【東京ドキュメンタリー映画祭特別Review】“困窮邦人”のなれのはて~歯のない男の悲歌《エレジー》~ 『ベイウォーク』 text 松崎まこと

 昨年は、「東京ドキュメンタリー映画祭2020」の審査に関わり、短編・長編問わず、日本のドキュメンタリー作品数十本をモニターした。その中の複数の作品で、思わずギョッとした瞬間がある。
 “歯のない者”。……その登場がいつも、私をドギマギさせた。前歯が何本もなかったり、奥歯が欠けているようだったり、形態(?)は様々だが、“歯のない者”が画面に現れると、何と言うか、強烈な異臭が漂ってくる。凄まじいまでのアウトロー感が、醸し出されるのだ。

 フィクション=劇映画の世界で、俳優が役作りのために歯を抜く行為があったのを、少なからず耳にしてきた。例えば三國連太郎は、『異母兄弟』(1957)で30代前半にして70代の老人を演じるために、10本も抜歯。その後90歳で亡くなるまでは、日常は入れ歯で過ごしたと聞く。
 他にも、『楢山節考』の木下惠介監督版(58)で田中絹代、今村昌平版(83)では坂本スミ子が前歯を、『野獣死すべし』(80)では松田優作が、奥歯を4本抜いている。
 近年では、抜歯したわけではないが、樹木希林が『万引き家族』(2018)で、入れ歯を外して演技に臨んだ。口の周りのシワを、強調するためだったという。
 それぞれに役者魂を感じさせる印象的なエピソードであるが、あくまでもリアルに演じるための、役作りの一環。ノンフィクションに登場する、素で“歯のない者”からは、マジモンのヤバさが伝わってくる。身も蓋もない……というか、その存在がシャレにならないのだ。

 複数の作品でと先に描いたが、もちろんそれぞれのドキュメンタリーに登場する“歯のない者”は、別人物である。しかしそれぞれに中高年に達する年代で、なぜ適切な治療を施すことなしに、“歯のない”人生を選ぶに至ったのか?そこには、経済的な事情だけでは測れない、「闇の深さ」がある。
 そうしたドキュメンタリーの中でも、特に強烈な印象を残したのが、粂田剛監督の『なれのはて』だ。「東京ドキュメンタリー映画祭2020」では、長編部門グランプリと観客賞を見事にW受賞。この12月には劇場公開が予定されているこの作品には、4人の“歯のない者”が登場する(正確には、歯が欠損していることが、画面上では確認できない者も混ざっているが……)。

 日本では、証券マンやトラック運転手、警察官やヤクザだった彼らの人生の、タイトル通りの“なれのはて”を描くこの作品の舞台は、フィリピン。元は日本に妻子・家族もいた4人だが、ある者はフィリピン人女性に溺れ、またある者は犯罪を起こして、日本に居られなくなった。そして移り住んだ彼の地で一文無しとなって、極貧の生活を送っている。
 彼らはいわゆる、“困窮邦人”と呼ばれる存在。日本に帰りたくても、長年の不義理から、家族や親族からの援助は期待できない。大使館など在外公館に駆け込んでも、「飲み屋でフィリピーナにハマって渡って来たような輩に、帰国の費用を簡単には渡せない」という対応となる。
 因みに2015年の邦人援護統計によると、フィリピンの在外公館に駆け込んだ困窮邦人は、130人にも達する。3日に1人は大使館に救いを求めて、その多くは邪険にされているわけである。
 こうしたフィリピンに於ける“困窮邦人”の存在を詳らかにしたのは、水谷竹秀氏の2011年の著書「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」」であった。『なれのはて』は、いわばその映画版。
 “困窮邦人”の彼らがスラム街で送る“歯のない”人生を、粂田監督が7年の歳月を掛けて追い続けている。その間に経年劣化と言うべきか、見事なまでに彼らはくたびれ果てて、そしてあっさりと朽ち果てていく。その様を目撃していくのは、映像ならではのリアリティーという他はない。

 粂田監督がその4人と並行して、取材を続けていたと思しき、フィリピンの“困窮邦人”の更なる1人の姿が映し出されるのが、新作『ベイウォーク』。今年の「東京ドキュメンタリー映画祭2021」長編部門の入選作品である。
 フィリピン、或いはその首都であるマニラと、ベイウォークという単語を掛けてネット検索すると、世界三大夕陽と言われる、マニラ湾のサンセットを眺めるのに最適な場所として紹介される。しかしそんな有名観光スポットも、夜となれば、多くのホームレスが寝泊まりする地となっているのが、本作の冒頭で映し出される。
 その際にベイウォークを案内する観光ガイドの顔に、いきなり見覚えがあって、ドキリとした。『なれのはて』の元証券マンである。彼はベイウォークで眠っていた、日本人ホームレスを粂田監督に引き合わせる役割を果たすのだが、“なれのはて”に生きる者が、更に“なれのはて”をという数珠繋ぎには、苦笑せざるを得ない。

