られ、パズルのピースがハマるように空白の年月が埋められていく。そして明らかになる「洋子」という日本名に込められた思い……。「母の顔を覚えていない」と言いながらも、この旅を通して60年以上前に別れた母の愛を確認したバーバラさんに待ち受ける結末とは……?それはまるで「奇跡」のような出来事の連続で、当時の社会状況に引き裂かれた母娘の絆を、66年の歳月を隔てて取り戻していくその姿には心揺さぶられるものがある。その様子はさながら、日本映画史上の名作『砂の器』(74)を見ているかのようだ。
だがそれも、単なる偶然のいたずらではなく、バーバラさんが苦難を乗り越えて生き続けたからこそ実現したこと。過酷だったはずの人生にもかかわらず、カメラの前でしみじみと「私は幸せよ」と何度も繰り返すその姿は印象的だ。
コロナ禍で国境を越えた往来が難しくなっている世相の反映か、それとも世界中で高まるナショナリズムの裏返しか、東京ドキュメンタリー映画祭2021の長編コンペティション部門では、様々な事情で国境を越えた人々が、祖国に戻ることができずに苦しむ姿を追った作品が数多く上映される。そんな困難な時代を生きる私たちも、今直面する苦難を乗り越えれば、バーバラさんのように「私は幸せ」と言える未来が待っているのではないか……?70年に及ぶ過酷な人生の末、再び訪れた故郷で母との絆を確かめた彼女の姿からは、そんな希望を感じるのだ。
【映画情報】
『Yokosuka 1953』
(2021年/日本/ドキュメンタリー/106分)
監督:木川剛志
内容紹介:1947年、戦後の横須賀に日本人の母と外国人の父との間に生まれた木川洋子(Yoko)は、当時の過酷な状況下、養子縁組でアメリカへと渡り母との離別を余儀なくされた。母はどのように生きたのか、SNSをきっかけに彼女のルーツ探しがはじまり、横須賀~アメリカ~八王子を辿る映画には、奇跡的ともいえる出会いが描かれている。
12月11日(土)10:00~、東京ドキュメンタリー映画祭にて上映!
公式サイト:https://yokosuka1953.com/
【執筆者プロフィール】
井上 健一(いのうえ けんいち)
映画を中心に執筆するライター。雑誌『キネマ旬報』『FLIX』『月刊SCREEN』WEBサイト『エンタメOVO(オーヴォ)』(http://tvfan.kyodo.co.jp)等にインタビューほか多数執筆。共著『現代映画用語事典』。映画検定1級。東京ドキュメンタリー映画祭2020特別賞審査員。