【TDFF特別Review】閉店の先にも希望はある――『ポラン』text 井上健一

「役割を終わったものは、ぐるぐるぐるぐる回るんですよ。物事は巡らなくちゃいけない。循環しなくちゃいけない」

これは、ドキュメンタリー映画「ポラン」の中で2021年2月に店舗の営業を終了した古本屋「ポラン書房」の店主・石田恭介氏が語っている言葉だ。

突如、世界を直撃し、私たちの生活を一変させたコロナ禍により、多くのお店が閉店や廃業に追い込まれた。この事態は、そのお店の当事者だけでなく、社会全体に先の見えない不安や閉塞感を広げる結果となった。筆者も、時々足を運んでいた地元の古本屋がある日突然閉店していたのを目にしたときは、ちょっとした衝撃を受け、コロナ禍の危機が身近に迫っていることを実感したものだ。東京・練馬区の大泉学園で長年親しまれてきたポラン書房も、コロナ禍の影響で閉店に至ったお店の一つ。その様子に密着したのがこの映画だ。

作品の前半ではまず、経営者・石田夫妻の言葉と共にポラン書房の閉店までの日々を追う。コロナ禍で来店客が減る中、行政の要請に応じて休業補償を受け取って店舗を休業した結果、営業再開後も客足が戻らず、閉店を選択せざるを得なくなった話を聞くと、当時の社会情勢が脳裏に蘇り、心が痛む。

その一方、これまでの道のりを振り返る石田夫妻やポラン書房の魅力を語る常連客の言葉からは、多くの人がこの店に深い愛着を持っていた様子が窺える。作中には閉店当日、石田氏が同業者から送られたメールを読み上げる場面がある。その中の「たまにしか来ない客でも、人は心の中で大切な居場所と決めている所がいくつかあるんですね。誰かのそういうひとつになれることは、幸せな古本屋であったと思います」という言葉は印象的だ。中村洸太監督自身が幼い頃からこのお店に通っていたお客でもあることから、一連の様子を捉える映像には温かさが溢れている。

だが、本作はその閉店を悲しみ、往時を懐かしんで終わるわけではない。閉店した後も、そこにいた人々の営みは続いていく。作品の後半では、営業を終えたポラン書房の店舗が整理・解体されていく様子と共に、ポラン書房がネット販売店として営業を継続、元従業員の方がポラン書房のDNAを継ぐかのように独立し、新しい古本屋を開業することが語られていく。

冒頭に引用した石田氏の言葉は、営業終了後の整理作業中に語ったもので、どことなく完全には諦めきれていない自分に言い聞かせているようにも感じる。だがそれでも、その言葉通り、物事は常に巡る。「閉店=人生の終わり」ではないのだ。その事実に気づいたとき、いまだ私たちを苦しめるコロナ禍を乗り越えた先にある未来が垣間見えたような気がした。

そもそも、「古本」自体が、「ぐるぐる回る」存在でもある。不要になった本が持ち主の手を離れ、必要とする新しい人の手に渡ることで、古本はその役割を未来へと繋いでいく。筆者もつい先日、20年くらい前の古本を通販で購入したが、ページをめくってみると、ところどころに書き込みがあり、購入時のレシートや関連する新聞の切り抜きが挟まっていた。そこからは、この本に対する前の持ち主の愛着が伺え、積み重ねてきた時間の長さを感じることができた。

中村監督が元々意図していたものかどうかは分からない。だが、一度はその役割を終えた古本を世の中に循環させる「古本屋」という舞台を選んだことが、「閉店は終わりではなく、その先の未来へつながっていく」というメッセージ性と見事にシンクロし、本作をより印象深いものにしている。

さらに、本稿執筆に当たってネットを検索したところ、筆者も何度か利用したことがある古本の通販サイト「日本の古本屋」に、中村監督が執筆した「ポラン書房を撮る 映画『最終頁』について」という記事が掲載されているのを見つけた。

本作制作の経緯とその想いを綴ったこの記事によると、本作には元になった10分の短編映画が複数存在する。最初にYoutubeで公開されたバージョン(現在も鑑賞可能)と、それを再編集した「映画祭上映版」(U-NEXTで配信中)だ。だが、「最終頁」と題されたこのふたつの短編は、いずれもポラン書房の閉店に焦点を絞っており、その後の話には触れていない。そのため、見終わった後は悲しみと喪失感が強く残る。

短編版「最終頁」に込めた想いを、同記事の中で中村監督は、ロンドンやシカゴなど海外の映画祭での上映を踏まえてこう語っている。(なおこの作品は、シカゴで開催された「CineYouth Festival」で、最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞している。)

「ポラン書房という一つの古書店の物語が国境を超えて広がっていき、それを契機として多くの方に『そこにあるのが当たり前』だった『居場所』について考えていただいていることを大変嬉しく思います」

今回、東京ドキュメンタリー映画祭2022で上映される長編版の本作でももちろん、その想いは伝わってくる。だが、その後の経緯に触れた本作は、それに加えて、喪失感の先にある新たな希望までも感じさせてくれる。何より、タイトルを「最終頁」ではなく「ポラン」としたことに、その想いが端的に表れているように感じるのだ。

 一見、すべてが終わったように見える出来事でも、人が生きている限り、必ずその先の未来がある。そのことに気づかせてくれる本作は、今の私たちにとってとても大切な映画に思えるのだ。

【映画情報】

『ポラン』
(2022年/日本/ドキュメンタリー/74分)

監督:中村洸太
内容紹介:2021年2月、東京都・大泉学園の古書店「ポラン書房」が惜しまれつつ閉店した。カメラは開店からの軌跡、刻々と迫る閉店までの日々と店舗の解体、閉店後の店主たちの足取りを追う。その過程で、さまざまな物語を引き付けていた「磁場」としてのポランの魅力が浮かび上がり、閉店の悲しみはありつつも、鑑賞後は不思議なあたたかさを覚える。

12月15日(木)10:00~、12月18日(日)16:15~、東京ドキュメンタリー映画祭にて上映!

【執筆者プロフィール】

井上 健一(いのうえ けんいち)
映画を中心に執筆するライター。雑誌『キネマ旬報』『FLIX』『月刊SCREEN』WEBサイト『エンタメOVO(オーヴォ)』(http://tvfan.kyodo.co.jp)等にインタビューほか多数執筆。共著『現代映画用語事典』。映画検定1級。