 そのホームレス男性は、元ブローカーの赤塚隆さん(58歳)。ビジネスのために誘われてマニラへとやって来たが、失敗。紆余曲折あって、やむなく路上生活を送っている。彼も見事なまでに、“歯のない者”である。
 日中は、知人のフィリピン人が営む露店や屋台を訪ねては、1日が過ぎるのを待つ生活。大金を手にする話が時折り舞い込むが、それとて真偽のほどはわからない。案の定うまくいかず、結局ホームレス生活を続けていく。
 彼はしばしば、口にする。「フィリピン人は絶対信用しない」。しかしながら恩義を受けたフィリピン人に対しては、「恩は忘れない。次は自分が助ける」とつぶやく。

 これは奇しくも、“困窮邦人”と現地人の関係を、端的に表している。例えば家族を食べさせるため日本に出稼ぎに来ているフィリピーナにとって、経済力のある日本人男性は、良い金づる。しかし自分を追ってフィリピンまで渡って来た挙げ句、一文無しになってしまえば、もはや邪魔者だ。捨てる他はない。
 そうして“困窮邦人”へと身を落としてみると、助けてくれるのは「大使館」の同朋ではなく、同じスラム街に住むような、貧しいフィリピン人なのである。日本からわざわざやって来て転落した者に同情して、仕事や食料を分け与えてくれる。それで“困窮邦人”は、何とか生き延びるといった寸法だ。

 赤塚さんが、フィリピーナ絡みでトラブったかどうかは、定かではない。しかしほぼこうした構図に、当てはまるものと思われる。
 赤塚さんは、自分をこうした立場に追いやる一因となったある日本人のことを、「許せない」と言い続ける。しかし詐欺のようなマネをして服役していたその男が出所し、偶然に再会すると、「金を取り立てる」と言いつつも、お互いに日本には決して帰れない、寄る辺のない身同士。結局はその男を、看取るまで付き合ってしまう。
 朽ちていく、かつての仇敵の姿。赤塚さんはそこに、自らの先行きが見えたのだろうか?

 この作品には、“困窮邦人”とは言えない日本人も登場する。日本で窮々とした老後を送るぐらいなら、物価の安いフィリピンで、高級マンションを買って悠々と暮らそうと考えた、関谷正美さん(60歳)である。
 独身である彼は、パートナーをこの地で見付けようと考え、一時期は彼女も出来る。しかしその女性が子持ちであったことがわかった辺りから、彼がフィリピンに思い描いていた夢の雲行きが、怪しくなっていく。
 監督が何度も関谷さんのマンションを訪ねていく内に、わかり易いぐらいにショボくれて元気がなくなっていく。そんな姿には、「案の定」と思いつつも、こちらもやり切れない気持ちとなる。
 彼も結局は、“歯のない者”になってしまうのか?そんな、ダークな予感に襲われる。
 機会があれば、是非『ベイウォーク』に相対していただきたい。ここに登場する“困窮邦人”は、我々とは別世界に生きているように見えるかも知れない、しかし彼らのように、ダークサイドに堕ちることは絶対にないなど、誰が言い切れるのか?実は我々は、彼らと地続きのところに生きているのかも知れない。

 一点だけ、鑑賞に当たってのご注意を。くれぐれもメンタルに余裕のある状況で、“歯のない者”の行く末を、見届けてください。

【映画情報】

『ベイウォーク』
(2021年/日本/ドキュメンタリー/90分)

監督:粂田剛
内容紹介:マニラ有数の観光地でホームレスの寝床でもあるベイウォーク。作者はそこで眠る一人の日本人と出会った。事業の失敗で全てを失い何年もここにいると言う男を撮影する一方、第二の人生を求め高層マンションを購入したもう一人の日本人にもカメラを向け始めるが…。マニラの喧騒に流れ着いた男たちの、葛藤のルポルタージュ。

12月11日(土)12:00~、東京ドキュメンタリー映画祭にて上映!

【執筆者プロフィール】

松崎 まこと(まつざき まこと)
1964年生まれ。映画活動家・放送作家。早大一文卒。「田辺・弁慶映画祭」MCの他に「日本国際観光映像祭」審査員、Loft9 Shibuyaブッカーなど。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP、スカパー!「映画の空」HPにコラムや対談を連載。インディーズ映画ネット配信番組「あしたのSHOW」では構成&作品集め。城西国際大メディア学部講師。
Twitter:@nenbutsunomatsu